61.お昼休み
「カノンって、ルーケンフォード様の恋人なの?」
「えっ違うよ?」
ピピナから突然そんなことを言われ、ハンカチを取り落としそうになってしまった。
「なんで?」
「だってルーケンフォード様からお昼に誘われるなんて相当だと思うんだけど」
「そうかな?別にルークはそんな事考えてないと思うよ。昔から仲がいいだけ。我が家に婚約の打診とか来たことないし」
「そうなの?じゃあピピナがルーケンフォード様にアタックしてもいいわよね?」
キュルッと可愛いポーズでそんなことを言ってきたピピナに、私は生温かい視線を向ける。
「ピピナ、王妃できるの?」
「なによぅ!バカにして!」
「アルセリオン王朝の始めの三家と呼ばれる家は?」
「えっ、えっ?アルセリオン王家、イーサリオン公爵家、ヴァルリオン公爵家かな?」
「この間、一等魔術博士号を授与されたのは?」
「カノンのお父様??」
「今、国が一番注目している国交相手は?」
「ナナグライム……?」
「無理だよピピナ……」
全問不正解である……。
ピピナはぷくぅと膨れてしまった。
「いいもんいいもん!ルーケンフォード様は素敵だけどカノンに譲ってあげる!その代わり他の男はみぃんなピピナが貰うから!まずはネフェル様ね♡」
「ネフェル様ねぇ……あの方すごく気難しそうだけど……」
銀縁眼鏡を押し上げるネフェル様を思い浮かべる。彼は真面目を絵に書いたような人だ。ああいうタイプの人は知的な女性に惹かれがちだと勝手に思っているけど……。
楽しそうにリップを塗り直すピピナを見る。
ピピナと知的は相容れない……かぁ。
私は、やめときなさいという言葉を飲み込んだ。夢は見ている時が一番楽しいのだ。
アーカナリア学院には広い食堂が設けられている。一流シェフが作る、日替わりのセットが良心的な価格で販売され人気の高い施設だ。
他の生徒と同じように列に並んで料理を注文する。一番混む時間帯であるが、ルークがそこにいるだけで自然に奥の席が彼のために開けられた。
ルークとネフェル様、ピピナと四人で席を囲む。
授業の話題を持ち出しながら、プレートの料理に手を付け始めた時だ。背後から聞き慣れた声がかかった。
「あら。私の席が取られていると思ったら」
「フェリシア」
「姉上」
「こんにちは」
料理の乗ったトレイを持ったフェリシアはパチンッとウインクした。「ご一緒しても?」とフェリシアは私の隣の席についた。
彼女はもう一人ご令嬢と一緒だった。この方は見た事がある。確か生徒会に所属している方だ。少しつり目な黒い瞳に睨まれて、身を竦めてしまう。彼女は丁寧にルークに挨拶して、彼の隣についた。
「どう?学院生活には慣れた?」
「うん。こんなに近い歳の子と接する機会ってないから新鮮。お友達もできたのよ」
少しピピナの方に身体を傾ければ、ピピナはくるんと外向けの笑みを浮かべた。
「はじめまして!フェリシア王女様!ピピナ・ヴァーニティと申します」
「あら、ヴァーニティのご令嬢?はじめまして。フェリシア・ロート・アルセリオンよ。お兄様にはお世話になっているわ」
「フェリシア様にそう言っていただけて、兄も喜びます!」
和やかに自己紹介が行われる中で、私はフェリシアと一緒に来たご令嬢に視線を向ける。
「そちらの方は?」
「……お初にお目にかかります。カティア・セヴァルと申します」
カティアさんは笑みのひとつも浮かべず淡々とそう言った。黒髪のショートヘアも相まって、男の子みたいだ。ピピナが「よろしくお願いします」と言っている隣で私は自分の知識を引っ張り出す。セヴァル……は聞かない性だ。平民の方だろうか?
「カティアは生徒会の総務をしてくれているの。とっても気が利く子なのよ」
「恐縮です」
やはりカティアさんは表情を変えなかった。さっきは睨まれていると思ってしまったけど、元々クールな気質なのかもしれない。
「そうだ!ルーク、ネフェル。生徒会への加入申請通ったわよ。来週からで、よろしくね」
「そうなんだ。了解」
ルークがスープをすくう横で、ネフェル様がチャキりと眼鏡を押し上げた。
「申請を出したのは一週間も前です。怠慢なのでは?」
「処理が色々あるのよ!こっちにも」
フェリシアは膨れながらネフェル様を睨む。
「カノンも入らない?生徒会」
そうルークが言うとフェリシアも同調した。
「それはいいわね!やりがいがあるわよ」
「生徒会かぁ……」
生徒会は忙しいと聞く。私はルークやネフェル様のように立場上在籍せざるを得ないわけではないし。何より、生徒会に所属すればサークル活動ができなくなってしまう……。
「カノンが居てくれたら僕は嬉しいんだけど」
「う、うーん……ちょっと考えるね。サークル活動にも興味があるから」
「そっか……」
控えめに遠慮すると、ルークはしょぼんと眉を下げた。
「ピピナは何かサークル活動するの?」
「ピピナ?ピピナはねぇ、絵画サロンに入ろうと思ってるよ」
「ピピナが?」
「なぁに!その言い方!言っとくけどピピナ、すっごく絵画は上手なんだから!」
得意げにフォークを振りながらピピナは胸を張った。
少し意外だ。この子にそんな集中力が必要そうな活動ができるなんて。さすがに失礼か。
「今度カノンも描いてあげるね」とピピナが言うので「楽しみにしてるね」と言っておいた。
「カノン嬢なら魔法研究会なんかがいいのではないですか?」
「魔法研究会?」
ネフェル様の提案に興味を惹かれた。どういうものか聞いてみれば、その名の通り、魔法理論の研究や歴史的な魔法文献の読解なんかを行っている会なのだとか。
「主に、将来王宮の魔法使い職や、魔導爵を獲得しようとしている人が所属しています。アーカナリアの魔法研究会はレベルが高く、かつてレイン様も所属していたそうですよ」
「へぇ!そうなんですね!」
そういえば父様オタクのデインがそんな事を言っていた気がする。
「すっごく興味が出てきました!教えてくれてありがとうございますネフェル様」
「いえ」
微笑みもせず、スンっと目を伏せるだけのネフェル様もクールな人だよなと思ってしまった。
「ねぇカノン!香草焼き味見しちゃだめ?」
「ん?いいよ」
ピピナが私のプレートの料理を欲しがったので私は切り分けて彼女に差し出す。フォークに刺さった鴨肉にピピナがかぶりついた。
「ありがと!実はそっちのセットも気になってたのよね!カノンも何かいる?」
「テリーヌ美味しそう」
「テリーヌね。はいっ!」
ピピナがテリーヌを切り分けてくれたのでありがたく頂戴する。
「美味しい?」と無邪気に笑うピピナを見るとなんだが和んでしまう。ピピナはこういう所が可愛らしい。
ほのぼのしていると、じっとルークがこちらを見ているのに気づいた。
「ルークも何か欲しい?」
「えっ」
そうなのかなと思ったが違ったのだろうか。
ルークは視線を彷徨わせて「いや、別に」と歯切れが悪い。どうしたんだろう?
「気にしないの?か、関節キスだよね」
「「え?」」
ピピナと顔を見合わせる。
「カノン気にする?」
「いや、ぜんぜん?」
「そっ、か。いや、二人が気にしないならいいんじゃないかな」
ルークは頬を赤らめて、視線を落とした。その様子になんだが初々しさすら感じてしまう。
……関節キスか。
いや、言われてみれば、確かに。
関節キスになっちゃう、か―――!
先日の、アズールへの行動を思い出して、ぶわりと頬が火照ってしまった。




