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48.視察一日目―夜―

「豪華なおもてなし、感謝いたします」


 食前のお祈りを終え、ユリウス様は小さく手を叩きながら微笑んだ。

 今日のお料理は料理人さん達が腕を振るったイーサリオンの名物ばかりだ。イーストサイドの霜鹿の肉や香草、ウェストサイドの乳製品、サウスサイドのフルーツ達。

 豪華なフルコースにお客様方も満足気だ。特にユリウス様はとても美味しそうに食されている。とても気に入って貰えたようだ。



「それでは、やっぱり穢れが原因だったんですね……」


 ノースサイドの報告を聞いて、手を止める。心配していた事が現実になってしまった。


「はい。残念な事です」


 ユリウス様は上品に鹿肉を切り分けながらそう言った。

 この夕食の席は報告の場も兼ねている。ユリウス様の淡々とした報告を父様は静かに聞いていた。


「この滞在期間で浄化は終わるでしょうか?」

「……ディルフの町の穢れ自体はそこまで酷いものではありませんでした。ただ、原因がまだはっきりしていないので何とも言えませんね」

「では少なくとも土地の閉鎖は必要ないと思って良いのでしょうか」

「少なくともディルフの町は大丈夫だと思いたいところですね」


 ユリウス様の発言は断定的ではなかった。父様も静かにため息をつく。


「ですが、おそらくもっと根本的な原因はディルフの町の外に存在しているでしょう。未だその原因は見えないままです」


 ユリウス様は真剣な面持ちでそう言ったが、鹿肉を口に入れて顔を綻ばせた。本当に食べるのが好きなお方だ。


 まだ原因ははっきりしていない。その言葉を聞いて、ふとあの飾り羽が思い起こされた。あれはノースサイドに生息する白霧鳥の物だ。あの羽にはべっとりと穢れが付着していた。


「……鳥は…」

「えっ?」

「ほら、病や穢れを運ぶ要因に鳥ってよく上がるじゃないですか。だから、気に、なって……」


 声が段々と小さくなる。

 それは発言に自信が無くなったからではない。ユリウス様に静かに見つめられていたからだ。

 それはどこか咎めるような、睨みつけるようにも見える、そんな視線。


「鳥だと面倒ですね。あれは森に穢れをばら撒きます。以前、穢れに鳥が関わった時は森ひとつダメになりましたね」


 ユリウス様は静かにカトラリーを置くと、葡萄酒を口に含んだ。


「ですが、屋根の上などに穢れは目立ちませんでした。鳥が何らかの要因で穢れてしまうことはあれど、主な要因とは考えにくい」

「そうなのですね」

「でも、良い着眼点ですよ」


 ニコリと笑ってユリウス様は再び鹿肉を切り分けはじめた。


「やはり根本の原因を探るのが急務のようですね。……先に他の町の病人の穢れだけでも払って貰うことはできないでしょうか?」

「……そちらでも構いませんが……今回のように食品が原因ですと二度手間になる可能性がありますよ?何より病人から穢れを剥がすのは時間を要します」


 ユリウス様は静かに前例を説いた。それは効率を優先させるユリウス様という方の人柄が現れているようだ。

 父様は少し渋ったが、最終的にはユリウス様のやり方に折れたようだ。


「明日は森に入る予定だ。もしかすると今日より遅くなるかもしれない。カノンは先に夕食をとっていてもいいからね」

「いいえ!待ちます!」


 父様は気利かせてそう言ってくれたが、私はそんなつもりはなかった。夜遅くなっても待つつもりだ。私だってノースサイドの状況が気になるのだ。夕食の席まで別にされると本当になんの情報も得ることができなくなる。


「ふふ。カノンお嬢様はお優しいですね」


 ユリウス様はそう言ってくださった。だけれど、伏せられた目が私と合うことはなかった。





 夕食後、私はユリウス様の滞在している客間を訪れていた。

 この時間からもお仕事をするというユリウス様に見学してみないかとお呼ばれしたのだ。


 ユリウス様の部屋に行くと、神官さんが出迎えてくれた。


「こんばんは」


 ユリウス様はお風呂あがりなのか簡素な寝衣に身を包み、長い金髪はいつもの様なハーフアップではなく下ろされていた。

 いつもと違うその姿は、すこし、視線をどこに置けばいいか分からなくなる。そう思うと、急に気恥ずかしくなってきた。


 私は婚前のレディだ。成人男性と二人きりになるのはまずいとアズールについてきてもらったが、ユリウス様のお部屋には神官さんが数人と護衛さんまで詰めているようだった。


 余計な心配だったかも。


 ユリウス様に限って何も無いとはもちろん思っていたが、自分が何かとてつもなく恥ずかしい事をしてしまったみたいで、気まずくなってしまった。


 気を取り直して笑顔を作る。


「こんばんは。何をしてらっしゃるんですか?」


 神官さんと護衛さんたちは黙々と客室の床に何かを並べている。剣のようなもの、盾のようなもの、アクセサリー、杖のようなもの、瓶に入った粉状の物、ボロボロに砕かれた石のようなものなどなど……本当に色んなものが並べられていた。統一感が全くない。

 床に並べられた物を避けながらユリウス様の隣に立つ。


「これらは全て聖樹の枝です」

「へぇ……!」


 並べられたものをよく観察してみると、確かに、剣の刃の部分は見覚えのある光沢をしているし、盾や杖などに装飾されている白い部分は聖樹の枝のように見える。


「色んな形のものがあるんですね……!」


 ユリウス様は屈んで欠片のひとつを取ると私に寄越した。つるりとした質感、ひんやりとした温度。よく覚えがあった。


「聖樹の枝は基本的には剣や聖物に加工されますが、その加工途中で出た塵すら無駄にできません。だからあのような粉状のものや、こういった欠片も捨てずに使われるのですよ」


 そう説明しながら、ユリウス様は自身の首にかかっている無骨なペンダントを持ち上げる。それは昔からずっとユリウス様が首にかけているものだ。きっと大切な物なのだろう。


「今日はこの枝達には随分働いて貰いましたからね。きっと穢れが溜まっていることでしょう」

「浄化するんですか?」

「そうですね。この夜でできる所まで、ですが」


 ユリウス様は一瞬、何かを思案するように目を逸らしたが、すぐに笑顔になると私の手をとった。


「カノンお嬢様。一緒にお祈りしていただけませんか?」

「えっ?でも私、浄化の力はありませんよ?」


 そう言うと、ユリウス様は「もちろん」と微笑んだ。


「こういうのは気持ちが大事なのですよ。きっとイーサリオンを大切に思うカノンお嬢様の祈りがあれば、浄化も早く済みます」


 ユリウス様は私の手を包む。聖樹の欠片を包み込むように持たせ、祈りの形を取るように導いた。


「さぁ。一緒にお祈りをしましょう」


 肩に手を置かれ、祈りの為に床に座らされる。


「穢れがなくなりますようにと、そう願うのです」


 ユリウス様は、肩から流れた私の横髪を掬い、耳にかけてくれた。

 耳元を掠める手が酷く冷たく感じる。


「願いを明確にしてお祈りすることが、浄化のコツなのですよ」


 耳元で囁かれる。


 吐かれた息がくすぐったい。


 チラリとユリウス様を見上げる。

 その表情は、髪に隠れて見えなかった。


 ユリウス様はそのまま祈りの姿勢をとった。

 周囲の神官さんもそれに倣う。


 私も目を瞑った。

 ユリウス様は『願いを明確にすること』が浄化のコツだと言った。

 今までは自分の願望ばかりを祈りに乗せていたが、確かに祈りとは何かをお願いすることだ。今はノースサイドの事を願うべきだろう。


 私は静かに祈った。


 ―――ノースサイドの穢れが消えますように。


 手の中の聖樹の欠片は、私の体温が移ったのか、ほのかに温かくなっていた。



 ―――

 ――

 ―


 横目で、カノンお嬢様を見下ろす。


 小さな身体。


 引き寄せた肩は細く、風呂上がりなのか石鹸の爽やかな香りがした。張りの良い肌は滑らかで、思わずつまみたくなる。


 いけない、いけない。


 邪な考えを振り払う。まだ、彼女に嫌われたくはない。


 ユリウスは視線を目の前の聖樹の枝に移す。

 カノンお嬢様の祈りを邪魔しないように、そっと枝の一欠片をなぞる。


 ―――穢れが消えている。


 おそらくカノンお嬢様は聖樹の枝の穢れを浄化している自覚がない。

 だからこの事実を把握できるのは自分だけのはず。


 今日一日で、聖樹の枝にはかなりの穢れを吸わせた。

 元来であれば四日保つか保たないかの量の聖樹の枝もカノンお嬢様のおかげで使用前同然だ。


 カノンお嬢様に手伝ってもらえれば聖樹の枝を切らさずに今回の浄化を終えられるかもしれない。


 聖殿への報告も『穢れ自体はそこまで酷くない』と浄化レベルを偽って伝えてある。私が沈黙していれば、聖樹の枝の容量問題も誤魔化すことができるだろう。


 祈りを終えて顔を上げたカノンお嬢様は私を見ると満面の笑みを浮かべた。


「ユリウス様、今日はお疲れ様でした。ユリウス様のおかげでノースサイドにも希望が見えてきました」


 ぎゅっと手を握るその仕草が可愛らしくて、思わず頭を撫でてしまった。

 彼女は一瞬キョトンとしたが、すぐに照れたように視線を逸らした。


「カノンお嬢様の祈りもきっと希望になり得ます」







 ―――とは言ったものの。


 翌日、再びディルフの町を訪れたユリウスは言葉を失った。


 確かに、残りの穢れは聖樹の根に吸い取らせようと考えていた。

 だが、あまりにも状況が一転するのが早すぎる。


 ディルフの町に残っていた穢れはほぼ綺麗に拭い取られているようだった。


 ―――これが、聖女の祈りか。


 ふーと、深いため息をひとつして、ユリウスは神官に指示を出すために動き出した。

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