45.朗報
うだるような暑さもなりを潜めて来た。
今日は授業が早い時間に終わった。
夕食までの時間で街に出たいとアズールにせがめば、半刻程待って欲しいとお願いされた。
なので、待っている間にエントランスに近い部屋で小説を読むことにした。
最近はもう、レベルなど気にせず色んな小説をフェリシアに借りている。
どうやら彼女の言う“レベル”とは、大人な描写が含まれるかどうかだったらしい……。
はじめは「こ、こんなことをするなんて……」と、読みながら真っ赤になっていたが、今ではなんの感情もなく読み進められるようになった。
最近彼女がハマっているのは『祈り子モノ』と呼ばれるジャンルの小説だ。
祈り子様を題材にした物語で、祈り子様特有の価値観や葛藤が描かれている。
『祈り子モノ』は男性同士の恋愛や女性同士の恋愛が描かれることが多い。フェリシアは最近はそういうジャンルもコレはコレで良い!!と気に入ってしまっているみたいだ。
曰く、『主食は変えないけど、副菜が増えた、みたいな感じ』とのことだ。
確かに読んでみると面白い。感情の揺れ動きが独特で、私の知る恋の形が増えたような感覚だ。何より、女性キャラがほとんどメインにいないため客観的に関係性を眺めることができる。
黙々と文字を追っていると、アズールが「お待たせしました」と呼びに来てくれた。
「準備が出来ましたよ。お嬢様」
「ありがとう」
表に出れば魔導車が用意されていた。護衛兼運転手としてアジャイルおじさんが付き添ってくれるみたいだ。「急に頼んでごめんなさい。ありがとう」とお礼を言えば、アジャイルおじさんは「かまわんよ」と豪快に笑ってくれた。
私が「街に行きたい!」と言って連れていかれるのは大抵屋敷から近いイーサリオンの中央街、センター・フォルムだ。王都には及ばないものの、交易の拠点として栄えている街で、出店している商会も多い。気さくな商人達が多く、道を歩けば活気ある声が飛んでくる。そんな街だ。
宿屋に魔導車を預け、大通りに出ると、ガヤガヤとした喧騒に包まれる。この明るい空気が気に入っている。
アズールと並んで大通りを歩く。一緒にお店を回って、あれがいい、これがいいと笑いあって、まるで、デートみたいな時間だ。
「アズール……」
「はい」
「その、離れちゃいそうだから、つかまってていい?」
「……確かに、今日は人が多いですね。どうぞ」
下心しかないお願いをすれば、アズールは腕を組む事を許してくれた。それだけで、胸の奥がふわりと浮き上がる。
「わぁ!見てアズール!オープン準備していたお店、営業してるみたいだわ!」
浮かれながら歩いていると、気になるお店を発見した。「そうですね。見てみましょうか」とアズールが言ってくれたので立ち寄ることにする。
……あれ?
ととっと、店に近づく足を止める。
微かに。本当に微かに、肌を冷気が通り抜けるような、そんな違和感。
最近はあまり感じることのなかった気配。
―――穢れの気配だ。
キュッと腕に力が入った。
「どうかしましたか?」
「えっ、な、なんでもないよ!」
声が少し上擦ってしまったが、仕方がない。
この気配の原因を探らないと。
そう考えながら連れ立って店に入る。
それは帽子のお店だった。中折れ帽、ボーラーハット、キャスケット……平民向けから貴族向け、男性向けから女性向けまで、様々な帽子が並んでいる。
特段怪しいところのない、普通の帽子屋だ。
ぐるりと周囲を見渡し、穢れの元を辿る。この異質な気配は、1つのガーデンハットから感じるようだ。
―――これ、穢れてる?
よくよく観察すれば、穢れていると感じるのはこのガーデンハットの飾り羽だ。それだけ、異質に穢れていた。
「そちら、気に入りましたか?」
話しかけられて、ハッと我に返る。手を揉みながらにこやかに話しかけてきたのはヒョロっとした店員。
「流石はカノンお嬢様。お目が高い。そちらはノースサイドから入ってきた一点物でして」
「ノースサイド……」
今、流行病が蔓延している地方だ。
やっぱり、病の原因は穢れ、なのかな。
もしそうなら、祈り子様にお願いさえ出来れば解決できるという喜びを交えた安堵感。同時に、穢れが日常に迫ってきているのだという恐怖感を覚えた。
「そちらはお嬢様には少し派手すぎるのではないでしょうか」
「えっ」
アズールの言葉にぱちくりと目を瞬く。
確かに、少し色味がキツイ気がする……が!
帽子をかぶり、足を引く。少し回ってスカートを膨らませ、手を後ろに組んで、上目で見つめる。
「似合わない?」
「とても可愛いです!!」
私は何を着ても可愛いんだから!!
結局、穢れたガーデンハットは購入し、持ち帰ることにした。
祈り子様がいらっしゃるとしたら、まずはイーサリオンの本邸に立ち寄るだろう。その時に見てもらおうと思ったのだ。
穢れた物を購入してしまったし、あまり動き回るのは得策ではない気がした。
もう帰ろうと提案し、魔導車を預けた宿屋に戻っていた時だ。
突然、目の前に―――ボロボロの服を身にまとった男が転がり出てきた。アジャイルさんが剣に手をかけ前に立つ。
「イーサリオン家のお嬢様とお見受けしますっ!」
男は這い蹲るように地に頭を擦り付けた。……害意は無さそうだ。
「私はしがない町民でございます。ノースサイドより避難して来ましたが、かの地には家族、友人、隣人多くの人が離れられず、日々怯えながら暮らしています……!」
男の声は震えていた。
「ノースサイドはどうなってしまうのでしょうか……!どうか一刻も早く、祈り子様に来ていただき、病を払っていただきたいっ!!!」
男は見るからに弱々しい風体であるのに、その言葉は力強く響いた。それだけ、民は危機に瀕しているのだと、改めて認識させられる。
私はできうる限り、相手を威圧しないように、焦りを悟られないように、声を出した。
「貴方の言葉は受け取りました。現在、祈り子様に来ていただけるよう、我が家も最優先で手を尽くしている最中です。辛い気持ちは、理解しますが、祈り子様もお忙しい身。どうか、どうかもう少し待ってください」
―――イーサリオンは民を見捨てたりしません。
そう続けたかった。だが、過剰な希望は毒となる。私の言葉には責任が伴う。
それは後継者として学んできたこと。
この流行病の原因はまだ判明していない。まだ、様々な可能性が眠っている。
もし原因が穢れでなければ——最悪、病人の切り捨ても考えなければならない。
……この病の原因が穢れであることを願うばかりだ。
―――
―――
―――
「どうしたの?カノン。今日は元気がないね」
「うん……」
父様に声をかけられ、小さく頷く。なんだか食欲もなくて、夕食の鹿肉を切り分け続けていたら、欠片ほど小さくなってしまった。
今日あったことを話すと、父様は「そうか……」と呟き、目を伏せた。
けれど次に顔を上げた時には、私を安心させる微笑みが、きちんとそこにあった。
「カノン、安心しなさい。実は、明後日からこの屋敷に祈り子様をお迎えすることになったんだ」
それは、今の私が喉から手が出るほど求めていた朗報だった
「やっと……!?来るのは、ユリウス様?」
「そうだよ」
ユリウス様にはとてもお世話になっていた。イーサリオンで祈り子が必要になった時は必ずと言っていいほどユリウス様が担当してくれる。彼はアルセリオンの聖殿では最高位の祈り子様であるのに、だ。
「ユリウス様にイーサリオン領まで来ていただくのは久しぶりね!またいっぱい特産を用意しておかないと」
「そうだね。ただ、今回は視察の範囲も広いし、ゆっくりする時間はないかもしれないね」
「今回はどれくらいいらっしゃるの?」
「一週間の予定ではあるよ」
一週間……。
祈り子様は激務だ。その中でもユリウス様は格別に忙しい。そんなにお時間を取ってもらえるなんてと驚く。それだけイーサリオンの流行病が深刻だということだろう……。
病が流行りだしてもう数ヶ月経っている。現在もお医者様だけでは原因が掴めていない。
「ねぇ、父様。私も、視察に一緒に行っちゃダメ?」
「今回は流行病関係だからダメだよ。カノンに何かあってはいけないからね」
「でもでもっ、私がいれば移動魔術のお手伝いができるから役に立つわ。それに、いつかは私もこういう事に対処していかなきゃならないんでしょう?」
断られるのは分かっていても、じっとしていられなかった。私だって魔法でなら役に立てる。
「それに私みたいな可愛い子が居たらみんな元気になってくれるわ」
「確かに。カノンの微笑みは病魔を払う力があるねっ!!」
父様は力強く頷いてくれたが、私が同行する事には許可を下ろしてくれなかった。
守ってくれているのは分かってる。嬉しい。
だけど、何も出来ないというのは、どうしようもなく苦しかった。




