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66.眠れないのは誰のせい?

「はぁ……」

「どうしたの?カノン。今日はため息が多いよ?」


 ピピナが髪を弄りながら覗き込んでくる。


「そう、かな?」

「そうだよ!可愛いレベルが下がっちゃうよ!」


 ピピナはふにと私の頬を引っ張った。


「なぁに?なにか悩み事?」

「……んーん。ちょっと、寝れないだけ……」


 私がそういうとピピナは衝撃を受けたように後ずさった。


「ダメよカノン!!睡眠はお肌に直結するのよ!!九の刻には寝なきゃ!!」

「それは、ちょっと早すぎるかな……」


 ガクガクと揺さぶられて頭がガンガンする。




 近頃、色々と考えてしまって寝付きが悪かった。


 私の一言だけで、ルークは躊躇いなく髪を切った。

 それは、言いしれない熱を強く感じてしまう行動。


 ……ルークは、私の事が、好き?


 そんな考えに辿り着いてしまう。

 確かに、周囲には持ち上げられているし、ルークとも仲はいい。ただ、胸の奥に突っかかる物が、現状を理解することを拒む。


 寝台に入ると、ずっともやもやと同じことばかり考えてしまって眠れない。


 贈り物をされて、遊びに誘われて、毎朝一番に話しかけてくれて、パーティのパートナーにも誘われることがあって、ふとした瞬間に目が合って、日常の悩みを相談され、小さなことでも喜ばれ、とびっきりの笑顔でこちらを見てくる。


 ルークの私に対する行動は、小説で言うと100点満点の好意だろう。実に分かりやすい。私も何度も「ルークって私の事が好きなのでは?」と思い上がりそうになってきた。


 ここで登場するのが過去の、まぁ言ってしまえばトラウマともなる事件だ。


『あのなぁ!!お前、恋愛小説の読みすぎ!!よく一緒に居るからって人が人を簡単に好きになるもんじゃないだろ!!何でもかんでもアプローチだと思ってんのか?』


 デインに言われた大正論は深く私の心に刺さっていた。


 確証がないのが不安なのだと、思う。

 一言でいい。ただ、言葉で「好き」と言ってくれれば、この迷いや不安は消えるのだろう。


 ルークを選ぶかという選択は一旦置いておいて、この人は私の選択肢に入れてもいい人だと安堵できる。


「はぁ……」

「もう!カノン!聞いてる!?」

「何を?」

「聞いてないのねっ!酷い!!」


 ぷんぷんとピピナは可愛らしく頬を膨らませる。


「ごめんごめん。で、なぁに?」

「もう知らないっ」


 ぷいっとそっぽを向いてしまったピピナ。私はもやもやを一旦胸の片隅にしまい込み、彼女の機嫌を取り持つために流行りの歌劇の話を持ち出した。





 寝不足だ……。


 はっきりと分かる。

 足元がふらつき、目が霞む。

 早く帰って寝たい。だけど、私がこのまま帰ったらアズールがずっと私を待ち続けることになってしまう。


 せめてデインに伝言を頼んでから……。


 そうすれば私も心置き無く眠れる。


 ふらつきながら魔法研究会の扉を開ける。


「ごきげんよう。カノン嬢」

「ごきげんよう……」


 挨拶もそこそこにデインを探す。まだ来てないみたいだ。

 だけど、彼と同じクラスであるリネ様はいた。


「リネ様……」

「カノン嬢。こんにちは」

「こんにちは。あの、デイン、知りませんか?」

「あぁ。あいつは……今日はちょっと遅れるかもなぁ」

「そうなんですね……」


 早く寝たいのに、こんな時に限って……。

 探知能力を使ってデインの居所を探ろうかとも思ったけれど、そんな元気すらなかった。

 限界を迎えた目がしょぼしょぼする……。


 あ、やばい。


 グラりと、視界が揺れる。


「なにかデインに用事―――えっ、カノン嬢!?」


 もう何も、考えられなかった。



 ―――

 ――

 ―


「ねぇ、聞いてる?」

「聞いてるよ」


 正直飽き飽きしてきたところではあるが……。


 魔法研究会に向かう途中、”今の彼女”に捕まった俺は人の居ない教室で延々と愚痴を聞かされ続けていた。


 シレイナはこてりと体重をこちらに預けてくる。


「最近なんだか上の空よ?大丈夫?」

「別に、心配されるようなことはないけど?」


「ふーん」と彼女はつまらなそうに、俺の手を弄び始めた。


 カノンがルーケンフォード様の婚約者候補筆頭である今、世間は俺をイーサリオンの最有力後継者候補として見る。

 そしてそれは、婚約者の居ない連中にとっては格好の餌食というわけだ。


 ルーケンフォード様が来るまでの学院では一番注目を集めていた自信がある。まぁ、必要ない自信だが。


「それでね、やっぱり安定している方が安心するから、デインくんのお兄様を紹介して欲しいの」


 一応は告白してきた身の上であるのに二ヶ月ももたずそんなことを言い出したシレイナに、呆れを通り越して逞しさすら感じてしまう。


「……いいよ。今度のヴァルリオンのパーティなら俺も兄貴も出席する」

「ほんと?デインくんてば、やーさしい」

「あっそ」


 シレイナは俺の手の甲に口付けた。


 カノンが決めてくれないから、俺も決められない。


 だからこんな曖昧な関係の女がいままで何人もいた。


 新しい恋をすれば、なにかが変わるかもしれない。

 そんな事を思っていた時期もあったが、あまり上手くいくことはなかった。

 シレイナのような軽い彼女ではなく、身持ちの固いまともな彼女もいたが、どうしても、違うのだ。


 こんなもんか。


 あっさりと別れる事になったシレイナにもあまり未練のようなものはない。将来へ向けての人脈形成の一環にはなったかと前向きに捉えることにする。



 少しの疲れを抱えながら魔法研究会へと足を進める。

 カノンは最近、魔術残滓保存理論にハマっている。魔術で用いる魔力の残滓をできるだけ薄くし、痕跡の残らない魔法陣を作るのだと良く分からん情熱を注いでいる。


「バカみてぇ、ほんと」


  熱心に陣と参考文献を睨むカノンの姿を思い浮かべ、口角が上がる。

 

 仕方がないから、また手伝ってやろう。


 そんな事を考えながら歩いていると、角からリネが飛び出てきた。


「いたっ!デイン!!」

「リネ?どうした?そんな慌てて」


 彼は息を整えながら、こちらに早足で向かってきた。


「大変なんだよ、今、カノン嬢が倒れちゃって」

「……は?」


 リネの言葉に、背筋が凍りついた。


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