42.可愛いと言われて、はや六年
くるりと周り、ドレスをつまむ。
反対方向に体を向け後ろを振り返る。
頬に両手を添え、こてんと首を傾ける。
可愛いポーズをとるのにも慣れたものだ。
私が次々とポーズをとる間、ドレスの着付けを手伝ってくれた侍女達から「可愛いですお嬢様!」「愛らしいですぅ!」「可憐ですわ!」と様々な賛辞を受けた。
私はもう、理解していた。自分がとんでもなく可愛いということを!
「流石はお嬢様ですぅ!ドレスが輝いていますぅ!」
「待ってエミリィ、髪飾りもっとしっかりつけておきましょう」
マリーさんが後ろに周り、エミリィはもう一度櫛を取りに行った。
今日は私の十四歳の誕生日パーティが王都で開催される日。
朝からマリーさんとエミリィをはじめとする侍女軍団にピッカピカにされていた。
この数年でエミリィは本人の希望で王都のタウンハウスに転属してしまった。なんでも王都の華やかな街でショッピングしたいからだそうだ。今では私より王都の事に詳しく、色んな穴場を教えて貰っている。
マリーさんはドレスの着付けがしたいと泣きながら懇願されるので、こういう大きなパーティの日は一緒に王都まで行くようにしている。
当たり前だが、今日の私もめちゃくちゃに可愛い。
朝の摘みたてだというアリエステの花。初代聖女様の名を冠する白い小柄な花が、ふわふわに巻かれた髪に散りばめられている。
ドレスは搾りたての牛乳のようにほんのり色味のある乳白色。だが、袖口と裾からアリエステの花を模した細やかな刺繍が金色の糸で織りなされ、光の加減でふんわりと黄色く見える。
「アリエステの花がテーマのドレス、とてもお似合いです。まさに聖女様と言っても過言ではないほど神々しいです!」
「お嬢様の可憐さが引き立っていますぅ!!可愛すぎますぅ!」
やんややんやと持ち上げられ、鼻が高い。
まぁ、可愛いと言いたくなる気持ちもわかる。
だって、今日の私は特別に可愛いから!
「ありがとうっ」
今日のエスコートをしてくれる父様は迎えに来た途端に崩れ落ちた。
「今年のカノンも最っっっ高に可愛いよ!!!!!あぁ!私の娘がこんなに可愛い!!!!今日という日に感謝しなければ!!!」
似たような台詞を毎年聞いている。
父様から与えられる愛情は留まることをしらない。今年も沢山のプレゼントをもらった。
その中の一つがこのドレスだ。
父様は黒を基調とした出で立ちだったが刺繍の意匠は同じアリエステの花だったし、胸元にはアリエステの花で作られたコサージュを着けてくれている。今年もお揃いだ。
父様の後ろでリュートさんが映像石で私達の様子を映しているのを感じる。
そうか、誕生日だから。
実は父様は「映像石使用禁止令」をお爺様から出されている。私がドレスを着る度に映像石に残そうとする父様だったが、映像石は出費が重む。「貴重な魔導具をくだらん事に使い回るな!」とお爺様の雷が落ちるのももはや必然だった。
ということがあって、父様が映像石を使えるのは私の誕生日や、大きなイベントがある時だけなのだ。
きゅるん、きゅるんと映像石の効果範囲内で可愛いポーズを取る。
どうすれば可愛いかもしっかり研究済みだ。この映像石はかなり出来がいいかもしれない。未来の私が見たら感嘆するだろう。
一通りポーズを取り終え、満足した私は父様と会場へ向かった。
誕生日パーティは早い時間からはじまる。
十四歳とは言えまだ子どもだ。子どもは夜のパーティへの参加資格を基本的に持たない。
フェリシア様やルーク様なんかは顔見せのために出席させてもらっているという話だが、私はその必要性もない上に父様にまだ早いと止められている。
ホールへの扉の前では、アズールが待機していた。彼は裏方だ。パーティがつつがなく終わるように、目立たないように場の進行を行う。
「見て、アズール!私、可愛い?」
くるりと回って見せればアズールは笑顔でパチパチと手を叩いた。
「はい。とても可愛らしいです。美しいと言った方が正しいかもしれません」
「ありがとう!」
アズールに褒められるのは一際嬉しい。
簡単に言葉を交わして、待機場所に立つ。
「準備は良いね?カノン」
「うんっ!」
ホールへの扉が開かれる―――。
主役の登場にホールには感嘆のざわめきが響いた。
父様にエスコートされて中央に歩み出れば全ての視線がこちらに向いている。
私は父様と中央で立ち止まる。
「本日はご多用のところ、このようにお集まりいただき、誠にありがとうございます。
本日は、我が娘、カノンの十四歳の誕生日です。ささやかではございますが、この良き日を皆様と共に祝いたく、席を設けさせていただきました。
どうぞ形式にとらわれず、食事と語らいをお楽しみください。
本日の宴が、皆様にとって穏やかで実りある時間となりますように」
父様に続いて、私も声を張る。風に声を乗せる魔法を密かに発動させた。
「今日は、こんなにも素敵な時間を用意していただき、ありがとうございます。
たくさんの方にお祝いしていただいて、とても嬉しいです。
皆様も、楽しい時間になりますように」
そう言ってお辞儀をして、にぱぁと私が出せる中で一番の笑顔を向ける。
あまりの可愛さに頬を染めるゲストが多発した事だろう。実際、正面のご令息は私に見惚れてしまったようだ。
可愛いって罪だな……。
拍手と共に誕生日パーティがはじまる―――。
―
――
―――
「このおめでたい場にお招きいただき、ありがとうございます。カノン様」
「ユリウス様!お忙しい中お越いただき、ありがとうございます!」
ユリウス様は少し上等なローブを身にまとい一番に挨拶にやってきた。
祈り子様が出席した場合、王族よりも優先されるのが常識だ。
彼とは定期的にお茶会を開いたり手紙を交換する仲になっていた。色んなお誘いを受けるので、気づけば自然と親しくなっていた。
昔は不思議な人だと思っていたが、この数年で為人を理解すれば、好きな事に全力投球するフェリシアみたいなタイプの人だということがよく分かった。
ユリウス様は父様とも簡単に挨拶を交わすと私の髪に視線を向ける。そして、ふっと柔らかに微笑んだ。
「アリエステの花……カノン様にとても似合っています」
「ありがとうございます」
「お話したいことは沢山ありますが、私が主役を独占する訳にはいきませんね。貴女の未来に女神エリュナの祝福があらんことを」
ユリウス様は簡単に挨拶すると下がっていってしまった。後で会うことがあればまた話そう。
入れ違いにやってきたのは王族兄弟だった。
ルークにエスコートされたフェリシアがパァっと破顔する。
半歩後ろにゼンハルトもいる。
「カノン!お誕生日おめでとう!」
フェリシアは明るい声で。
「おめでとうカノン。今日も素敵だね」
ルークは落ち着いた声で。
「おめでとう」
ゼンハルトはぶっきらぼうに。
次々にお祝いの言葉を贈られる。この三兄弟は相変わらずとても仲良しだ。
私も「ありがとう」と返せば、フェリシアが口を開いた。
「相変わらず可愛いわ!カノン!ドレスもとっても素敵ね!」
「ありがとう、フェリシア。父様がくれたドレスなの」
「まぁ!それは素敵!流石レイン様だわ。とてもセンスが良いです!」
「ありがとう。フェリシア様も淡い色遣いのドレスがとても綺麗だよ」
父様がそう褒めれば、「まぁお上手」とフェリシアはコロコロと笑った。
「ねぇルーク、やっぱりカノンには白が一番似合うわよね?」
急に話を振られ、ルークは一瞬だけ言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「……うん。花の妖精みたいだと思った」
そう言ってルークは頬を染める。
途端前に出たゼンハルトがぎゅうっとルークの腕を引っ張った。
「またお前は兄様を惑わしてっ!」
「惑わしてないですよ」
ゼンハルトは私をルークを惑わす危険人物だと思っているみたいだ。いつも会う度にこのように威嚇をされる。
むしろ色んな意味で惑わされているのは私の方なのに……。
……また変な噂が広まっちゃうかな。
最近、社交の場に赴くと、必ず出てくる頭を悩ませる話題。
はぁとため息をつきたくなるのをグッと堪えて笑顔を取り出した。
挨拶回りは回転が大事だ、三姉弟もそれをよく理解しているので簡単な会話だけで順番を次に譲った。
よくお世話になるご夫妻、パーティで仲良くなったおじ様、よくお茶会をするご令嬢、次々とやってくる人と挨拶を交わす。
こういうパーティでは、どうしても親族の挨拶は後回しになってしまう。クレイウッド一家が挨拶にやってきたのは大分あとの方になってからだった。
「来てくれてありがとう」と、いつもの挨拶を交わす。
「カノンちゃんも今では立派なレディね。私も鼻が高いわ」
「ありがとうございます。これもファインさんのお陰です!」
母親の居ない私にとって、ファインさんは母親代わりのようなものだった。お茶会の付添人をしてくれたり、先達として様々なアドバイスをくれたり、どれだけお世話になったか分からない。父様に相談しにくい事はファインさんに相談しているくらいだ。
「またなにかあったら私を頼ってちょうだい。カノンちゃんの力になれる事なら精一杯お手伝いするわ」
「はい!」
簡単に言葉を交わして別れる。最後に、デインが何か言いたげな視線を寄越した気がしたが、次の人が近付いて来たので私の意識はそちらに向いた。
周囲に気を配る余裕もなく挨拶を受け続けていれば、段々と音楽の音量が上がってくる。
そろそろダンスの時間だ。
空気を読んだ人の波が割れていく。
ホールの中央に歩みを進めれば、父様は静かに手を差し出した。
その手は大きく、迷いなく、とても安心できる。
見上げれば、父様は相変わらずの調子で「はぁ、可愛い〜」と呟いた。
「知ってるわそんなこと!」
ぷんぷんしながら姿勢を整える。
音楽が始まれば、父様は頼れるリードをしてくれる。
ゆるやかな拍子に合わせて歩くように踊り出た。
それは舞踏というより、“導き”の延長だった。
父様の導きに合わせてステップを踏む。
次はこっち。
次は回って。
次はそっち。
父様の導きは正確で、わたしが迷うことなどない。
今までも、ずっと、ずっとそうだった。
父様は私の行く道を、守り、導いてくれた。
私が今この場に立っているのも、頑張れているのも、自分のことを可愛いと思えるのも、全部全部父様のおかげだ。
父様の視線が、どこか遠くを彷徨う。
まるで、私を通してもう一人の誰かを確かめるように。
だが次の瞬間、その目ははっきりと私を捉え、口元が緩んだ。
「……ますますレティに似てきたよ。カノン」
そう言う父様の表情は、とても素敵に思えた。
音楽は静かに終わりへ向かう。
最後の一歩を踏み出し、父様は深く一礼した。私もそれに倣う。
拍手が広がる中で、父様はそっと手を放した。
この手が、私の世界の最初の道標だった。




