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51.祈り子と”役割”

 ユリウス様とメイリー様。二人の祈り子様のお陰で、ノースサイドの浄化は確実に進んでいた。ユリウス様は穢れの源である森へ向かい、メイリー様は街を巡って病人の穢れ祓いを続けていた。

 もちろん、メイリー様にはイーサリオン領の医者と助産師が常に付き従い、何かあったらすぐに対応できる。


「ノースサイドは恵まれていますわ。おそらく聖樹の根が近いのでしょうね。自然の浄化の力がとても強いですよ」

「そうなのですね。そのような地でも穢れが蔓延してしまうとは」

「えぇ……力不足で申し訳ありません」

「祈り子様は充分尽力されています」


 父様とメイリー様の会話に静かに耳を傾ける。

 夕食の場での報告は、日に日に快方に向かっていると感じさせるもので、私も心から安心した。


 メイリー様によるとこの調子なら視察の最終日である明日には病人の穢れ祓いは終わるそうだ。


「根本の原因は穢れの森と推測します。そちらの対応はお任せします」


 ユリウス様が父様に進言する。


「承知しました。また日を改めて浄化をお願いするやもしれません」

「もちろん。その際は尽力致します。ただ……」


 ユリウス様はきまり悪そうに視線を逸らす。何か心配事だろうか?


「申し訳ないのですが、依頼があっても、すぐには対応出来ないかもしれません」


 そう言って彼はカトラリーを置いた。メイリー様も頷く。


「数年前から穢れの増殖が酷くて、今は祈り子も手が回っていないのですわ」


 お二人は何処か疲れたように沈黙した。それだけ、状況が逼迫していることを物語っているみたいだ。私も食事を進める手が止まってしまった。


「それは、この世界が危機に瀕しているということでしょうか?」


 そう尋ねた父様の声は真剣だった。その様子に不安を覚える。この返答次第では備えをしていかなければならない。

 私も固唾を飲んで祈り子様の言葉を待った。


 ユリウス様は、一度目を伏せると、ふっと笑みを浮かべる。

 正面に座る私と目が合った。


「……いえ、ご安心ください。そこまで気に病む事ではありません。歴史上、このように穢れが溢れる時期はままありました。ようは時期の問題です。しばらく耐えれば、治まるでしょう」


 ユリウス様はまるで私たちを安心させるかのようにそう語った。


 祈り子様がそう言うのであれば、それより頼もしい言葉はない。

 ひとまず、ほっと安堵する。

 きっと祈り子様が私たちを守り、穢れを浄化してくれる。

 そう信じていなければ、この世界は立ち行かないのだ。

 だから私達は祈り子様への感謝を忘れてはいけない。


 ただ、私は、メイリー様がそのあともずっと視線を落としたままだったのが少し気になった。


 ―――


 夕食後、ピアノの練習を終えて部屋に帰ろうとしたときだ。


 ふと声が聞こえた気がして足を止める。


 この魔力は……。


 ひょこっと角から覗き込めば、魔石の淡い光だけが照らす廊下を、メイリー様とナナさんが話しながら歩いていた。


 何を話しているかは分からないが、ナナさんがメイリー様を支えて歩いていた。


 もしかしてお身体でも悪くしたのだろうかと、声をかけに一歩踏み出した時だった。


 メイリー様がナナさんを引き寄せ、二人の距離が無くなる。


 えっ、ええ!


 私の角度からはバッチリと見えてしまった。お二人は口付けを交わしていたのだ。


 な……どういう??


 バッと、再び廊下の角に身を隠す。そろりともう一度覗き込めば、やはり私の見間違いなどではないことが分かった。


 二人は角度を変え、息の長い口付けを交わしていた。


 はわわわと思いながら顔をおさえる。見てはいけないと思いながらも、目が離せなくなってしまう。

 確かに、女性同士や男性同士で恋愛をする人がいるという事は知っている。祈り子様にいたっては本の題材にされるほどであることも。

 だけど、そういう人を見たのははじめてだ。


 お、お二人は恋人同士なのかな……?でも、メイリー様は妊娠してて……??


 半ば混乱しながら様子を見守っていた私は、後ろから近づいてくる別の魔力に気付くのが遅れてしまった。


「おや。ちょうど良かった」

「ぴゃぁ!」


 声をかけられ、変な声が出てしまった。

 私は慌てて声の主―――ユリウス様にシーっと合図をする。

 私の様子を見て首を傾けた彼は、ひょこっと廊下の先を見る。


「あぁ」と別段驚いた様子もなく納得すると、揶揄うような視線をよこした。


「カノンお嬢様には少し刺激が強かったですね」




 ユリウス様は私に用があったみたいだ。

 私達は一日目以来、あまりお話出来ていなかった。本当は気持ちだけでものお祈りをと思ってユリウス様を訪ねていたのだけど、お疲れのユリウス様には「今日は早めに就寝したくて」と断られていた。


 私のお部屋にユリウス様をお招きする。

 だけど、やっぱり二人きりは外聞が悪い。私は呼び出し専用の魔道具に魔力を込めて、早めにアズールを呼んでおいた。


 ユリウス様に隣の席を勧め、私はティーセットを取り出してお茶の用意を始める。


「先程は驚かれたでしょう」

「は、はい。その、メイリー様とナナさんは……その」

「まぁ、そういう関係と言って問題ないのでは?」

「や、やっぱりそうなのですねっ」


 また、先程の光景を思い出して頬が熱くなる。女性同士の愛情の物語は幾つか読んできた。

 ただ―――


「で、でも、メイリー様は妊娠してらっしゃいますよね?旦那様は容認してるんですか?」


 そう。この違和感を感じてしまったことも事実。


「メイリーは結婚していません」

「えっ?」


 私がピタリと止まると、ユリウス様は目を伏せた。


「祈り子にあまり世間の価値観を求めない方がいいですよ」


 ポツリと、一言だけそう呟く。


「……私達ははまぁ、色々とありまして、同性同士の恋愛に走りやすい環境にあるのは事実です。異性同士だと、どうしても祈り子を増やさなければならないという”役割”から逃げられませんから」


 サラリとユリウス様は言ったが、その内容の重さに、私は気づいてしまった。


「祈り子を、増やす……?」


 ユリウス様は微笑むだけで先を語らない。


 祈り子は数が少ない。そんな事は分かっている。

 つまり、彼らは、その母数を増やす事に尽力しているのだ。

 その方法なんて限られているだろう。


 そういえば、メイリー様も産まれてくる子が祈り子かどうかを気にしていたと思い当たる。


 その言葉から推察される祈り子様の現実は―――最悪な想像にたどり着いてしまう。


「でも、それって……愛はあるんですか?」

「……ご想像にお任せします」


 ユリウス様は相変わらずの調子でそう告げた。


「祈り子であることは誇りなのです。私たちは誰もが世界を救っているという自信を持って生きています」


 いつも通り、穏やかだと感じる反面で、その振る舞いが狂気的な意味を帯びてくる。


「ですがその分求められる役割もある。……祈り子が穏やかな愛情に癒しを求めるのは必然でしょう」


 それは間接的に先程の問の答えを知らせる言葉だった。


「……ユリウスさま、も?」


 やっぱりユリウス様は、静かに微笑んだ。


「……憐れんでくださるのですか?なら……貴女が癒しをくれますか?」


 顎を引かれ、ふにりと唇を親指で押される。

 ガチャリと手元のティーセットが音を立てた。


 清廉なイメージの強いユリウス様の、どこか手馴れた扇情的な仕草に思考が止まってしまった。


 ゾクリと寒気が走る。


 ―――まただ。ユリウス様からたまに感じる恐ろしさ。これは一体何なのだろう。


 これは、まずい。

 何かユリウス様の、踏み込んではいけない部分に近づきすぎてしまったようだ。

 私は、空気を変えようと叫んでいた。


「わ、私の可愛さは万人を癒す自信があります!」


 何も分からない子うさぎのように、ただの純粋な子どもらしく。私は顎を掴むユリウス様の手を両手で包み込み、きゅるんと見上げる。

 ユリウス様は呆気にとられたように目を見開くと、ふっと吹き出した。


「ふ、ふははっ!そうですね。カノンお嬢様はとても可愛らしいです」


 わしゃわしゃと頭を撫でられる。先程までの危うい空気は一瞬で吹き飛んでいた。





 コンコンとタイミング良くノックの音が響く。


「は、入っていいよ!」


 いつものように「失礼します」と入室してきたアズールは部屋にユリウス様がいる事に驚いていたが、すぐに自分が呼ばれた理由を理解した。途中になってしまっているティーセットを見ると、変わりますと交代を申し出てくれた。


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