表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/68

68.ないしょの相談

 寝不足で倒れた後、私は見事に風邪を引いた。高熱を出し、寝込んだのだ。


 今日も一日ベッドの上で過ごす。窓の外の光だけが時間の経過を教えていた。


「やぁ。カノン、大丈夫かい?」


 様子を見に来てくれた父様は、私の頬を撫でながら瞳を揺らす。


「うん。大丈夫。もうだいぶん良くなったから、明日からまた登校するわ」

「そう。無理はしなくていいからね?カノンの健康が一番大事だ」

「わかってる」


 今回の風邪で色んな人に迷惑をかけてしまった。

 アズールは私について家政学校を休んでくれている。今日もつききっきりで看病してくれた。


 今も部屋の奥に控えているアズールに、父様は下がりなさいと声をかけた。彼は「おやすみなさい、レイン様、カノン様」と丁寧に頭を下げて部屋から出ていく。


 父様は静かにアズールが出ていく姿を見つめていた。


「父様……?」


 何故アズールを下げたのだろうかと疑問に思っていると、父様は私に向き直る。


「最近、上手く眠れていなかったんだって?」

「……うん」

「……何か、悩みでもあるのかい?」


 すすと視線をはずす。


「……ううん……だいじょうぶ」

「ふふ。そんな顔をしてないね」


 くすくすと笑う父様。

 悩みは、あることにはあるが……いわば恋の悩みだ。打ち明けるのは、ちょっぴり恥ずかしいという思いがある。


 だけれど、これはイーサリオンの将来に関わること。覚悟を決め、重い口を開く。


「父様は、私にイーサリオンを継いで欲しいよね……?」


 あまり、核心に触れないように、それだけ。

 口にしてしまうと、なんだか父様に自分の想いが知られてしまったような、そんな気分になってしまい、頬に手を当てる。





 ……なんの返事も返ってこないことを疑問に思い、父様の方に視線を向ける。


 父様は―――両手で顔を覆ってひっくり返りそうなほど反り返っていた。


「……父様?」

「はぁ……ごめんごめん……」


 父様はしょぼんとした顔で居住まいを正す。


「そうだね。私個人の考えでは、カノンにはイーサリオンに居て欲しい。だけれど、君の選択を狭めたい訳じゃない。君は、君のしたいようにすればいいんだ。私だってそうしてきた。随分と身勝手にして父上を困らせたよ。結婚も、婚約も、家の期待もね」


 父様は、まるで昔話をするように笑った。


「カノンが、イーサリオンを継ぎたいと思うならそうすればいい。イーサリオンを離れたいと望むならそうすればいい。私は君をイーサリオンに縛り付けたいとは思っていないからね」


 父様は私のやりたいようにやればいいと背中を押してくれる。だけれど、世の中にはそうそう上手くいかないこともあると、私は知っている。


「……王家からの打診があっても、イーサリオンに居られる?」


 私がそう言うと、父様はまた顔に手を当てて天井を見上げてしまった。


「と、父様……?」

「……ごめんごめん……はぁ……」


 父様は、力を吸い取られてしまったかのように萎れている。


「……少しだけ、政治の話をしようか」


 そう言って、父様は首を振りながら再び居住まいを正す。その表情は、優しくも公爵としての立場を醸し出すものだった。


「簡潔に言うと、うちの影響力をアルセリオン王家は必要としてない。アルセリオン王家の国内への影響力は充分すぎる。むしろ今注目すべきは国外だ。私個人の意見ならルーケンフォード様はクリソベリル帝国の姫君を伴侶としてお迎えするべきだと思う」

「……」

「王家からの打診を断るのも難しい事ではないからね。気負う必要はない」


 言い聞かせるように、安心させるように。

 そんな言葉に、いつの間にか心が穏やかになっていた。


「私から言えることはひとつだ。これは、忘れないでいて欲しいこと」


 父様はピンと人差し指を立てる。


「君はカノン・イーサリオンだ。どんなわがままでも通してしまうだけの力がある。君が望むことを止められる者など居ない」


 力強いその言葉に、胸の奥が静かに満たされていく。

 イーサリオン公爵家の名は、ただの飾りではない。


「うん。……分かったわ」


 なんだか、少し気が晴れたような気がする。


 もやもやと考え込んでしまったが、私がこの人がいいと言えば、それは叶うのだろう。

 ならば、普通の女の子と同じように、

 ——今は、恋をしても許されるだろうか。



「カ、カノンは、気になっている人でも居るのかい……?」


 父様はなんというか、とても苦しそうな顔をしながら息も絶え絶えにそう問いかけてきた。

 いくら父様でも、そこまで話すのは無理だ。


「ないしょ」

「そっ、かぁ……」


 しなしなになってしまった父様はブツブツと呪いの言葉を紡ぐように何か言っていたが、すぐに気を取り直した。


「あまり、思い詰めないようにね。……おやすみ」

「うん……ありがとう、父様。おやすみなさい」


 優しく、私の頭を撫でる大きな手のひらに安心しながら、眠りについた。


 ―――

 ――

 ―


「それでね、今日はピピナがずっとくっついてきて!あの子ったら、私が居なくて寂しかったんだろうなぁ」

「ピピナ嬢らしいですね」


 夜。習慣となっている夜のスケジュール確認の時間。お嬢様はゆらゆらと体を揺らしながら声を弾ませている。


 三日も寝込んでしまったお嬢様は、本日、久しぶりに登校した。もうすっかりいつもの調子を取り戻しているようだ。


 心なしか、いつもより気を抜いているように見える。充分な休暇が、彼女の活力を取り戻したのだろう。


 最近のお嬢様は、どこか塞ぎ込んでいるような様子がよく見られた。学院で何かあったのだろうかと心配していたのだ。このように夜の話し相手としてカウチソファに座るのも久々だった。


「アズールもごめんね、3日も休ませちゃって……」

「お嬢様の体調の方が大切ですから」


 私がそう言うと、お嬢様は足をパタパタさせながら頬に手を添えた。

 この愛らしい仕草はお嬢様が喜んでいる時によく見られる。


 今日は随分と機嫌がいいみたいだ。


「何かいい事でもありましたか?」


 私がそう尋ねると、お嬢様はただ笑みを深めた。


「ないしょ!ね、アズールは今日家政学校はどうだった?」

「そうですね。特に変わりはありません。あ、でも、ちょうど本日調理実習があったのです。高名なパティシエが飴細工をレクチャーしてくれるという授業をとっていまして」

「へぇー!すごい!家政学校ってそんな授業もあるのね!」

「主に喜んでいただくための授業ですね。良い経験になりました」

「今度何か作ってよ」

「ふふ。かしこまりました」


 そんな、日常の話をしていたら、あっという間に一刻が過ぎてしまった。

 そろそろ下がろうと、立ち上がる。


 くいと、コートが引っ張られた。お嬢様は何か頼み事をする時、よくこうやって私の注意を引く。


「はい。どうかしましたか?」


 お嬢様の前に跪けば、影を落としたお嬢様の表情が良く見えた。

 お嬢様は私の目の前にしゃがみ込む。目線が同じ高さになった。

 彼女の表情は思い詰めているように見える。お嬢様は視線をあっちこっちにやりながら、口を尖らせた。


 何か言いにくいお願いだろうか?


 静かにお嬢様の言葉を待っていると、ようやく声が漏れた。


「アズールはずぅっと私の傍にいてくれる?」

「もちろんです」


 当たり前だ。私はお嬢様の執事なのだから。

 あまりにも簡単な質問に、拍子抜けしてしまう。


「嬉しい……けど、なんか違うな……」


 お嬢様はどこか不満げに小さく呟いた。


 何か間違えてしまっただろうか?


 問題は無いように思うが、お嬢様は”言葉”を欲していたのかもしれない。


「お嬢様は私の大切なお守りすべき主です。お嬢様をお傍で支え続ける事こそ私の最大の喜びです」


 言葉を足してみたが、お嬢様の表情は微妙なままだった。

 お嬢様は何か言いたげに口を開いた。が、そこから漏れ出たのは小さなため息だった。


「……ありがとう」


 お嬢様は表情を緩める。

 やはり何か物足りなかったのだろう。

 お嬢様は同じような言葉に飽きてしまう傾向がある。

 良い例が「かわいい」という単語だ。お嬢様を褒め称えるために私は日々語彙を磨いている。お陰で人を褒めることに関しては右に出るものはいないだろうと自負している。


 それでもお嬢様を満足させることが出来なかった。


 少し悔しい気持ちを抑えながら自室に向かっていると、父さんに呼び止められた。


「少し来なさい」

「はい」


 父さんの部屋はこの邸宅でも少し広めの一室で、母さんと二人で使用している。久しぶりに入る両親の部屋は、爽やかなルームアロマの香りがする。これは、母さんが好んでいるものだ。その母さんは居ないようだが。


 父さんは「座りなさい」と椅子を引いた。言われるまま椅子に腰かけると、父さんも向かいに座った。


 父さんとは毎日朝に定例報告を行っている。だから、あまりこのように呼び出されることはない。


「今日のお嬢様の様子はどうでしたか?」

「はい。体調はだいぶ回復したようです。いつもより明るく笑っていましたし、学院でもご友人と仲良く過ごされたようです」

「そうですか。それは安心しました。……近頃浮かない顔をされる事が多かった点については何か聞きましたか?」

「いいえ。お嬢様はあまり弱味に関わる事は話してくださいません」


 信頼されていないと言うよりかは、お嬢様が抱え込みやすいのだろう。だから私はお嬢様の仕草や表情から色々と読み取る。


 父さんは「そうですか」と顎に手を当てて何かを考えている。


「……アズールは、お嬢様の想い人は誰だと考えていますか?」


 予想していなかった方向の質問に少し動揺してしまった。だけれど、尋ねられたのならばこたえなければならない。


「おそらく、ルーケンフォード様かと思います」


 一番お嬢様の話題に挙げられるのはピピナ嬢の話だが、異性に限定するとルーケンフォード様の話題は多い。次点でデイン様の話題も多いが……あの方に関してはなんというか……愚痴のような文句のような話が多い。言ってしまえば仲がいいから喧嘩腰になってしまうのだろうが……聞いている分にはルーケンフォード様の方が親しげに聞こえる。


「……ふむ」


 父さんは視線を横にずらす。何を見ているのかと視線を追えば、そこにはアロマキャンドルの炎が揺れていた。


「これから話すことは心の内に留めておき、誰にも話してはなりません。機密事項です」

「はい」


 機密事項という言葉に姿勢を正した。


「どうやらお嬢様は将来のお相手に関して憂慮されているようです」

「そう、なのですね」

「えぇ。王家との婚姻も滲ませたとか」

「それは……」


 お二人の婚約が近いのだろうか。確かに重大な機密事項、ではあるが、銀の至宝と金の華の噂は国中で囁かれている。そこまで隠す必要はないだろうと疑問に思う。


「ただ、お嬢様は王家との婚約を断れるかという事をお尋ねになったそうです」

「!ルーケンフォード様以外に想い人がいらっしゃるということですか?」

「推測だけですが、おそらく」


 それは確かに機密事項だ。

 いや、それより、お嬢様がこっそり相談した事を勝手に共有されているという事実が秘密なのだろう。


「正直に言うと、レイン様は、ルーケンフォード様の元にお嬢様が嫁がれると考え、デイン様に後継者としての教育をなさっていました。その前提がブレてしまったため、レイン様は悩んでおられます」

「なるほど」

「そこでです。お二人に後継者教育をするのに合わせ、確実に当主の支えとなるお前に、少し負担はかけますが一部業務を任せる事になりました。いわば、繋ぎ、ですね。デイン様が継がれても、カノン様が継がれても滞りなく家がまわるように」

「謹んでお受けいたします」


 合点がいった。「このことは内密に」と改めて念をおされる。母さんにも言ってはいけないらしい。


 イーサリオンを支えるものとして、この役割は栄誉だ。


 ……正直に言うと、私は、お嬢様が王家との婚姻を結んでくださる事を強く望んでいる。お嬢様はルーケンフォード様の隣に並び立つのに相応しいお方だ。

 お二人が並び話される姿はいつも神々しく、誰にも干渉できない空気を纏っている。


 それに―――


『アズールはずぅっと私の傍にいてくれる?』


 ―――もちろんです。


 だけど、ずっと、あなたの傍にいるのは、私には少し辛いこと、かもしれません。


 後日、任された仕事内容は当主の役目の一端で、喜びを感じると同時に、少し疑問を覚えた。


カノンちゃんの成長を見守ってくださっている方々へ。


区切りが良いため、一度ここで毎日更新を止め、以降のお話の調整をさせていただきます。次回の更新は約一週間後を予定しております。大幅に遅れそうな場合は活動報告で進捗報告をいたします。


もしよろしければ、ブックマークや☆評価をしてしていただければ励みになります。


いつも、ありがとうございます。それではしばし、お待ちください(_ _*)


2/12追記

少し、更新再開が遅れてしまいそうです(>_<)

ゆったりとお待ちくださいm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ