59.放課後のひととき
「カノ〜ン!」
少し間延びした、甘い声。振り向く間もなく、衝撃が襲ってくる。
ぎゅむと抱きついて来たピピナはスリスリと頬を擦り付けてくる。私を抱き枕か何かだと思っているのだろうか……。
あの可愛い対決から数日。私はどうやらピピナに気に入られてしまったみたいだ。休み時間になるとこうやってピピナは甘えてくる。
「もぅ」と、呆れながら受け入れているとスンと香る甘い香りがした。
「今日はチェルベリィの香水?いい香りだね」
「分かる?さすがカノンね!これ新作でねっ!まだアルセリオンには入荷してないやつなのっ!」
「へぇ。さすが西の関所ね。羨ましいなぁ」
「でしょ?今度カノンにも最新のアイテムを贈ってあ・げ・る♡カノンはスッキリした香水使うことが多いわよね」
すんすんとピピナは私の首元の香りを確認する。彼女の髪が当たって少しくすぐったい。
「アリエステの花の香水?」
「当たり。お気に入りなの」
「カノンにピッタリね!」
「ありがとう」
意外でもないが、私たちはとても話が合った。気にかけるもの、可愛いへの執念、そういったフィーリングが近く、話していて気を張らない。
ピピナはやっぱり少し……こう言ってはなんだが、少し抜けている所の多い子だけれど、愛嬌は100点満点で憎めない性格をしている。こういうところが、放っておけなくなる理由なのだろう。
そして何より……私たちは二人とも最上級に可愛かった!!!
「が、眼福だ……」
「いい香りしそう……」
「目の保養……」
ヒソヒソと囁かれるそんな言葉がそれを証明している。
可愛いと可愛いが一緒にいると可愛い空間しか生まれないのだ!!
ピピナも私もそれを理解している。魅せ方にも余念は無い。
ピピナは愛され小動物系、私は淑やか清楚系で可愛さの方向も被っていないので相乗効果が無限大だった。
「ねっ!カノン!今日の放課後暇?」
「暇だけど、どうかしたの?」
「あのねっ!街にピピナの家が支援してる商会のカフェがオープンしたの!ピピナ特別招待券持ってるから一緒に行かない?」
ぱちくりと目を瞬く。そしてじわじわと嬉しさが込み上げて来た。制服でカフェにお出かけなんて、とても学生らしいイベントじゃないか!
私は「もちろん」と何度も頷いた。
「やったぁ!今日もアズールはお迎えでしょ?マルテと四人で行こ〜!」
「楽しみ!どんなものが置いてるの?」
「とっておきはフルーツ沢山のタルトって聞いてる〜」
可愛い仕草と愛らしい声で注目を引くピピナ。
品格を崩さず気高く洗練された可憐さを纏う私。
ピピナも私も、二人で居るメリットは理解している。
でも、そんなことより、何よりも私達はとっても素敵なお友達だった。
放課後。
アズールとマルテと校門で合流して、私たちはカフェに向かった。
お友達と話しながら歩いて下校というのも感慨深い。私は移動魔術で学院までひとっ飛びだから尚更。
「わぁ!すごぉい!このお店の刺繍とっても綺麗!」
ピピナは王都にはあまり来たことがないそうだ。
ウィンドウに張り付いてキラキラと目を輝かせている。
彼女の領地は西の端に近い。王都まで来るのには大変な時間がかかるのだそう。今は親戚の家にマルテと身を寄せているらしい。
「ここは、町着を扱う衣装商よ。ドレスの刺繍なんかも頼めばやってくれる」
「へぇ〜!ピピナ王都のお店はまーったく分からないの!今度いいお店紹介して欲しいなぁ」
「いいよ。それならピピナにピッタリのお店があるよ」
「ほんとに?やったぁ」
そんな会話をしながら歩む王都の街はなんだか新鮮で、とても楽しかった。
―――
ピピナ嬢と笑い合うお嬢様。
その姿は飾らないありのままの姿で、良いご友人に巡り会えたのだなと、こちらまで喜ばしく思ってしまう。
「お嬢様が楽しそうでなによりです」
「まぁじめっすねぇ……」
はぁとため息をつくマルテは一つ歳下の同級生だ。
家政学校はアーカナリア学院と隣接しており、その歴史も深く繋がっている。そこに通うのは名家を支える使命を持った家令や侍女の卵達。
家政学校では主が絶対的に優先される。アーカナリア学院に通う主を迎えに行ける時間に授業は終わるし、主の都合で休むことも許されている。
なにより一番大きいのは主の学院入学に合わせて入学時期を変更することができる点だろう。基本的に家政学校も学院と同じ、十五歳から十八歳までの子女が通う学校だ。だが、今年入学した私は今年十七になる年齢だし、同級生にはまだ十二歳の少年も二十を超えた青年も在籍している。マルテは比較的歳の近い方だろう。
アーカナリア学院に通うほうが主の傍に仕えることができるし、泊もつく。だが、その上で使用人達は家政学校を選ぶ。何故なら家政学校ならではのコミュニティを築けるし、学院の一部の授業カリキュラムは本質的に私たちには必要ない。制服も仕える家の規定品で良いのも楽だ。
「アズールは根っからの使用人っすねぇ。俺は拾われもんなんでそこまでお嬢に忠誠心持てねぇっす」
「そんな事では評価を落とされますよ?」
「うぇえ、個人の感情まで採点されるんすかぁ?ヤバいっすねぇ家政学校」
「仕える者として当然でしょう。穏便に卒業したいなら黙っているべきですね、マルテは」
「仕事はしてるってのに〜」
「なら給金分は奉仕なさい。家政学校にタダで通わせて貰っているだけでヴァーニティ家は寛大です」
マルテは「そうっすけどぉ」と口を尖らせる。
「はぁ〜、ケーキをお嬢の金でいただけるのは喜ばしいっすけど、俺はさっさと帰って休みたいっす……」
背後でそんな現実的な会話をしているが、前を歩くお嬢様達は二人の世界に入り込んでいるようで全く気にしていない様子だった。
ピピナ嬢に案内されたのは少し奥まった通りにある真新しいカフェだった。人通りの少ない静かな通りにテラス席が設けられており、新聞を読む紳士や、談笑するご婦人で席が埋まっている。
ピピナ嬢が招待券を見せると、私たちは奥の個室に案内された。
清潔な店内に、スムーズな接客。雰囲気を大切にし、裏側を見せない作りの店内。しっかりした店だと感心する。こういった場でもそんな事が気になってしまう私は、マルテが言う通り根っからの使用人なのだろう。
席についたお嬢様とピピナ嬢は二人で一緒になってメニューを眺めはじめた。
あれがいい、これが素敵と指を指すお嬢様のその視線はムースケーキとフルーツタルトの間を行き来している。
お嬢様はムースが大好きだ。特にベリー系統の甘酸っぱいものに目がない。今回置かれているものはまさにお嬢様の好みだろう。
お嬢様はとても悩んでいたが結局ピピナ様と同じフルーツタルトを選んだ。私は迷いなくムースケーキを注文した。
ケーキと飲み物が運ばれてくると、お二人はご令嬢らしく談笑しながら手を付け始めた。
マルテはさっさとケーキを平らげてしまいつまらなさそうにしている。本当にこの人はブレない。その性根に一周まわって称賛の気持ちすら出てきた。
しばらくするとお嬢様は控えめに私の裾を引っ張った。
「アズール……一口味見させてくれない?」
「もちろんです。まだ手をつけていませんので、お好きなだけどうぞ」
「ありがとうっ!」
そろそろだと思っていたところだ。ムースケーキを渡せばお嬢様は嬉しそうに口に運ぶ。その表情からして、お気に召したみたいだ。こちらを気にしながらも二口目を切り分けている。もちろん構わないが、遠慮がない方だと少し呆れてしまった。
「アズールもタルト食べる?」
「いえ、私は充分ですので」
「でも、アズールのものを貰ったんだから。それにほんとに美味しいよ、これ!」
お嬢様は自身のタルトをすくうと、「はいっ」と、こちらにフォークを向けてくる。
その行動に、ピシリと固まってしまう。
―――これは、近づき過ぎだ。
目の前のフォークを見つめ、断りの言葉を紡ごうとした、が―――
「はやくぅ!落ちちゃう!」
そう急かされるので、仕方なく……仕方なく、パクリと差し出されるフォークを口に入れる。タルトは甘くサクサクで、カスタードクリームのバニラ風味が口の中に広がる。
「美味しい?」
「はい。美味しいです」
「でしょう?」と笑うお嬢様は、わざとやっているのだろうか。
私が口をつけたそのフォークでタルトを食べるお嬢様。
どうしようもなく胸が締め付けられて、やはり後ろめたい気持ちになってしまうのは、私が根っからの使用人だからなのだろう。




