44.ある日のお茶会
「それで、その騎士は穢れを受けてしまったんですって」
「まぁ……怖いわ。大丈夫だったの?」
王都のとある伯爵家で開催された小さなお茶会。
参加している顔馴染みのご令嬢たちの話を、私は「ええ」「そうなのですか」と控えめな相槌を打ちながら聞いていた。
「祈り子様に診て貰えた事で大事には至らなかったそうよ」
「それは良かったわ。……でも、あの森はもうダメかもしれないわね」
穢れが広まりすぎて、森がひとつ失われたり、川が使えなくなったりする。そういった事例は、歴史の中では決して珍しいものではない。
もし浄化を行う場合は莫大な費用が必要だ。祈り子様は無償で穢れを払ってくれる訳では無いのだ。
お金の件ももちろんだが、もっと深刻な問題がある。
祈り子様は数が圧倒的に少ない。
現在、世界全体でだいたい一万人くらいと聞いている。だが、この人数でも世界中の穢れを相手にするのには少なすぎるそうだ。
ユリウス様が「二十日ぶりの休みです」と口にすることも珍しくない。私でも七日に一度は休みがあるのに。
「最近は祈り子様の予約待ちも長いそうよ」
「まぁ。大変ね、献金しようかしら」
「それがよろしいと思うわ。祈り子様が居なければ世界は成り立たないもの」
教会への献金は高貴なるものの責務だ。イーサリオン家も、毎年かなりの額を納めている。
「そういえば、イーサリオン領でも病が流行しているのだとか」
話題が、こちらへ向けられた。私はわずかに表情を引き締め、静かに頷く。
「ええ。流石、シレイナ様。世情にお詳しいのですね」
「王都でも噂は色々と入ってきますわ」
今回のお茶会のホストであるシレイナ令嬢は「おほほ」と得意げに微笑んだ。
「確かに今イーサリオン領では病が流行しております。領内の医者だけでは原因が判明できず、祈り子様の力添えをお願いしている最中です」
「まぁ。それは気を揉みますわね」
「そうですね……。既にかなりの時間、順番待ちをしております。そろそろ良いお返事が貰えることを願うばかりですわ」
ご令嬢達は「事態がよき方へ向かいますことを、願っておりますわ」と、口々に気遣いの言葉をくれた。
「カノン様は、ユリウス様と仲がよろしいのですから融通して貰えばよろしいのに」
「そうですわ。流行病ならば至急の案件でしょうに」
「ユリウス様にもお願いはしてみたのですが、やはりお忙しいらしく、良いお返事は貰えておりませんわ」
「まぁ。カノン様でもお願いを聞いて貰えないことがあるのね。随分とご贔屓にされているようですのに」
当たりが、強い。
少し嫌味っぽく聞こえてしまうのは、私の考えすぎなのだろうか。
発言したご令嬢―――スーザン・カルデ伯爵令嬢に視線を向ける。昔からこの方の発言には毎度棘があるように感じてしまう。
「ユリウス様は友人だからと言って贔屓をされるような方ではありません。あくまで公平で平等。素晴らしい祈り子様です」
「ね!それに、とてもお力もあって……何より素敵な見た目をしていらっしゃるわ」
うっとりと、シレイナ様が頬に手を当てる。他のご令嬢たちも、口々に同意しているようだった。
確かにユリウス様は、素敵な男性の部類に入るだろう。
金色の髪は柔らかな光を孕み、澄んだ水色の瞳は空を切り取ったようで、見つめられると心の奥まで洗われる錯覚を覚える。触れれば壊れてしまいそうなほど儚いのに、そこに立つ姿には不思議な清廉さがあり、ただ在るだけで場の空気が静まっていく。そんな感じがする。
「確かにユリウス様も麗しい方ですけど、我らがルーケンフォード様には及びませんわ」
きゃあと別のご令嬢が声を上げた。そこからはもう、女の子の世界、だった。
「私はユリウス様派だわ。あの伏し目がちの瞳が神秘的で魅力的ですわ」
「まぁ好みにもよりますけど、ルーケンフォード様は美しいだけでなく凛々しさも知性も兼ね備えていらっしゃるわ」
「まぁ。ユリウス様だって聖殿では高位の祈り子様よ」
「どちらも素敵で良いのではないかしら。美男子に優劣をつけるものではないわ」
年頃の女の子の話題というのは大抵がかっこいい男の子の話題だ。
可愛さだけなら二人にも勝てる自信があるんだけどな。
そんなことを考えながらも口にはしない。私にも分別はあるのだ。
ルークとユリウス様。どちらともそこそこ交流のある私は、「美男子に優劣をつけるものではない」という意見に頷いておいた。
「ルーケンフォード様はいつ婚約者を選ばれるのかしら?」
その一言で、全てのご令嬢の視線がこちらに向く。
また会話が嫌な方に進んでしまった。
どうしてだか世間では私とルークが恋仲であるという噂が出回っているのだ。
確かに私とルークにはそれなりに交流がある。
だけど、世間が期待するような関係なった覚えはない……。登城した時はルークとよく会うが、少しお話するだけだ。私はフェリシアに会いに行っているのだから。
「この間は仲睦まじく城下を歩いていたと聞いておりますわ」
「それは……」
それに関しては口を噤むしかない。噂が回るのが早すぎる。
「何度も言ってますが、私とルーケンフォード様は噂のような関係ではありません。街に出かけたのも、フェリシア様のお誕生日プレゼントを選びたいからと、意見を聞かれていただけです」
「まぁ。それを世間ではデートと言うのですよ!ルーケンフォード様は絶対カノン様の事を好いてらっしゃるわ」
キャッキャとシレイナ様は嬉しそうだ。
……そうかなぁ。
確かにルークは私に良くしてくれるし、褒めてくれるし、贈り物もしてくれる。話していると赤くなることもあって、私も「あれ?ルークって私の事好きなのかな?」と思う事が良くあった。
だけど、思い上がりの勘違いは恥をかくだけだ。私は一度失敗している。
実は「あれ?この人私の事好きか?」と思う事はよくあるのだ。
例えばデインだ。彼も、当たりはきついが、基本的には紳士的だし、じいっと視線を感じる事がよくあるし、顔が赤く見えるようなことがある。何よりルークやアズールに嫉妬しているのでは?と思うような言動が目立つのだ。
だから私は率直に聞いてみたのだ。「私の事好きなの?」と。
だって私はこんなに可愛いのだ。世の男の子はイチコロに違いないと思っていた。のだが……デインは『そんなわけあるか!アホなのかお前は』と一蹴した。
『あのなぁ!!お前、恋愛小説の読みすぎ!!よく一緒に居るからって人が人を簡単に好きになるもんじゃないだろ!!何でもかんでもアプローチだと思ってんのか?どんだけ自意識過剰なんだよ!!!他でこんなこと言うなよ!?身内がこんなんで恥ずかしいわ!!!』
まさにその通りでございました……。
失敗したのがデインで良かった。もし別の人に言っていたらその言葉だけで逆に私が気があると勘違いされていたもしれない。
可愛いと見惚れられることが多いが、それを恋情と勘違いしてしまうのが、私の悪い癖だ。
……自分が可愛いと、困っちゃうな。
とにかく、それ以来、私は思い上がらないようにしたのだ。
可愛いと見惚れられることと、好かれることは、必ずしも同じではない。学習したのだ。身をもって。
だからルークとも節度ある友人関係をつづけているのだけど……傍から見たら信じて貰えないようだ。
「仮にルーケンフォード様が私のことを選ばれたとしても、私はイーサリオンを継ぐことを選びますわ」
「またまたぁ!ルーク様に好きだと言われてしまったらその気持ちも変わってくると思いますわよ」
「そうですわ!あれだけの美丈夫なのですから!!」
傍から見たら私とルークはお似合いらしい。だけど、ルークも私も感情のある人間だ。事実と違う話を広められるのは気分が悪い。
この話の向きをどう変えようか迷っていると凛とした声が上がった。
「カノン様がそう言っているのですから。下手に詮索するのはおやめなさい」
スンっと少し冷たい声音で言ったのは、ミネア・モルヴェイン令嬢だ。少し盛り下がってしまった空気を取り戻すようにシレイナ様が滑らかに話題を変えた。
ホッとしながら紅茶を飲む。
ふと顔をあげると、ミネア様と目が合った。
睨まれている、というより値踏みされている。そんな視線。
私がお礼も込めてニコリと微笑むと、ミネア様はツンと澄ましてお菓子に手をつけた。




