49.穢れの原因
―――これは、いけないな……。
上空からユリウスは眼下の森を眺める。
ここはディルフの町から一番近い森林地帯だ。広葉樹が広がるヴェルデイリオの森。地元民からは霧抱きの森と呼ばれているらしい。
この辺りの森は穢れが発生している地帯から離れており、魔獣の出没もあまりないはずだった。
ディルフの町を見回ったところ再び穢れの気配を纏った人が一定数現れた。皆この森で摂られた鳥肉や獣肉を食したとの証言がある。
そしてやはり森には穢れている範囲が散見された。
このまま放っておけば森全体を穢れが覆うのは時間の問題だろう。
「一度降ります。皆さんは降りてこないでください」
一人穢れた土地の中央に降り立ち、ぐるりと周囲を見渡す。爪痕、足跡、穢れている部分。
こういうパターンはよく見る。魔獣の行動範囲が広がっている場合だ。
枝に穢れを吸わせる。濃い穢れは一欠片の枝をすぐにダメにしてしまった。
同様に何ヶ所か回ったが、どこも同じような痕跡が見て取れた。
瘴気を発し、穢れをばら撒く魔獣は厄介な存在だ。魔獣の気まぐれな住処の変更だのに何度後始末をさせられてきたことか。穢れた地域に籠っていれば良いものを、その土地から頻繁に外に流れてくる。
レイン殿と合流し、報告する。
「おそらく、魔獣の行動範囲が広まっています。森の至る所に穢れが散見されます。まずは、穢れの森の魔獣の間引きを行う事をおすすめします」
「穢れの森……ですか……」
レイン殿は顎に手を当てて考え込む。
「穢れの森の地域はイーサリオンの領内ではないのです。あの地はミラディスの領地。あちらとの連携を考えるとすぐには対応できないでしょう」
「なるほど……では、今回は、この森の目につく穢れの地を祓うことを最優先にしましょう」
穢れは水場に多く見られた。水はどの野生動物でも必要な物だ。このせいで穢れが野生動物に広まり、人に影響が出るまでになったのだろう。ありふれた連鎖だ。
こういう場合、いちいち野生動物の穢れまで祓ってはいられない。
穢れた土地を浄化し、あとは時間が、聖樹の根が穢れを吸ってくれることを願うしかない。
バサバサと羽ばたきの音を聞いて顔をあげる。
―――鳥。
それはカノンお嬢様が気にしていた事。きっと、彼女は穢れた鳥でも見たのだろう。
自然界に暮らす野生の動物は勘が鋭く、穢れを嫌う。特に鳥はその翼で広範囲を移動できるが故に、穢れを避けるのが上手い種と言える。
そういえば、鳥肉も穢れた食品の中に入っていたな。
鳥が穢れを帯びる例は、私の知る限り極めて少ない。
前回鳥が原因で穢れが広まってしまった森は、今回より遥かにどうしようもない穢れで覆われ尽くしてしまったが為に被害が広まったのだ。あれは地獄だった。
今回は点在する地点が穢れてしまっているだけ。鳥が穢れを持つには少し不自然、だろうか?
ふむと、考え込む。
鳥が穢れてしまう原因。例えば、―――上空に逃げられなかった理由があった、とか?
途端に影がかかる。
キィィィと言う甲高い悲鳴のような音が響き渡り、風が吹き荒れた。
「ユリウス様っ!!!」
レイン殿が、咄嗟に私を引き寄せる。
ぐしゃりという音と共に大人二人分もある巨体が地を掠める。漆黒の翼は周囲の木の枝を切り落とすほど頑丈。人の腕程もある4本の足には鋭い鉤爪が確かに地をえぐった。
巨大であるのに高速で移動するその姿は、会うものを絶望に陥れる魔獣。
「……なるほど、霧烏ですか」
「お怪我は!?」
レイン殿は上空を警戒しながら結界魔術を張った。こと戦闘に置いてこの方以上に頼りになる人物は居ない。
「大丈夫です。感謝致します」
「下がっていてください」
護衛と共に、結界の奥に下がる。
レイン殿は前に出ると上空に飛び上がった。
ここから見える範囲は限られていたが、彼の戦い方はとてもスマートだ。自身を囮にし、霧烏を誘導し、その追随にも一切怯むことはない。一連のその動作は滑らかで無駄がない。
霧烏は黒い瘴気を撒き散らしながら滑空する。
次の瞬間、拘束の魔法だろうか?私には理解できない方法で霧烏を捉え、一瞬で首を切り落とした。その間五分も経たない早業だった。護衛達も驚嘆していた。
ボドボドと、霧烏の血が落ちる。
その血がまた森を穢した。
魔獣の血の浄化は少し時間がかかるんですよね……。
そう思ったが助けられた手前口には出さなかった。
その後はヴェイルレイヴンの血を浄化するのに時間を使い切ってしまった……。時間は貴重だと言うのに……。
「ユリウス様。霧烏の討伐でこの森の穢れは治まるでしょうか?」
レイン殿は少し疲れたようにそう呟いた。彼もきっと分かっているだろう。そんな簡単な話ではないと。
「いえ、確かに霧烏の痕跡と思わしきものもあったように思いますが、陸上移動型の魔物の痕跡もあります。油断はできません」
とにかく夜だ。これ以上の行動は効率が悪い。
私たちはイーサリオンの本邸に戻ることにした。




