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65.王妃様のお茶会〜私は悪くない〜

 その日は王城でお茶会が開かれた。

 主催は王妃、エレオノーラ様。

 十五人という数少ない招待枠に、私は選ばれた。


 大人しめのデザインのデイドレスを選ぶ。あまり広がらないシンプルな造りのネイビーブルーのドレス。その分アイボリーホワイトのレースで織りなされたショールで華やかさを保った。


 もちろん最高に可愛い仕上がりだが、かなり大人っぽく、背伸びしすぎたかもしれない。


 でもそうなってしまうのも仕方がない。共に席に並ぶのは錚々たるメンバーなのだ。

 王妃のお茶会には、アルセリオン王家を支える名家の婦人が集められる。なかでも、三大公爵家の出席は、暗黙の了解だった。


 私は十歳の頃からこの場にイーサリオンの代表として座っていた。私の存在が現れるまではファインさんがその役割を果たしていたのだそう。


 昔はファインさんに横についてもらいながら緊張で震えていたが、今では彼女の居ない席でもしっかり体裁を保つことができる。




 エレオノーラ様の挨拶を皮切りに、緩やかにお茶会は始まる。


 流行のファッションについて、最近の国の取り組みについて、絵画展や演奏会について……話題は事欠かない。


「まぁ。それでは穢れが原因ではなかったのですね」


 今、南の地方では湿疹が出る病が猛威をふるっている。


「えぇ。祈り子様のご助言でシーズベル共和国の病気に詳しい方に話を聞いてみることになりましたの」


 祈り子様は世界中に散っており、そのネットワークも多方面にわたる。その経験則から今回のように解決の糸口になるような助言を下さることも多い。


「今回の流行病は祈り子様の対応が早かったですね。去年のイーサリオンは数ヶ月待たされていたように思いますが……」


 話題がこちらに向いた。私は集まった視線を受けて笑みを浮かべる。


「確かに、長く順番待ちをしましたが、結果祈り子様がしっかりと穢れを祓ってくださいました。ユリウス様は穢れが溢れる時期があると仰っておりました。今は落ち着いている時期なのではないでしょうか」

「確かに、最近穢れに関する話題が減った気がするわね」

「そういえば、他国でも祈り子様が使えなくなった森の穢れ祓いに手をつけ始めたという話も聞くわね」

「そうなのですね。すばらしいことですわ」


 そうやって、平和に笑い合うテーブルに、冷たい一言が響いた。


「そうかしら。ただ騙す口実が欲しいだけでは?」


 空気が凍りつく。スンとお茶を飲むこの方は反エリュナ派として有名だ。エリュナ信者の多いこの国では浮いている。このような場で、言わなくても良いことを敢えて言うのは調和を乱す。もう呼ばれないだろうな……。


「私達には穢れは見えないけれど、過去の歴史は穢れの存在を示唆しているわ。祈り子様が世界に貢献しているのは事実よ」

「そういえば!過去の歴史で思い出したわ!この間発刊された歴史の小説で面白いものがありましたの!」


 エレオノーラ様が場を取りなし、フェリシアが自然に話題を変えた。母娘の息ぴったりの連携に拍手しそうになる。


 エレオノーラ様もフェリシアも恋愛小説好きだからか、本に関する話題も多い。


「昔は髪の長い方が魔力が高まると考えられていたらしいんですの」

「だから魔法使いの方に長髪の方が多いのかしら。男性でも髪を伸ばしていらっしゃるわね」

「逆に最近は女性も髪の短い方が多いですよね。この場にも、ほら。髪が長い方が色んなアレンジができますのに」

「私の髪が短いのは手入れが大変だからですわ。それに短いのも素敵でしょう?」


 フェリシアの持ち出した歴史小説の話題はどんどん色めきだった。


「私は髪の長い男性が好きだと言っているのですが、旦那は全然伸ばしてくれないのです」

「うちの夫なんか切るのがめんどくさいからと髪も髭も伸ばし放題よ。やっぱり髪が短い方の方が清潔感があるわ」

「うちの人は昔は伸ばしていたんですが、色々と邪魔だったので私が切ってやりましたわ」


 髪が長い方が好き、短い方が好きと軽い話題に先程の冷えた空気は流れ去った。話題の変更点として大正解だっただろう。


「カノン様はどう?お父様もお爺様も髪を伸ばされているけれど、やはり理想の殿方は髪を伸ばされている方?」


 ここで”異性”に限定してこんなことを聞かれるのは、地味に探られているのだろうなぁと思いながら考える。思い浮かんだのはいつも傍にいる、黒髪。


「私はやはり、髪の短い方のほうが、爽やかでいいと思います」

「まぁ、そうなのね」


 ふふふと意味ありげな微笑み達は、意図を持っているように私にまとわりついた。



 ―――



「父様はなんで髪を伸ばしてるの?」


 ちょっと気になったので、夕食の席で聞いてみると父様は不思議そうに首を傾げた。


「どうしたんだい?突然」


 お昼にこんな話題があったのだと話すと、父様は苦笑しながら「どうしてだろう」と考え始めた。


「……亡くなったカノンの曾お祖父様も父上も伸ばしてたから、そういうものだろうと、特に考えず伸ばしているんだよね」

「へぇ〜」


 全くなんのロマンもない理由だった。

 似合っていると思うから、それでいいけれど。


「カノンはどうして髪を伸ばしているんだい?」

「昔は切るのが面倒だったから伸ばしっぱなしにしてたけど、……今は可愛いから伸ばしてる」

「確かに。カノンの髪には天使が宿っているよ」


 父様は神妙に頷いた。私の完璧な天使の輪のことを言っているのだろうか。


「で、カノンは髪の長い人と短い人、どちらが好きと言ったんだい?」

「短い方がいいって言ったわ」

「よし、切るか」

「えっ!」

「リュート。食後にハサミを用意してくれ」

「「えっ!?」」


 勢いがありすぎる。リュートさんも驚愕して声がひっくり返っていた。


「待って待って!せっかく綺麗な髪なのに切ったらもったいないわ!!」

「でも、カノンは髪の短い人の方がいいんだろう?」


 聞き分けのない子供のように父様は口を尖らせる。

 数多の小説のモデルに持ち上げられ、社交会でも人気の高い父様が急に髪を切ったら全国の父様ファンが泣く!!……いや、逆に興奮して倒れるかも……?とにかく一度切ってしまった髪の責任は取れない。


「やだ!父様とお揃いがいい!!」

「ならやめよう」


 あっさりと父様は発言を取りやめた。

 私は父様ファンの情緒の安寧を守れたと安堵したが、私のちょっとした発言から引き起こされる事件はこれだけですまなかった。




 悲鳴のような、歓声のような声が近づいて来る。

 またルークだろうなと思いながらも、いつもより激しい黄色い声を不思議に思っていた。


「おはよう、カノン」

「おはよ……えっ!!ルーク髪どうしたの!?」

「切ってみたんだ。似合う?」


 先週までルークは肩の下辺りまで伸ばした長めの襟足を、リボンで結んで登校していた。

 それをバッサリと切ってしまい、完全なショートヘアになっている。

 もちろん、世界の美を集結させたようなルークはショートヘアも似合っていたが、突然のイメージチェンジに周囲は混乱……いや興奮……とりあえず騒いでいた。


「なんで、切っちゃったの?」

「カノンは、短い方が好きでしょ?」


 そう言ってルークは私を覗き込むように首を傾ける。さらりと銀の髪が揺れた。

 その表情があまりにも柔らかくて、戸惑ってしまう。

 ストレートな好意を向けられている。そう気づいて、何も言えなくなってしまった。


 その日は、ルークの髪が長い方が良かったと嘆く派閥と、今の髪型の方が素敵と頬を染める派閥と、どちらのルークも最高と倒れる派閥で学院中が騒然としていた。

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