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57.初めの儀

 春。

 真新しい制服に身を包み、美しい装飾の施された門をくぐる。

 アーカナリア学院の建物は、今ではほとんど見られない古い建築様式で造られている。

 中央に聳える時計塔を見上げる。学院を象徴するシンボルタワーは、想像していたより低いなと感じてしまった。でも、何かしらの結界魔術が張られているようで、その核が時計塔にあるのだろうと直感する。


 私と同じ制服を着込んだ生徒が続々と校舎に向かう。共に学ぶ学生の姿に、胸が高鳴ってしまう。


 新入生の集合場所は講堂らしい。案内をしてくれている上級生の指示に従いながら、私は黙って人の流れに乗った。


 チラチラと、色んなところから視線を感じる。

 この視線はいつも受けて来たもの―――品定めの視線。

 キュッと鞄を持つ手に力が入る。

 イーサリオンの後継者として、私は最上級の存在でなくてはならない。マナーのお勉強にも力を入れ、今では自然に令嬢らしい振る舞いができるようになっていた。

 歩き方、姿勢、視線の置き方、使っている香水、全てが私の品格を象徴する。


 そして何より……誰の視線をも奪ってしまう可愛さが私にはあるのだ!


 するりと流れる横髪を耳にかける。

 ほうっと、私に見とれる案内の上級生と目が合った。微笑みかければ、彼は身体を強ばらせた。




 講堂の前に張り出されたクラス分け表を確認し、指定された席につく。

 講堂内は少しざわついていた。チラリと周りを見渡すと、隣になった生徒などと談笑をしているようだ。控えめな笑い声や自己紹介をする声が聞こえる。

 少しいいなぁと思ってしまう。私の両隣はまだ空席のままだし、席割りを見る限り、見知った顔なのだ。


 こういう場での自己紹介、ちょっと憧れてたけど……残念だ。


「カノン!」


 弾んだ、陽だまりのような声に顔を上げる。


「ルーク」


 やぁと手を上げる彼も、学生らしく新しい制服に身を包んでいた。少し長めの襟足を細い黄色のリボンで結んでいる。薄暗い講堂でも彼の存在感は群を抜いていて、明らかに周囲の視線を集めていた。


「同じクラスで嬉しいよ。これからよろしくね」

「ええ、もちろん」


 ルークはそう言いながら隣に座る。そのすぐ後にまた見知った顔が続いた。ルークと一緒に来たのであろう、ネフェル様だ。彼は細い銀フレームの眼鏡をクイと押し上げた。パーティではよくオールバックにしているダークグリーンの髪を下ろしていて、なんだか新鮮だ。


「おはようございます、カノン嬢」

「おはようございます、ネフェル様」


 簡潔に挨拶を交わし、ネフェル様はルークの反対側の隣の席につく。

 アルセリオン王家、イーサリオン公爵家、モルヴェイン侯爵家……その先もずっとこの講堂の席は家格順だ。私はこの学年で最も高貴な血筋の令嬢ということになる。

 模範的行動を心掛けないと、と、身が引き締まる思いだ。




 学院の入学を祝うこの集まりを、学院では『初めの儀』と呼ぶ。学院長からの長い祝辞、教員の紹介……在校生代表の挨拶をしたのは今年最終学年を迎えるフェリシアだった。彼女は今、生徒会長を務めているらしい。聞きなれた、華やかな明るい声で新入生への歓迎の挨拶をするフェリシア。その姿は王女らしいもので、カリスマ溢れるものだった。

 フェリシアの挨拶の後、新入生代表として壇上に上がったのはやはり当然だが、ルークだった。ルークらしい、真面目で安心感のある挨拶には、彼の学院生活への期待が滲んでおり、とても共感してしまった。



 初めの儀はつつがなく終了する。

 私たちは教室に移動し、様々な説明事項が行われるだけの時間が続いた。

 今日一日はずっとそんな調子のようだ。


 休憩時間はやはりというか、パーティでよくある挨拶回りのようになってしまっている。家格の高い私も順番にやってくるクラスメイトと簡単な挨拶を交わす。……お友達が出来るような雰囲気ではないなぁと感じながら。

 しばらくはこんな日々が続くのだろう。

 チラリと挨拶をしてくれている令息の失礼にならないように周りを見る。もうちょこちょことグループができはじめているみたいだ。

 取り残されちゃう、と危機感を感じてしまう。


 その中でひとつの視線が気になった。


 明らかな敵意を宿した紫色の瞳が私を睨みつけていた。





「はぁ……」


 ちょっとがっかりしながら帰路につく。

 長い昼休みをルークと過ごしてしまったことを少し後悔する。

 あれから女の子の視線がきついものに変わった気がする……。表立ってイーサリオン公爵家の一人娘に攻撃してくるような子はいないけれど、少し居心地が悪い。


 一人の帰り道は寂しい。周囲は楽しそうにお友達と共に帰る新入生で溢れている。

 チラチラと視線は相変わらず感じるものの、話しかけてくるような子はいない。こんなに可愛いのに、近寄り難いと思われているのだろうか……。笑みを振りまいてみるが、「きゃあ、こちらを見たわ」「なんて素敵」と話の種にされるだけだった。無念だ……。


 ……大丈夫!まだ学院生活は始まったばかりだもの!


 明日はまず、近くの席の女の子に声をかけようと決意してグッと一人拳を握る。





「見つけたわ!カノン・イーサリオン!」


 少し高めの声に振り向く。

 はぁはぁと息を切らして立っていたのは、同じクラスの女の子だ。少しくすんだ淡い茶色にも桃色にも見える色味の髪をツインテールにしており、毛先がクルンと可愛らしく巻かれている。


 その紫色の瞳には覚えがある。

 私をずっと睨みつけていたあの子だ。


「貴女の噂は聞いているわ!」


 彼女は少し怒ったような顔でつかつかと歩み寄ってきた。大きな声に周囲も注目しているみたいだ。


「ピピナと勝負なさい!真に可愛いのがどちらか、ハッキリしておく必要があるわ!!!」


 ビシィと突きつけられる指に、首を傾げることしか出来なかった。



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