63.世界の中心はどこにあるか
男子学生の話題のひとつには、「可愛い女子について」というものがある。いくら品のいい生まれの坊ちゃんでも好みや理想の女子像というものはあるらしい。中には露骨に性的な話題を繰り出す輩も一定数居る。
そしてその話題に名前をあげられやすいのが俺の従姉妹。カノン・イーサリオンだった。
「今日のカノン嬢見たか?ポニーテール!めっちゃ可愛い!」
「僕はハーフアップにしてる髪型の方が好きなんだけどなぁ」
「分かるわぁ!俺はおろしてるのも好きやな〜!」
真面目が売りのリネですらそんな会話に混ざっている
今日のカノンはポニーテールなのか。
別にどうでもいいけど。
パンをかぶりながら、友人達の会話を聞いているとカノンの話題を持ち出してきたディークがこちらに視線を向けてきた。
「紹介してくれよデイン。従兄弟だろ」
「はぁ?なんで俺が。パーティとかで会うだろ?話しに行けよ」
「無理無理!恥ずかしい!!」
「じゃあ俺が紹介しても無理だよお前は……」
ディークは女子の話題を持ち出すのに、話しかけるのが恥ずかしいと抜かすヘタレだ。お見合いもよくしている話は聞くが良い報告は全く聞かない。
「でも、カノン嬢ってルーケンフォード様のお気に入りやろ?デュークに万が一も可能性無くないやん?」
「酷っ!……まぁ、事実だけど……」
「噂ではご婚約秒読みだとか聞くね」
「実際どうなん?」
クルクルとパスタを巻きながら、セスが軽く聞いてくる。
「知らねぇよ」
カノンが何を考えてるかなんて分かりっこない。本人はイーサリオンを継ぐ気でいるらしいが、ルーケンフォード様とも親しくしている。
さっさとルーケンフォード様と婚約関係を結んでくれればいいのに。あいつが曖昧にし続けるから俺も中途半端に後継者候補のままだった。
「やっぱお似合いだよなぁ、あの二人。なんだっけ銀の秘宝と金の華?」
「銀の至宝と金の華だね」
「そうそれそれ。あの二人にピッタリの通り名だよな」
「もうあの二人が次代の統治者でええやんなぁ」
「でも、まだ婚約されていないし、彼女を狙ってる人も多いみたいだよね。イーサリオンの後継枠だし。ほら、エドワーズとか熱心に口説いてる」
リネの言葉にぴたりと止まる。
「エドワーズ?ミラディスか?」
「そう。それ以外どこにエドワーズがいるのさ」
「あいつカノンと話してるっけ?」
「あれ?そう?魔法研究会で贈り物してるところ結構見かけるけど?」
リネの言葉に心の中で悪態をついた。俺が知らないということはあえて俺が居ない時を狙ってやってるんだろう。
エドワーズ・ミラディスはイーサリオン領に隣接する伯爵家の三男坊だ。俺にとっては邪魔な存在になる。きっとあっちもそれを分かってる。
カノンがルーケンフォード様以外を選ぶと言うなら、少なくとも継ぐ家がある長男だ。それ以外認めない。
その後はずっとイライラしながら過ごした。
その日は学級の用事で魔法研究会には顔を出せなかった。まぁそんな日もたまにある。サークル活動は結構緩い集まりだ。
週末でイーサリオンのタウンハウスに行こうと思っていたので寮ではなく正門に向かう。
「アズール」
「デイン様。お疲れ様です」
「カノンは?」
「まだ、いらっしゃっていません」
「何してんだあいつ……」
時計を見ればもう約束の時間を過ぎている。
「まだ実習室にいるのかも。ちょっと見てくる。俺が帰って来る前にカノンが来たら先に帰っていい」
「かしこまりました。ありがとうございます」
アズールはそう言って丁寧に頭を下げた。
実習室に行けばエドワーズと楽しげに話しているカノンの姿が目に入った。
こういうことかよ。
やはり俺がいない日を狙ってエドワーズはカノンに近づいているのだ。不快感を覚えながら無理矢理話を遮る。
エドワーズがこっちを睨んで来たので睨み返す。お前にカノンは絶対渡さない。そもそもカノンも興味はないようだし。
「何か怒ってる?」
そんな事を聞いてくるカノンは鈍いんだか何も考えていないんだか分からん。自分が色んな意味で狙われているという自覚があるんだろうか。
変なところで鋭いくせに肝心なところで鈍い。意図的にそうしているのならたちが悪い。
適当に受け答えをしながら正門への道を進む。日の落ちた校舎は茜色に染まり、廊下を通る人影もまばらだ。
俺達が一緒にいても噂の一つにもなりはしない。
「結局うちによく来るなら同じなのに。変なの」
本気で分からないという風に言うカノンにカチンと来た。
俺が寮に入った理由は他でもない。
カノンがタウンハウスで過ごすことが分かっていたからだ。
できるだけルーケンフォード様に睨まれないよう、最低限の距離を保っているのだ。
俺はいつもカノンの事を考えて行動させられているのにコイツは何も理解していない。
「お前がさっさと婚約者決めないから取り置きされてんだよ。定期的に顔出せって言われてんの」
苛立ちをぶつければカノンは萎縮してしまった。少し、語気を強くしすぎた気もしたが……カノンが悪い。
「卒業までには決めるね……」
またそんな事を言うカノンに苛立ちを通り越してうんざりしてしまった。
「お前さぁ……」
―――ルーケンフォード様の何がダメなんだ?
あれだけ明確な好意を向けられて、周囲にも持ち上げられて、まだ選ばないカノン。ルーケンフォード様なんて国で一番の男だ。二つ返事で受け入れるべきだろう。
気づいていないとは思わない。コイツはそこまで鈍くない。
多分、あえて曖昧な距離を続けているのだ。
生徒会でなく、魔法研究会に入る事を選んだ時にそう思った。
ルーケンフォード様ならきっとカノンを誘っていただろう。
カノンなりに何か考えがあるのなら聞きたいところだったが、口が重い。このままカノンの考えを聞いて、彼女の心境が変わってしまうのが嫌だった。
―――この曖昧な状況に、本当は安心している自分がいるから。
「アズール!」
正門で、アズールの姿が見えるやいなや駆けていくカノン。
そもそもカノンはアズールの事が好きだ。
ずっと見ていたから、それくらいは、分かる。
カノンは相談してこない。自分の本心を一人で抱え込んでいる。
一言、アズールが好きだから彼と結ばれたいと口にすれば、カノンを溺愛している叔父上はきっと断らない。
元々アズールのウィングトン家はイーサリオンの傍系にあたる。家格として釣り合わなくても、うちの養子などにして籍を入れるのは簡単だ。
でも実現しない。カノンが何も言わないから。
叔父上も話すつもりは無いみたいだった。
だから俺も言ってやらない。一人で馬鹿みたいに悩み続ければいい。
アズールの前で頬を染めているように見えるのは、やはり夕日のせいだけではないだろう。
さっきまで一緒にいたのに、俺なんか居ないみたいだ。
俺の優先順位はいつも最後。
世界はカノンを中心に回ってる。




