46.お留守番
―――どうしよう、これ。
朝起きて、お祈りをして、部屋に戻って――そこで、はたと気がついた。
『穢れが見えない』で通している私が、穢れたハットを持って、これ見てくださいって言うの、おかしいよね……??
今まで懸命に隠してきたのに、今更努力を無駄にしたくない。
浄化の力は無いと分かっているが、穢れが見えるだけでも私は異質なのだ。下手に表に出さない方がいい。
ガーデンハットをくるりと回す。一度被ってみたが、私に穢れが伝染る事はなかった。
つんつんと穢れている飾り羽をつついてみる。変化はないみたいだ。穢れはひんやりとしているような、湿っているような。まるで霧のようだ。
このガーデンハットを自然にユリウス様に見せる方法は簡単だ。かぶればいい。
「ねぇマリーさん。今日はこのハットを使いたいんだけど……」
おずおずとハットを見せる。私の服は基本的にマリーさんとチエルさんに選んでもらっている。いつも可愛くしてもらってありがたい。
「お嬢様にしては少し大人っぽいように感じますが……」
「そうかな?でも、大人っぽい私も可愛いと思うよ!」
「確かにそうですね!」
マリーさんとチエルさんは服選びにウォークインクローゼットに入っていく。ひょこっと、扉から中を覗いてみる。
「何か合うもの、あったかしら?」
「ほらアレがいいんじゃないですか先輩!冬に買ったあの紫のジャンパー!」
「あぁ!いいわねぇ」
二人はウロウロと歩きながら服を相談しているようだ。
それにしても……服、増えたなぁ。
この量の服はやはり多すぎるのではないだろうか……。着ていない服もあるし……。でも、もう遠慮の仕方もわすれてしまった。
「お嬢様、お着替えですよ〜」
「はぁい!」
二人が選んできたのはフリルの着いたトップスに、紫色のジャンパースカートだ。フィッシュテールのシルエットが大人っぽい。
「とってもお似合いです!」
「ありがとう!可愛い?」
「可愛いですっ!」
「これならハットも合いますねっ」
マリーさんはそう言いながら流れるようにガーデンハットの羽飾りに触れた。
「これ、取れないのかしら……」
「あっ!!」
大きな声がでてしまったが、仕方がない。
マリーさんが羽飾りに触れた瞬間、手に穢れが伝染ったのだ―――!黒いモヤが、穢れの気配が、じんわりと広がる。
「そ、そのままでいいよ!」
ひったくるようにハットを回収したが、マリーさんの手は穢れたままだった。
―――どうしよう、どうしようどうしよう!
「マ、マリーさん体調とか悪くない?」
「えっ?あれ?そんな風に見えました?」
「平気ですよ〜」と、マリーさんは変わった様子もない。穢れは急速に症状が出るものでは無いのだろうか……?
と、とにかくマリーさんをユリウス様に診せなくては!
オロオロしながらマリーさんの動向を見守る。彼女はアクセサリーボックスを開けた。
「ユリウス様が来られるとの事ですし、アクセサリーにユリウス様からいただいたペンダントをつけてはいかがですか?」
そう言って、マリーさんはあの聖樹の枝のペンダントを手に取った。
その瞬間だった。
彼女の手に着いていた穢れが、ズズッと蠢き、栓を抜かれた水のように―――聖樹の枝に吸い込まれた。
―――えっ!?
そういえば、と聖女史に載っている伝承の一節を思い出した。
『聖樹エリュナ・グランテリアは天を突く塔のごとく根を張り、大地に溢れる穢れを吸い上げる器』
「マリーさん、それ貸して!」
「はい、どうぞ〜」
私はマリーさんから聖樹の枝を受け取ると、ハットの羽飾りに近付ける。やはり、思った通り、聖樹の枝は飾りにべっとりと着いた穢れを吸い取った。
これが、聖樹の枝の使い方……!
なるほど、と腑に落ちた。
だから祈り子様は聖樹の枝を持ち歩いているのか……!
聖樹の枝からは穢れの気配は無い。さすが聖遺物……。でも、これはどういう状態なんだろうか……?
「その飾りとは合いませんよね〜。やっぱり紫の方がいいですかね?」
マリーさんは、私がハットにペンダントが似合うか、合わせていたのだろうと理解したらしい。再びアクセサリーを吟味しはじめた。
「これで大丈夫よ!」
「そうですか?なら、そちらでいきましょうか!お着けしますよ」
そう言ってマリーさんは手を伸ばす。
一瞬、躊躇った。
それでも恐る恐る聖樹の枝を渡してみる。
マリーさんは何ともない様子で受け取り、再び彼女が穢れることはなかった。
気にしていた事が解決してしまった。ホッと胸を撫で下ろす。聖樹の枝の使い方も知れたし、次に穢れを見つけたら、これで対応しよう。
心の奥底で何かが引っかかったような気がしたが、その理由は分からなかった。
―――
―――
―――
聖殿には、専属の移動魔術を使う魔法使いの部隊がある。
西へ東へ忙しく飛び回る祈り子様を運ぶのだ。
ユリウス様は八の刻と、朝の早い時間に移動魔術でイーサリオン本邸へやってきた。
いつもより多い護衛さんと、魔法使いさん、神官さんまでいるようだ。十数人規模の大所帯だが、『祈り子』の役目を担うのはユリウス様ただ一人だった。
少し大きな荷物も一緒に転移されてきた。何かは分からないが、この人達からは、こうした視察に慣れている様子がうかがえた。きっとこのような視察をよく行っているのだろう。
「おはようございます」
「ユリウス様。遠いところお越いただきありがとうございます」
ホストの娘として、私はお出迎えをする父様の横で静かに微笑む。
無駄な話は必要ないと言うように、父様達は淡々と現状共有を行った。
「本日は病の患者の比較的少ないノースサイドの端から回ろうと思っていますが、いかがでしょうか」
「いえ、1番深刻な場所からお願いします」
ユリウス様はスパッと父様の提案を拒絶した。
「穢れが原因だった場合、一番深刻な場所は最も浄化に時間を要します。また、穢れの原因を発見しやすい場所とも言えます。効率を考えれば、そちらから回るのが得策です」
確かに……。
ユリウス様の言い分に、父様は一瞬考え込み、短く頷いた。
さすがはユリウス様、その発言が、落ち着きが、経験豊富であると物語っていた。
「ならば、ディルフの町です。あそこが最も患者が多く被害が広がっています」
「分かりました」
流れるように行き先がきまった。
神官さんが慣れた手つきでマスクと手袋を配る。手際がいい。
今回の視察は父様とリュートさんと専門の魔法使いさん達で移動を行う。
移動魔術での視察はスピーディに行われるようだ。
「それでは行ってくるよ。カノン。留守を頼んだからね」
「はい!お任せ下さい!」
力強く頷く。私は待つことしかできない。それでも、この屋敷を守るのは私の役目だ。
「また夕食の時にお話しましょう」
「はい!ユリウス様もお気を付けて」
ユリウス様の気遣いに微笑んで、移動魔術を展開する一行を見守った。
「行ってらっしゃい!」
どうか病の原因が見つかりますように。
そう願いながら。




