64.カノンちゃんの一日!
朝。
私は六の刻辺りに目が覚める。自然に起きれる私は「お嬢様は、健康的ですね」とよくチエルさんにも褒められる。父様なんかはいつも起こして貰っているのだとこっそり教えてくれた。
うーんと伸びをして寝台から出る。もう寒くなってきた朝に、ぶるりと身体を震わせる。部屋を温める魔石に魔力を込めて、私は化粧台に腰掛ける。
クレイトニー婆ちゃんの女神像を台に起き、手を組む。
日課のお祈り。毎日欠かさず、私は祈っていた。
―――女神様〜今日も可愛い私は授業でもいい成績を取れてると思います。可愛い上に天才です。完全無敵に違いないです〜。
微妙に頭が起ききっていない私のお祈り内容はかなり適当だ。これくらいの方が女神様も面白がってくれるだろう。
―――今日も世界から穢れが消えますように。
粗雑な内容の後に、お決まりのフレーズを思い浮かべる。ユリウス様に教えて貰った祈り子様の祈り。今日もどこかで、祈り子様達が穢れを祓う為に奮闘しているのだろう。
お祈りを終えると、私は本を開く。
ベッドに転がってページを捲る。今日は最近流行っているミステリー小説だ。ミステリー小説系はすぐに読んでおかないとすぐにネタバレが耳に入ってしまう。
読み進めていると時間が来て、ノックと共にチエルさんとエミリィがやってくる。
「おはようございます。お嬢様」
「おはようございますぅ」
「うん。おはよう」
綺麗にスカートをつまんで礼をする二人に声をかけて朝の着替えに取りかかる。
フェルディナンド様がアルセリオンの王位についた事に合わせて、我がイーサリオン公爵家も代替わりした。
お爺様が当主を降り、父様が引き継いだのだ。合わせて、居住地も父様と私が王都のタウンハウスに、お爺様がイーサリオン領のお屋敷に移った。
チエルさんは、リュートさんやアズールと一緒に王都に移動して来てくれたが、マリーさんは私がタウンハウスに行くのについてくることが出来なかった。
彼女はイーサリオンに幼い子がいるので王都では過ごせないのだ。
「本当に、たまには帰ってきてくださいねぇぇ。帰ってきた時はお嬢様の服は私が選びますぅぅう!!」
と涙ぐみながら私を見送ってくれた。
ということで今の私の侍女はチエルさんとエミリィだ。
「お嬢様、今日はどんな髪型にしますかぁ?」
チエルさんが制服を準備したり、軽くお化粧をしてくれている横で、エミリィが髪を梳かしながら聞いてくる。
「どうしよっかなぁ。たまにはピピナとお揃いにしようかな」
「じゃあ2つ結びですねぇ!」
エミリィはテキパキと髪を結んでくれる。
「ピピナ様とお揃い、なのでしたら巻くのはどうですか?」
「いいね!じゃあそれで」
「ふふっ、かしこまりました」
チエルさんがコテを出して熱の魔法で私の髪を巻き始める。彼女は魔法が堪能で、こういうちょっとした作業が得意だ。
「髪飾りはどれにしますぅ?」
「うーーーーん。多分青いリボンならピピナと被んないと思う」
魔法を使うのが苦手なエミリィは髪飾りを取りに奥に向かった。
二人に綺麗にしてもらい制服に着替える。
くるりと鏡の前で回ってピシッと可愛いポーズを決める。
「可愛い?」
「今日もとても可愛いですぅ!」
「輝いておいでですよ」
パチパチと拍手されるまでがセットだ。
朝食を取りに食堂に向かう。
「おはようカノン!今日も世界一可愛いよ」
「おはよう父様。ありがとう」
先に座っていた父様は何やら書類を持ち込んで、リュートさんと難しい話をしている。聞けば領地の都市計画についてのようだ。近々会議があるらしく、忙しそうだ。
その上今日も父様は王城で重要な会議に出席するらしい。
私も、後継者の令嬢として、休日は実務を手伝っている。だが、まだ簡単なもので、どちらかと言うと女主人としての仕事が多い。
代わりに、イーサリオンの補助的な仕事を手伝わされているのが多分、デインだ。
彼はたまに父様に来る討伐依頼の一部をこなしている。
だが、この間の口ぶりからして、本当はそれだけじゃないのだろう。
……あまり、強く言われた事はないが、私が他家に嫁がない場合、夫となるのはデインが妥当なのだろう。
スっと朝食のプレートが前に置かれる。ピシリと身なりを整えたアズールがコップにミルクを注いだ。
学院に向かう時間になると、アズールが迎えに来る。
「今日も可愛いですね。お嬢様の可愛さに寒さも吹き飛びました」
「でしょ。ありがとう」
アズールは毎日必ずこうやって褒めてくれる。私が昔「百の言葉を使って可愛いと言って」と迫ったからか、できるだけ色んな言葉を用いて可愛いと言ってくれる。そんな小さなことでも嬉しくなってしまう。
寒いねと話しながら屋敷を出る。
登校と言っても私は屋敷から学院の正門近くまで移動魔術で飛ぶだけだ。アズールもかろうじてここまで飛ぶだけの魔力を持っているが、魔力消費が多いので大抵は私が魔術を発動し、一緒に飛んでいる。
「それではお嬢様。行ってらっしゃいませ」
「うん。今日も魔法研究会に顔を出すからその時間で」
「かしこまりました」
正門で別れると、アズールは私が学院の校舎に入るまで後ろで見守ってくれる。家政学校はアーカナリア学院の隣の敷地だ。ここから彼は歩いて家政学校に向かう。
「次、カノン・イーサリオン」
「はい」
無精髭を生やして、死んだような目をしている先生に呼ばれ、私は立ち上がる。
今回の課題は、ばらまかれた魔道具を指定の場所に集めるというものだ。この魔道具は魔力を無造作に反発させ、動かすのがかなり難しい。普通の人にとっては。
前に出て、詠唱も魔法陣も使わず、”魔法”で魔道具を持ち上げる。周囲がざわついたのが分かったが、私にとっては欠伸が出てしまうほど簡単な課題なのだ。これくらい負荷をかけないとつまらない。ついでに魔道具をクルクルと芸術的に動かし、ピラミッド型に積み上げておいた。この課題は満点以上だろう。
「はい。素晴らしい魔法でしたぁー。次―――」
淡々と授業は進む。席に帰るとルークが「流石カノンだね」と褒めてくれたが、前に出た彼も私と同じように魔法で優雅に課題をこなした。
ルークは魔力も強く、勉強もできる。夏に行われた試験では彼が満点で一位を取った。ちなみに同率でネフェル様が一位で私は三位になった。
その上、ルークは容姿端麗で身体能力も高い。卒なく友好関係も広げているし、先日は彼が計画の主軸に立った祭事が大成功している。
まさに完璧超人。
女神様はルークにどれだけ祝福を与えているんだろう……。
ふわりと微笑んだルークにきゃあと女の子黄色い声が浴びせられる。ルークは学院中……いや国中の女の子の憧れの的だ。彼の姿絵は毎回飛ぶように売れる。
そんな大人気なルークの婚約者候補の第一位に名前が上がっているのが私だ。なんでも世間では「銀の至宝と金の華」などと並び称されているらしい。
だから、ほんっとうによく女の子達から睨みつけるような視線がよく浴びせられる。
「やはり、素敵だわ。ルーケンフォード様。お相手はやはりカノン様を選ばれるのかしら」
「よく話しかけてらっしゃるし、そうお考えなのかもしれないわね」
「でも、あの方のお母様ってほら、平民の女性でしょう?レイン様のご息女とはいえ半分が平民の血ではねぇ」
「噂では娼婦のように男性を侍らせていたのだとか」
「まぁ。だからカノン様もあんなに自由でいらっしゃるのね」
くすくすと、こちらに聞こえるような声音で囁かれる陰口。チラリと見やればスーザン・カルデ令嬢とその御学友だ。あの方は昔から私を目の敵にしている。
「なにあれ!感じ悪ぅい!」
べーっとピピナは舌を出した。
あること無いこと噂されるのには慣れている。
私の母様がただの平民の女性である事は事実だ。その点に関してはよく嫌味を言われてきた。逆に考えれば、私はそれくらいしか攻撃する場所がないのだろう。
「いいの。別に気にしないわ」
そういう子ばかりではないと、私はちゃんと知っている。
放課後になれば魔法研究会に顔を出す。
今日は定期的に行われている、魔術発表会が行われる日だ。
自分が作り上げた魔術を発表したり、最近の魔法界のトレンドを共有したりする日。
そう聞くと硬そうな印象を受けるだろうが、実態はお菓子を持ち寄っていい感じに話そうという緩いイベントだ。
「昨今の魔法界で愛用されるローブのトレンドは―――」
「見て!!俺の集大成!!!髪型が絶対に崩れない魔法!!!」
本当にどうでもいい内容もあるが、なんだかそんな雰囲気が面白い。
「今、この理論で詰まってるのよねぇ。cleが上手く入らなくてぇ」
真面目な相談事になると雰囲気はガラッと変わる。元々魔法に関しては自信のある者たちの集まりだ。活発に議論が繰り広げられ問題が解決していくのはとても気分がスッキリする。
お開きになり、友人と話しているとデインが近づいてきた。
「カノン。悪いけど、叔父上に明後日の仕事は無理って伝えてくれるか?明明後日に行くって」
「分かった。なぁに?どこか行くの?」
「そんなとこ。じゃあな」
デインは軽く手を振ると、リネ様と出ていってしまった。
「デイン様、最近お付き合いしているご令嬢がいるのだとか」
「えぇっ!そうなの!?」
初耳だ。あの魔法バカのデインにそんな浮ついた話があるとは思ってもみなかった。恋愛とかあまり興味無さそうなのに。
―――だからデインは、私に外に嫁いで欲しいんだ。
デインは、私に言い寄って来るような事がない。イーサリオンを継ぎたいなら私と婚約するのが一番早いのに、だ。
そのくせ私が男性と話していると割り込んできたり、パーティであからさまに周囲を牽制したり、意味ありげな視線を向けてきたり……勘違いするのも仕方ないだろう。私、悪くなくない?
早く、決めなくちゃ……。
自分に残されている道がどんどん狭まっているように感じて、気が重くなった。
正門へ向かうと、いつも通りアズールが待っていてくれた。
「アズール、それなぁに?」
アズールは朝は見かけなかった紙袋を手にしていた。
「クラスの方にいただいたのです。クッキーだそうですよ」
「ふぅん……」
可愛いピンクのラッピング。絶対女の子だ……。
顔も決して悪くはなく、性格も穏やか。その上イーサリオンの家令の地位が約束されているアズールは家政学校の女の子達から見たら好条件すぎる結婚相手だろう。
アズールは、私のなのに……。
とても、もやっとしてしまった。
「今日もお疲れ様でした」
いつもの習慣通り、夕食後に予定の確認をしに来てくれたアズール。今日はマカロンを持ってきてくれた。
アズールはニコニコしながらマカロンを私の口に運ぶ。
私が好きなベリーフレーバー。
アズールは私の好みはなんでも知っている。
他家に嫁げば、アズールとは離れ離れになってしまう。アズールは今は私の専属執事だけど、イーサリオンの次期家令の立場は揺らがない。アズールは連れて行けないし、彼を選ぶことは、世間的にはあまり好まれない。私がアズールを選べば、きっと辛い思いをさせてしまう。それに私とアズールでは魔力差がありすぎる。魔力差が大きいと子供ができにくい。
だからイーサリオンを継ぎたい。
この恋心は心の奥に隠すことになるけれど、アズールとずっと一緒に居られる。
もう一つのマカロンはバニラ味だった。
これも私の好きな味。
なんでも知ってるアズールは、私の気持ちも知っているのだろうか。
今はまだ、このままでいたい。
そう思ってしまうのは、私のわがままなんだろう。




