47.視察一日目
ディルフの町に到着し、辺りを軽く見回す。
ユリウスは一歩も動くことなく断定した。
「これは、穢れですね」
町の至る所に溢れる穢れの痕跡。独特の寒気。
ユリウスは目を伏せ、そして気を引き締めた。
「……なんということだ……」
レイン殿は頭を抱えてしまっている。それはそうだ。穢れの対処となると厄介だ。時間もかかるし、金銭もかかる、原因によっては土地を捨てる選択も迫られる。
穢れの浄化は慈善事業にはできない。教会に所属するものにも生活があるのだから。
「投資は惜しみません。浄化をお願いしたい」
「承知しました」
レイン殿の判断は早かった。イーサリオンは豊かな家だ。そうなるだろうと考え、事前に備えてきた。
「ピティ。巡回の準備をお願いします。エント、これは人手が足りません予備戦力を集めてください」
神官に指示を出す。ピティは持ってきた聖樹の枝の準備をはじめ、エントは魔法使いと共に聖殿へ向かった。
神官たちもこういう状況には慣れている。
「まずは、辛いでしょうが、病人を一箇所に集めてください。二刻あれば十分でしょうか?その間に私は町を見回り、この穢れの原因を探ります」
「分かりました。リュート」
「手配いたします」
それぞれの役目を割り振り、レイン殿と護衛を一人だけ連れ、案内人の先導の元、町を巡回した。
穢れは至る所に散見された。護衛に枝を持たせ、気になる場所は先に吸い取らせたが、後で徹底的に見て回らなければ……。
祈り子が、穢れを取り出した空の聖樹の枝は吸収率がいい。問題は、聖樹の枝のストックが無くなってから。アルセリオンにある枝は限られている。
だが、今まで見てきた中では比較的ましと言えるレベルの穢れだ。きっと穢れの原因からはある程度離れているのだろう。
一番に疑うべきなのは水だ。まずは案内の元、井戸や水場を回った。しかし、水自体が穢れている、という風には感じなかった。どちらかと言うと人の営みの中に穢れが紛れている。そんな感じだ。
となると、穢れた場所で育った作物や動物が広めた可能性がある。
動物が原因となると一番厄介だ。それは、どこかの森が潰れている可能性に他ならない。
水場、畑、家、そして病人を見て断定する。
―――食料品の中の何かか。
病人達の穢れは全身に均等に広まっていた。それは穢れた物を口にしてしまった時の特徴。
「今回の病の範囲をもう一度見せていただけますか?」
「もちろんです」
今回の穢れが広まった範囲を地図で確認する。ノースサイド地方の中でも東寄りの町に被害が集中している。
となると鮮度が必要になってくる食物の可能性が高い。
「ともかく、病人達の穢れを払いましょう」
聖樹の枝の力も借りて病人の穢れを払う。全快には時間がかかるかもしれないが、直接的な穢れを取り去ったので安静にしていればすぐに良くなるだろう。
「いったん病人の穢れは祓いました」
「ありがとうございますユリウス様。なんとお礼を申し上げれば良いか……」
「仕事ですので」
ふぅと伸びをして、椅子に背を預ける。ひと仕事終えた私を気遣ってか護衛が水をくれた。
こくりと喉を潤せば、少し落ち着いた。
神官達に枝を持って歩き回って貰ったので、街の中の酷い穢れはおさまっているようだ。だが、完全浄化とは言い難い。でも、これくらいの穢れなら聖樹の根が吸い上げてくれるだろう。
地上に穢れが蔓延するのは聖樹の根の吸収速度を穢れの侵食が上回ったか、聖樹の根が枯れたか。今回の場合は前者だろう。
イーサリオンの土地は比較的穢れた土地が少ない。聖樹の根が健康な証拠だ。
もう辺りは暗くなってしまっていた。
「穢れは食品の中、それも生物の中に紛れているようです。申し訳ありませんが、今日は原因を突き止めることができませんでした。明日は近くの森を見て回りたいと思います。町の人には今晩の食事がなんだったかしっかり覚えておくように伝えてください。それで原因の食品を絞ります」
それは、人に少しの犠牲を強いる人海戦術。だが、町の人は協力的だった。祈り子の言うことは絶対なのだから。
イーサリオンの屋敷に戻ればすぐにカノンお嬢様が飛んできた。私たちが帰ってくるのを待っていたのかもしれない。
「おかえりなさいっ」
弾んだ声のカノンお嬢様は私たちに労いの言葉をかける。愛らしい彼女の出迎えに、神官達も頬が緩んでいるようだ。
私も少し気を張っていた肩の力が抜けた気がした。
「お夕食の準備は出来ているそうです!あ、でもでも、まずは休憩したいですよね?お部屋にご案内させていただきます」
そう言って、彼女は自ら部屋に案内してくれた。
客間に案内され、誰もいない部屋で一人ボフンとベッドに倒れ込む。
「……はぁ……」
疲れた。
このまま眠ってしまいたい……が、夕食もある。
夕食は逃せない……イーサリオンの特産である鹿肉は絶品なのだ。
カノンお嬢様とも久しぶりにお話をしたいし。
彼女とは手紙のやり取りを続けていた。
聖女様の為人を知るためだが、その内容は好きな小説やちょっとした情報交換など可愛いもので、私にとっても癒される時間になっている。
私には、父母関係はごちゃごちゃだが、妹と呼べる関係の存在が四人程居る。だが、その誰もが距離が遠く、普通の兄弟のようなやり取りはしたことがなかった。
カノンお嬢様との関係はまさに普通の兄弟関係を思わせるもので、温かな庇護欲すら湧いてくる。
彼女はこの六年で大きく成長した。
教養、イーサリオンの後継者としての自覚、一人前のレディとしての矜恃、魔法使いとしての優秀さ、そのどれもが彼女には備わっている。
その見た目の愛らしさから求婚者が後を絶たず引く手数多だとか、アルセリオンの王子にとても気に入られているだとか、そんな噂がたえない。
……いまだに、彼女には何も伝えていない。伝えられていない。
伝えていない理由はただ一つ。
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そんな事を考えていると、部屋にノックの音が響く。イーサリオンの使用人が夕食を伝えに来てくれた。




