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67.原因は全部君

 ふっと意識が浮上する。

 嗅ぎなれない、薬品の匂いに鼻を突かれる。身体は見慣れない寝具に沈み込んでいて、救護室にいるのだろうと鈍く思考する。


 人の気配を感じて、起き上がると、仕切りのカーテンが開いた。


「あら、起きた?」


 救護室のフレイア先生は眼鏡を押し上げ、優しく微笑んだ。


「はい……」

「大丈夫?派手に転倒したらしいけど、身体は痛まない?」


 そういえば肩と頭がズキズキするかもしれない。そう答えれば彼女は私の髪を かき分けて確認してくれた。


「腫れては、無いみたいね。一応帰ったら肩も確認しておいて。貴方に怪我でもあれば卒倒する人が出てくるわ」

「大袈裟です……」


 でも父様は大騒ぎするだろう。

 フレイア先生の気の利いた冗談に癒されていると、勢いよく救護室のドアが開かれた。


「失礼します!」

「こらー。救護室のドアは静かに開けなさーい」


 デインだ。フレイア先生に注意されたデインは「すみません」と謝罪する。

 ばちりと、目が合う。その瞬間、彼の瞳が揺れた気がした。

 デインは、近づいてくると心配そうに覗き込んできた。


「急に倒れたって……大丈夫なのか?」

「うん。大丈夫」

「どっか調子悪いのか?熱?」


 確かめるように額に触れたデインは、「熱は無い、のか?」と呟いた。


「ごめん。心配かけて。ちょっと最近寝不足だっただけ」

「はぁ?睡眠は体調管理の基本だろ?なにやってんの」

「うん……そうなんだけど………」


 はぁとデインは気の抜けたように息をつき、私の肩を押した。


「なら、もう、寝とけ」

「アズールが……」

「ちゃんと俺がやっとく」


 まるでいつもそうしていると思うように、デインはぽんぽんと私の頭を撫でた。

 優しく細められる瞳。

 

 ほら、また。そんな目で見てくる。


 最近の悩みの種の本質は、ルークじゃない。デインだ……。


 イーサリオンを継ぎたいのは、アズールと一緒に居たいからというのも大きいが、あの土地が大好きだからだ。

 それに何より、私は父様の唯一の実子。

 イーサリオンを引き継ぐのに最も妥当な存在として、その自覚と誇りを大切に育ててきた。


 そして、その場合、私の隣に立つのに最も相応しいのが、デインだ。

 イーサリオンの後継者候補として擁立されてきた彼の努力も報われる結果となり、後ろめたさがないのもいい。

 幼い頃からアズールと三人で過ごしてきたデインなら、私が彼を大好きでいても許容してくれるだろうとも。


 加えて、私の事を好きだと思えるような行動の数々。


 ―――デインは、私の事好きなの?


 結果、与えられた言葉は私を突き放すものだった。彼の正論に私は反省すると共に、選択を躊躇った。


 どうせなら愛情のある結婚をしたい……。

 ―――女の子の、夢だ。


 いっつも喧嘩腰で私の気を引こうとする気すらしない。

 私と結婚するのがイーサリオンを継げる確実な方法でしょう?

 付き合ってる人がいるって何よ。

 なんで、そんな目で見てくるの?


 確証がないのが不安だ。

 デインを、選んで、いいの?ダメなの?どっち……?

 貴方のせいで、私はこんなに悩んでる。

 ばか。


 ―――

 ―――

 ―――


 カノンは横になると、すぐに規則正しく、寝息を立て始めた。本当に寝不足が原因のようだ。倒れたと聞いた時は肝が冷えたが、目の前で眠るカノンを見ていると安心する。


 アズールとカノンが待ち合わせしている時間までまだまだある。先に屋敷まで運んでも良かったが……せっかく今寝付いたばかりのカノンを動かすのは忍びない。

 フレイア先生に声を掛け、このまま見守らせてもらうことにした。隣で静かに課題を広げる。だけど集中は出来なかった。








 数刻後。

 夕日が救護室の白いベッドをオレンジ色に染める。


 そろそろ時間か。……アズール拾わないとな。


 カノンはまだ眠っていた。


「カノン」


 呼びかけてみるが、起きる気配は無い。仕方なく、魔法で持ち上げ、腕に抱く。ここまで動かしても起きないのなら相当深い眠りに入っているのだろう。カノンは腕の中で規則的に呼吸している。

 落とさないように抱え込めば、カノンの息が首筋にかかった。


 このまま―――自分のものに出来たらいいのに。


 そんな、ありえないことを考えながら抱きしめた。





 フレイア先生に帰宅を告げ、正門まで移動魔術で飛ぶと、アズールは驚愕で目の色を染めた。


「お嬢様っ!」


 アズールは鞄を取り落としそうな勢いで震えながらカノンを覗き込む。


「大きな声出すな。カノンが起きる」

「も、申し訳ございません。なにか、ご病気でしょうか……?」

「さぁ?本人は寝不足って言ってる。屋敷まで飛ぶから、寄れ」

「あ、はい。ありがとうございます。デイン様」


 魔法陣の効果範囲内にアズールが入ったのを確認し、俺たちはタウンハウスへ飛んだ。

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