表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/68

52.教え導くこと

 手際よくお茶の準備をするアズールの姿にホッと安心する。

 ユリウス様も、先程までの妖艶な雰囲気が嘘のように落ち着いた。

 やっぱり私の可愛さは全てを解決する。


「それにしても、カノンお嬢様はああいう恋愛の形にも理解のあるお方なのですね」


 ユリウス様は意外だとでも言うように落ち着いた質問を投げかけてきた。


「えぇ。最近は祈り子モノもよく読んでいるので、祈り子様にそういう人達が多いってことは知ってて……」


 そういえば、祈り子モノも男女の恋愛描写がほとんど無いことに思い至る。別段気にしたことはなかったけれど、その意味を理解してしまって少し見方が変わってしまったかもしれない……。

 隠された何かを覗いてしまった気分だ。


「待ってください。何ですか?その祈り子モノとは?」

「あれ?ご存知ないんですか?最近流行ってるんですよ」


 私はフェリシアに借りていた祈り子モノの恋愛小説をユリウス様に見せてあげた。ユリウス様はパラりと何ページか捲ると、出版の記載がある奥付を確認した。


「ルクシアールですか……」


 ユリウス様はそう言って少し難しい顔でパタンと本を閉じる。


「ルクシアール?五家、ですよね?」


 学んだ知識を引っ張り出す。

 ルクシアール家。エリュナ・サンクティア神聖国を束ねる五家の一つ。確か、教会の経済に深く関わる家だという。


「えぇ。ルクシアール家の認可印があります。通常祈り子を題材にした書籍は教会が厳しく検閲しているのですが……。あそこは金儲けに目がない」


 ユリウス様は、本を強く睨んでいるように見える。

 そういえば、先程も、祈り子であることに誇りを持っているという風な事を言っていた。


「でも、とても良い作品ですよ?」

「…………………そうですか」


 ユリウス様は何か言葉を飲み込んだように見える。彼が今どういう気持ちでいるのかは分からないが、私としては良いものは良いと言いたい。

 ユリウス様はふっと表情を和らげる。


「よければ、またオススメの本を教えてください」

「もちろんです!やっぱり推理モノがいいですか?この間すっごく面白い作品を見つけたんです」


 私は話題をずらすことにした。ユリウス様は滅多な事で不機嫌になる事はないが、それでも彼の機嫌を損ねる訳にはいかない。


 好きな推理小説の話になると、彼は普通の青年のように声を弾ませた。

 その年相応の無邪気な姿に気が休まる。

 祈り子という立場を忘れ、上品に笑うユリウス様の姿が、何故かとても眩しい。




「そういえば、ユリウス様、私に用事があったんですよね?」

「……そうでした。忘れるところでした」


 ユリウス様はカチャリとカップをソーサーに戻した。


「実は来月、一週間だけエリュナ・サンクティア神聖国に戻ることになりまして。良ければカノンお嬢様もご一緒にどうかとお伺いしに来たのです」

「……エリュナ・サンクティア神聖国に、ですか」


 私はチラリと壁際に控えていたアズールを見る。アズールは静かに首を振った。


「お誘いは有難いのですが、来月はどうしても外せないパーティに出席の予定があって……難しいです」


 おずおずと、私は答える。


「そうですか……。やはり、急なお誘いでしたね」

「すみません。お誘いを毎回お断りしてしまって……」


 申し訳ないと表情で示せば、ユリウス様も「気にしないでください」と微笑んだ。


 実はユリウス様にエリュナ・サンクティア神聖国に行かないかと誘われる事はまぁまぁよくある事なのだ。それくらい彼は私をエリュナ・サンクティアに招きたいらしい。

 だけど尽く都合が合わなかった。私も最近は社交の場に顔を出すようになったし、忙しいユリウス様が予定を調整出来るはずもない。


「エリュナ・サンクティアは遠いですからね。腰が重くなるのも仕方ありません」

「ほんとのほんとに、行きたいとは思っているんですよっ」

「お祖母様の遺言、でしたよね?」


 私は頷く。ユリウス様にはもう何度もクレイトニー婆ちゃんの話をしていた。婆ちゃんは祈り子様の事を良くは思っていなかったけれど、女神様への信仰は本物だった。

 ユリウス様もクレイトニー婆ちゃんの話を興味深く聞いてくるので、『私の血筋のお祈りには特別な力がある』という話せない約束事以外のことは結構話していた。



「……そうだ。話しは変わりますが、少しの間、今晩だけ、お渡しした聖樹の枝をお借りしても良いですか?明日の朝お返しします」

「良いですけれど……?」

「良かった。せっかくですし他の聖樹の枝と一緒に浄化しようかと思いまして」

「それはありがたいです!」


 立ち上がり、ジュエリーボックスを開く。マリーさんの穢れを聖樹の枝が吸い取ってしまった事は胸の奥で棘になっていたのだ。ユリウス様に浄化していただければ安心できる。


「……それは?」

「それ?」


 突然背後から投げかけられた言葉に首を傾げる。ユリウス様の視線を辿れば、”それ”とは飾られた女神像を指しているようだ。


「これですか?クレイトニー婆ちゃんが大切にしていた女神像です」

「………へぇ……。見せてもらっても?」

「どうぞ?」


 女神像をユリウス様に渡す。ユリウス様はくるくると女神像を回して観察している。


「……聖樹の枝、ですね、これは」

「えっ!?そ、そうなんですか?」


 言われてみれば、聖樹の枝と材質が似ているような気がする?

 ただの白灰石だと思っていたけれど……。


「お祖母様はこれをどこで入手したか、分かりますか?」

「わ、分かりません。毎日磨いて大切にしてたことくらいしか……」

「そうですか……。このサイズの枝が教会の管理外にあるとは、驚きです……」

「えっ、あの、コレって持ってちゃダメなもの、なのでしょうか?」


 ユリウス様の言い回しは悪い事であるように聞こえてしまった。


「あぁ、心配させてしまいましたね。大丈夫ですよ。ただ、他の祈り子には言わない方がいいと思います」


 良いとは言えないことなのだろう。ユリウス様は黙認してくれるみたいだ。


「……こちらも少しお借りしても良いでしょうか?」

「は、はい。もちろん、いいですよ!」

「ありがとうございます」


 そう言って彼は聖樹の枝のペンダントと女神像を自分の前に並べた。





「……カノンお嬢様は普段どんな事をお祈りしているのですか?」

「えっ、お祈りの内容ですか?」

「はい」


 いくらか雑談をしていたら突然そんな事を聞かれた。女神像を見せた時から、ユリウス様はなんだか、気がそぞろになっているきがする。


「うーん、取り留めもないことです。今日も一日元気で過ごせますように、とか、今日の私も可愛いです、とか……最近はノースサイドが救われますようにって祈ってます」


「そうですか」と、彼は目を伏せる。


「祈り子の祈りの内容は常に一定です。『世界から穢れが消えるように』そう願います」

「そう、なんですね」


 明確で、祈り子様の壮大な使命を感じさせる祈りだ。

 改めて聞かされると、まるで自分の願いがとても陳腐なものに思えてきた。いや、祈りに形式などないはずだ。心の赴くままに祈りなさいとクレイトニー婆ちゃんには教えられてきた。


「世界は祈りによって支えられています。イーサリオンを、この世界を大切に思うのならば、片隅にでもいいので、この願いを共に祈ってください。貴女の祈りが世界を保つ一端を担うでしょう」


 教導だ。

 なんのことはない。ただ、日々の祈りに加えて少しだけ世界の平和を願うだけ。簡単な事だし、確かに大切なことだとも思った。

 祈りで世界を変えることはできなくとも、そう願うことは精神的な支えになる。

 女神様は私たちを見てくださっているのだから。


「分かりました。ありがとうございます。そういう考え方があることを知れてよかったです」

「……いい子ですね。篤信的な貴女を女神エリュナも見守ってくださるでしょう」


 優しく微笑むユリウス様。

 何故かまた、少しだけ―――恐ろしく感じてしまった。


 ―――

 ――

 ―

 視察、最終日の朝。

 ユリウス様は約束通りペンダントと女神像を返してくれた。


 ……あれ。


「どうかしましたか?」

「いえっ!なんでもないです」


 女神像がとても冷たく感じてしまったが、もう秋だしなと納得する。


 ユリウス様達は最終日も朝早くから現地に向かう。

 彼らを見送るのもこれで最後だ。

 私はいつも通り出発する一行を見送った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ