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53.無償の愛

 祈り子様の浄化を兼ねた視察が終わり、ノースサイドの病は明確に落ち着いてきた。祈り子様のおかげで病が祓われたと現地からの感謝の声が止まない。


『ある程度の穢れは祓ったのでもう大丈夫でしょう』


 と、ユリウス様も仰っていた。

 森を潰すという最悪の選択を取らずに済んだのは幸いだ。


 イーサリオンはお二人に感謝を込めて浄化の代金とは別に多額の寄付も行った。



 今日は謝恩の礼拝をするため、父様と聖殿を訪れていた。

 神官さんに導かれ、礼拝堂で祈りを捧げる。


 ユリウス様にも挨拶をしたかったが、彼が言っていた通り、今はエリュナ・サンクティア神聖国に行っているそうだ。

 残念だが仕方がない。


 礼拝を終え、タウンハウスに戻ろうとしたところで、父様が神官さんに呼び止められた。

 聞いていると、討伐に関するお話のようだ。父様はお仕事で聖殿から直接依頼を受けることが多い。


「ごめんね、カノン。少し待っていて」

「分かったわ。そこの休憩スペースに居るね」


 父様は申し訳なさそうにしながら神官さんに奥の間に連れていかれてしまった。


 仕方が無いかと休憩スペースの椅子に腰掛ける。

 窓の外を見れば、外は曇っている。今にも雨が降り出しそうだ。


 屈託のない笑い声が響く。

 視線を落とせば、孤児院の子ども達が遊んでいるようだ。


 ぼーっと眺めていると見知った魔力を感じ、顔をあげる。



「カノン様?」

「メイリー様!」


 書類を抱えたナナさんを連れたメイリー様は、にこやかに近づいてきた。


「お久しぶりね。その後ノースサイドの様子はどうかしら?」

「メイリー様達のお陰で順調に終息に向かっています。その節は本当にありがとうございました」

「当然のことをしたまでよ」


 メイリー様は膨らんでいたお腹がスッキリとしている。


「……ご出産されたのですね。おめでとうございます」

「まぁ。ありがとう」


 少し、気まずく感じながらも、礼儀として言わなければならない言葉を伝える。

 メイリー様はパッと表情を明るくすると、胸の前で手を合わせた。


「今回の子は祈り子だったの!もう少ししたらエリュナ・サンクティアに迎えられる予定でね。嬉しいわ。祈り子を産めたのははじめてだったから」

「それは素晴らしいことですね。おめでとうございます」


 メイリー様の様子を見て、思わず安堵してしまった。

 少なくともメイリー様は産まれた子を喜んでいる。

 母親から祝福を受けられない子どもではなかったのだ。


 ―――少なくとも、今回の御子は……。


「お名前はなんと言うのですか?」

「さぁ?名前はエリュナ・サンクティアで洗礼者が決めるから、私は知らないわ」

「そ、ぅ、なのですね」


 平然と言ってのけるメイリー様。

 あまりにも淡白な答えに、この話題を続けてしまったことを少し後悔した。


 窓の外からまた、子供たちの笑い声が聞こえた。

 孤児院にいた頃を思い出す。

 両親を亡くしたり、親に捨てられたり。

 理由は違っても、あそこにいた子どもはみんな、同じものを欲しがっていた。


 私は幸せなのだと思う。

 少なくとも今は、父様にめいっぱい愛されているという自覚がある。


 母様も生きていれば、私を大切に―――大切に、思ってくれた、だろうか?


 少し自分の信じていた何かが揺らぎ、ぎゅっと胸の奥が痛んだ。


「お子様が、愛おしくはないのですか?」

「?どうして?」


 メイリー様は首を傾げる。本当に分からないと言う風に。


「愛おしい者はきちんといるわ」


 メイリー様はチラリとナナ様に視線を向けたが、すぐに視線を戻した。


「あなたは自分の価値観で話してる?」


 メイリー様は別段怒ったり不愉快になったりといった様子ではなかった。


「私はあなた達の普通も知っているわ。だけれど、私にとってそれは普通じゃないの。私だけじゃないわ。祈り子はみんなだいたい同じように考えてると思う」


 メイリー様は人差し指を立て、ただ、諭すような、教えるような口調で話す。


「世間から見たら普通じゃないって言われることもあるけれど、でもそれって当然でしょう?産まれた境遇、見てきたもの、経験、他にも色んな要因が人間を作り上げるのだから。思想が違ってくるのは当たり前だわ」


 確かに。メイリー様の言っていることは筋が通っている。

 でも、それでも変わって欲しくない価値観も、あると、思う。


「だから、自分の考えを押し付けてはダメよ。認めなきゃ。この世には色んな考え方があるのだもの。もちろん私は、貴女が疑問に思う事を認め、許すわ」


 メイリー様は、「ちょっと心に留めておいて欲しかっただけ」と恥ずかしそうに微笑んだ。

 本当に、ただこういう考え方もあるのだと伝えているだけのようだ。


「……勉強に、なりました」


 上手く笑えていただろうか。

 彼女の言い分は理解した。確かに、多様性を受け入れる事は大切な事のように思う。

 だけど、その思想が”祈り子”という役割の中で形成されていったものだとしたら……。

 どうしようもなく、彼女が、可哀想に見えてしまった。


 ―――

 ――

 ―


「どうしたんだい?カノン」

「?どうして」


 帰りの魔導車の中で、父様は私を覗き込んだ。


「カノンの元気がないことくらいすぐに分かるよ。……私が居ない間に何かあった?」


 優しい声音。愛情を感じる問いかけに少し胸が温かくなる。


「誰かに何か言われたのかい?」

「……そうじゃないわ」


 嘘をついた。ちょっと、考えてしまうやり取りをした。


 父様は私の事を大切にしてくれている。それは分かってる。だけれど父様は私の事になるとたまに過剰に反応することがある。だからさっきの事は言わない方がいい。


 別に、酷い事を言われた訳じゃないのだから。


 だけど何故か、どうしようもなく悲しかった。


 こてんと父様に体重を預ける。


「どうしたんだい?今日は甘えんぼさんだね」


 父様はそう言ってぎゅうっと私を抱きしめた。ぽんぽんと頭を撫でられる。


 私の普通は、ここにある。

 親から与えられるこの愛情をメイリー様にも知ってもらいたいと、そう思ってしまった。

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