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50.二人の祈り子

 視察の二日目。

 私はいつものように授業をこなし、父様とユリウス様が視察から帰ってくるのを待っていた。


 黙々と本を読んでいると、エントランスの方に慣れない人の魔力を感じる。


 パタンと本を閉じて部屋を出る。

 エントランスの近くでアズールに会った。


「お嬢様。ちょうど良いところに。視察の方が戻られましたよ」

「何となくそんな気がしたわ。父様は居ないみたいだけど……」

「よく分かりますね」


 アズールと連れ立ってエントランスに向かえば、幾人かの神官さんや魔術師さん達が出迎えを受けていた。

 その中で、二人の女性に目がいく。


 あれ?……あんな方、昨日は居なかったはず。


 一人は神官さんだろうか?一際上質なローブに身を包んだ女性だ。黄緑色の鮮やかな髪が切り揃えられ、大人しそうな印象を受ける。膨らんだお腹に手を当てるその仕草は、妊婦さんのように見えた。


 もうひとりは黄緑髪の女性を支える護衛風のパリッとした雰囲気の女性だ。外国の方だろうかという顔の作りをしており、艶やかな黒髪が印象的だ。


 私は家主の娘として、背筋を伸ばした。


「お帰りなさいませ」


 足を引いてカーテシーをする。

 顔を上げれば、黄緑髪の女性が笑顔で口を開いた。


「こんばんは。突然のご訪問、申し訳ございません」


 そう彼女が頭を下げると、別の神官さんが前に出た。


「こちらは祈り子のメイリー様です。今回の視察にご尽力いただけるということで、突然ではありますがお越しくださいました」

「まぁ!祈り子様でしたか」


 私は改めて礼の姿勢を取る。


「ようこそ、イーサリオンへ。遠路はるばるお越しいただき、心より感謝申し上げます。

 私はイーサリオン家の一人娘、カノン・イーサリオンと申します。

 本来ならば父がご挨拶すべきところではございますが……、視察により不在にしております。代わってお迎えする形となりましたこと、どうかお許しください。

 ささやかではございますが、心を尽くしておもてなしいたします」


「丁重なお出迎え、ありがとうございます。

 ご紹介の通り、私はアルセリオン王国、聖殿所属の祈り子、メイリー・サンクティアと申します。このような身体でご迷惑をおかけしますが、浄化については尽力させていただきます」


 メイリー様はゆるりと頭を下げる。


「お部屋のご準備ができるまで、客間へ案内させていただきます」

「分かりました。あ、私とナナ……この護衛は同じ部屋でお願いしても良いでしょうか」


 それは珍しい提案だったが、身重の女性だと色々と配慮が必要なのだろうと納得する。

 私は小声で指示を出す。


「ピーターさん、夕食の人数変更をお願いしてきて。アズール、新しい客室の手配をお願いできる?」


 優秀な使用人達は「かしこまりました」と動き始めた。

 

「それでは、客間はこちらになります」


 エントランスから一番近い客間へお二人を案内する。

 夕食までお二人をおもてなしするのが私の役目だ。





「改めて、わざわざお越しくださりありがとうございます。祈り子様はお忙しいと聞いておりますのに」

「私は、今はこのような身体です。少し仕事から離されているので、自由が効くのです。今回は病の浄化が必要と聞きまして、微力ながらお手伝いさせていただくために参りましたの。ユリウス様は優秀な方ではありますが、祈り子一人では出来ることも限られるでしょうから」


 メイリー様はとても穏やかで、優しい性格の方のようだ。自身も動きづらい状況で穢れが蔓延る地に自ら足を運んでくれるなんて、まさに聖人だ。


「今日はディルフの街を再度見回って、ニナイの町の浄化をしましたの。皆さん良いお人柄で、様々な供物をいただきました」

「イーサリオンを代表して感謝申し上げます。祈り子様のお力があれば、我が領を襲う不幸も打ち祓われるでしょう」


 メイリー様はニナイの町の穢れの様子や、深刻度などを語ってくれた。彼女はユリウス様よりかは事態を重めに見ているようだ。


「ユリウス様は根本の原因を解消しに行ったと伺っております。あの方らしいです」


 メイリーさんはどこか思案げにため息をついた。


「救うべきはまずは人でしょうに……もちろん根本を叩くことは必要ですが、効率よりも優先すべきものがあると思います」


 その言葉は明確にユリウス様を咎めていた。

 ユリウス様のやり方に口出しをするつもりはないが、私はメイリー様の言い分に共感してしまった。人を大切にする彼女が来てくれて本当にありがたい。


「メイリー様のお陰でノースサイドの病人も早く穢れ祓いを受けることができるでしょう。本当に感謝致します」


 私が感謝の言葉を伝えると、メイリー様は「当然のことです」と首を振る。


「元来ならこういう広範囲に渡りそうな穢れ祓いの仕事は祈り子複数人で行うのです。でも今回、ユリウス様はおひとりで強行してしまって……。私は同行を提案したのですが受け入れてくださらなかったのです。なので勝手に来ちゃいました」


 メイリー様は手を口元に当て、イタズラが成功した子供のように笑う。


 それから、客室の用意が整うまでメイリー様とお話をした。




 ……違和感を感じたのは、メイリー様のお腹の事を話題にしたときだ。


「メイリー様。お身体は大丈夫なのですか?」

「お気遣い痛み入ります。ですが、今は安定期ですし、少しくらい動いても問題ありません」

「そういうものなのですね。出産の予定日はいつ頃なのですか?」

「一ヶ月後です」


 その言葉に少し止まってしまう。私は妊婦さんに会うことがあまりなかったので詳しくはないが、出産の一ヶ月前はあまり遠出を推奨されないのではないだろうか……?


「ほ、本当にここに来て大丈夫だったのですか?」

「ええ。私、前の子の時もこれくらいの時期にバリバリ働いてたので問題ないですわ。何かあっても、ナナがいますし」


 メイリー様はそう言って背後に控えるナナさんに目をやった。ナナさんも「お任せ下さい」と頷く。ナナさんは終始無言だったが、その視線だけは常にメイリー様を追っていた。

 二人の間には強い信頼があるのだなぁと見ていて思う。


 もちろんメイリー様がイーサリオンのためを思って来てくれた事はありがたい。でも、ここで彼女と赤ちゃんに何かあっては大変だ。

 今聞いた事は父様にきちんと共有しておこうと心に決める。


「それにしても一ヶ月後ですか。楽しみですね」


 ほんのりと、一般的な話題を口にしたと思う。帰ってくる言葉も、だいたい想像できるもの、のはずだった。


「今回の子の親は祈り子としては優秀でないので、あまり期待できないのですよね」


 メイリー様ははぁとため息をつく。まるで、この妊娠が不本意だとでも言うみたいに。


「そ、う、なんですね」

「えぇ。まぁ、どちらでも構いませんが……せっかく産むのですから、祈り子であってほしいですね」


 その言葉は優しい声音ではあったものの、内容は酷く冷たいものだった。

 優しい印象とはかけ離れたその言葉に、私は説明のつかない寒気を覚えた。


 人の命を大切に考える人だと思ったのに。赤ちゃんが可哀想だとさえ思ってしまう……。


 何も言えずにカップを握りしめる。


 私はクレイトニー婆ちゃんの言葉を思い出していた。


『教会に行けば子を作る道具にされるのが関の山だ』


 祈り子という存在の”歪み”を感じた瞬間だった。


 ―――


「メイリー……」

「ごきげんようユリウス様」


 メイリー様と対面したユリウス様は、眉間に皺を寄せた。

 機嫌の悪そうなユリウス様と、笑顔のメイリー様。二人からは何か異様なオーラが出ているようで、他の神官さんや護衛さんも距離をとっている。


「貴女は身重なのですから聖殿で待機をと命じたはずですが?」

「まぁ。一日は待機しましたわ」

「屁理屈をこねないでください」


 こんなに不機嫌なユリウス様は珍しい。彼は基本的には穏やかな人だ。たまに、それが恐ろしいと感じることもあるけれど……。


「ディルフの街を見ましたけど、浄化しすぎでは?あれでは枝が足りなくなります」

「……そこまで酷い穢れではなかったので、そう見えただけでしょう。実際、枝にはまだ余裕があります」

「そうかもしれませんが……。とにかく、一人でこの広範囲はカバーしきれないでしょう?」

「私は貴方の身体を慮って言っているのです」

「まぁ。いつからそんなに優しくなったんですか?」


 私はそんな二人を横目に、状況を把握しきれていない父様に報告をした。父様は神妙に頷いてリュートさんと何か相談を始めたみたいだ。


「もっと建設的な話をしましょう?今回の原因は突き止められたんです?」

「……よくある魔獣の住処変更です。森の穢れが主な原因ですね」

「まぁ。でしたらやはり穢れを見る目はもっとあった方がいいでしょう?」


 ユリウス様はどうしてもメイリー様に帰って貰いたいように見える。何故そこまで頑ななのか分からない。メイリー様のお身体は確かに心配だが、サポート体制をしっかり整えれば大事には至らないように思う。私の考えが甘いのかな……?


 結局ユリウス様が折れたようだった。メイリー様はこのままイーサリオンに滞在し、穢れ祓いの対応をしていただくことになった。

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