41-閑話……?-ユリウス
ある日の夜。
今日も一日疲れたと、伸びをする。就寝する前の時間を使って、私は手紙の確認をはじめた。
一通はフェリシア様からのものだ。
手紙には王城であった些細な事が綴られていた。ルーク様がこの間産まれた子猫を可愛がっているだとか、ゼンハルト様は猫に近づくとくしゃみが出てしまい近づけないのだとか……そういった些細なことだ。私もそんな大層な事はかけていないからおあいこだ。
手紙にはいつものように小説もついていた。今回はレベル20の本らしい。あらすじを見れば、王子様がご令嬢に一目惚れする話らしい。最近同じ題材が多い気がする。はまってるのかな?
「ふふ。フェリシア様は相変わらずだな。こっちは、誰からだろ」
今日私宛にきた手紙は二通あった。フェリシア様以外から手紙が来るのなんて初めてだ。中身を確認すれば、それはユリウス様からのものだった。
「……どうして、手紙をくれたんだろう?」
祈り子様からの手紙ということで少し構えてしまう。ユリウス様には浄化の力が無いとの判定を貰ったはずだ。今更何を話すことがあるというのか。
あの時起こった事を思い出して不安が募る。
勇気をだして中身を確認すれば、それは私が教えてあげた小説が面白かったという内容の感想文のようなものだった。どうやらエリュナ・サンクティア神聖国までの道中で読んでくれたようだ。
「……アルセリオンの聖殿に転属?」
本命の内容がそこにあるような気がした。祈り子様はエリュナ・サンクティアから世界中のあらゆる場所に派遣される。ユリウス様はこの国で働くことになったらしい。教会の事情にはあまり詳しくないが、中心部から離れるのは左遷と言うのではないだろうか……?
まぁ、それはともかく、良ければお茶でもどうかというお誘いのようだ。
祈り子様が、わざわざ私個人に会う理由が思い浮かばない。少し会うのが怖い気もしたが、私は浄化の力がないと分かっている。断る理由もないので今度一緒にお茶をすることになった。
招かれたのは聖殿から少し離れたユリウス様の私邸だそうだ。暖かな日差しが差し込むサロンに案内された。
「カノンお嬢様。お久しぶりですね」
「はい。本日はお招きいただきありがとうございます」
スカートをつまみ淑女の礼。 ユリウス様はにこやかに席を勧めてくれた。
今日は、穢れを纏ってない。
ユリウス様のお姿は清廉で、相変わらず何を考えているのか分からない、不思議な雰囲気の人だという印象だけがある。
お茶会のテーブルにはアルセリオンではあまり見ないデザートが並んでいた。
「エリュナ・サンクティア神聖国からシェフを連れてきていましてね。こちらは故郷でよく食べられているお菓子です。お口に合えばいいのですが……」
やはりユリウス様は食べる事がお好きなようだ。並べられたお菓子一つ一つの雑学を丁寧に話してくれた。
聖女アリエステ様が好きだったとされる焼き菓子や、聖樹を模した砂糖菓子、祈り子様の中で人気の口の中ですぐに溶ける飴細工などなど。どれもエリュナ・サンクティアならではのもののようだ。
珍しいお菓子を、私もパクパク食べてしまった。
「エリュナ・サンクティア神聖国は良いところですよ。カノンお嬢様も一度いらしてみてください」
「そうですね、いつかは行ってみたいと考えてます」
それは本音だった。
昔からよく、敬虔な信者だったクレイトニー婆ちゃんに、人生で一度はエリュナ・サンクティア神聖国に巡礼に行くようにと言われていた。クレイトニー婆ちゃんは何度か足を運んでいたようで、聖都が如何に美しい場所かを語ってくれた。中でも聖樹は幻想的で1度見たら忘れられない程なのだとか。
「エリュナ・サンクティア神聖国を訪れるなら是非私にお声がけくださいね。ご案内させていただきます」
「そんな、悪いです」
「勝手知る者が居た方が色々とお得ですよ?例えば隠れた人気店に案内したりできます」
よく当たる占い屋や、持っていると運気が上がると話題の装飾品店などがあるらしい。
話を聞いていると少し興味が出てきた。
ユリウス様は話が上手なきがする。聞いていてワクワクするような語り口だ。
きっと見た目よりかは歳をとっているのだろうと失礼ながら年齢を聞いてみると、見た目通りの十五歳なのだという。貫禄がありすぎる方だ。
それからもユリウス様は色々とお話してくれた。
「聖女様もカノンお嬢様と同じような赤い瞳をしていたそうですよ」
「そうなんですね」
へぇーそうなんだと意外だった。と言っても赤い瞳は別に珍しいものではない。むしろ多いくらいだ。
さすが祈り子様というところだろうか聖女様についての雑学が多い。歴史の授業では聞けないようなお話ばかりで感心してしまった。
特にアリエステ様とリオン様が所謂ケンカップルと言われる仲だったのは驚きだ。今度フェリシア様にも教えてあげよう。
「カノンお嬢様。少しお願いがあるのですが……」
「なんでしょうか?」
「もう一度浄化の力があるか確認させてもらっても良いでしょうか?」
「えっ」
それはもう終わった話だと思っていた。ビクリと体が跳ねる。
やはりあの時起こった穢れが聖樹に吸い込まれる現象はまずかったのだろうか……?
不安に思ったが、私は一度浄化の力がないと判定を受けている。断れば不審に思われるかもしれないし、断る理由も思いつかなかった……。
「今回はこちらの聖樹の枝を持って、お祈りしてください」
そう言って渡されたのは、この間見たものとは違っていた。
聖樹の枝は磨かれ、宝石のような形になっている。銀細工の台座に取り付けられており、可愛いアクセサリーと言ってもいい。
私は言われた通りに聖樹の枝を持ってお祈りをした。
急などんでん返しが起きませんように。
そう願いながら。
別段何が起こるでもなく、お祈りは終わる。「終わりました」と、聖樹の枝をユリウス様に渡せば、彼もお祈りをし始めた。
「あの……?」
顔を上げたユリウス様はニコリと笑う。
「失礼しました。……やはり、カノンお嬢様に祈り子の力はありません」
ホッとした。あの時は何か特殊な状況だったのだろう。
二回も確認すれば安心する。私に浄化の力はない。ドキドキしたが、今確かめてもらえて良かったかもしれない。
「実は、こちらはカノンお嬢様に差し上げようと思っていたのです」
そう言って、ユリウス様は私の手に聖樹の枝を置いた。
「えっ!いいのですか?」
「ええ。今日お話してくれたお礼です」
「でも、これ貴重な物なのではないですか?」
なんせ聖樹の枝だ。聖遺物の欠片を私のような者が持っていていいものだろうか?
「カノンお嬢様は毎朝のお祈りを欠かさないほどの熱心な信者だと伺っています。そのような方の手に聖樹の枝があるとなれば女神様もお怒りにはならないでしょう。むしろ喜ばれると思います」
ユリウス様が遠慮することはないと言うので、私はありがたくそれを貰うことにした。
「ありがとうございます。明日からこれを着けてお祈りさせてもらいます」
「……えぇ。そうしてください」
お茶会は和やかに終わった。
―――
―――
―――
やはり、穢れで満ちた聖樹の枝は、綺麗に浄化されていた。
カノンお嬢様が聖女であることは間違いない。
ユリウスは自身の執務室ではぁとため息を着いた。
今日お茶会をして、カノンお嬢様とお話をしてよくわかった。
おそらくカノンお嬢様は、自分が聖女だとは思っていないようだ。
何度も聖女という単語を出し、様々なアプローチを試みてみたが、その反応は純粋なものだった。
どちらかといえば、祈り子になりたくないという感情の方が強いようにみえた。
―――伝えるべきか、迷う。貴女には特別な力があるのだと。
『父様と離れるのが嫌だったので……』
その願いはあまりにも細やかだ。調べたところによると父親に引き取られたのは最近で、それまでは孤児だったらしい。彼女はまだ十にも満たない。
世界も穏やかなもので、性急に聖女が必要と思えないように見える。現実を考えればおそらく聖女は直ぐにでも必要だとは思うが、聖女の居ない日常に我々は慣れてしまっている。
自覚のないカノンお嬢様の聖女の力が思わぬ形で露見する事になるのは危険だ。
だが、この事実を伝えたあと、カノンお嬢様がどういう行動を取るのかが分からなかった。
私はまだ彼女を充分に理解しているわけではない。
―――何より、私にもカノンお嬢様を守るだけの力がなかった。
私は浄化の力の強い祈り子の一人に過ぎない。
ならば現状のまま、近くで様子を見守るのが得策と考え、アルセリオンに異動を願い出た。
コンコンとノックの音が響く。
入室を許可すれば、入ってきたのは同僚の祈り子だった。彼女はどこかソワソワとした様子で視線をさ迷わせる。
あぁ。いつものか。
「こ、今夜のお勤めをお願い致します」
「……後ほど伺います」
同僚は礼をして出ていった。
私は祈り子としては強い力を持っている上に、女性に気に入られる容姿をしているらしい。ここに派遣されてからお勤めに選ばれる回数が増えた気がする。
これも必要なお役目だ。仕事を片付け、ユリウスは立ち上がる。
……ふと、疑問が浮かんだ。
カノンお嬢様の母親は、祖母は、曾祖母は、聖女だったのだろうか?
もし聖女がずっと以前から存在していたのだとしたら―――祈り子は―――。
首を振る。
今は考えるのを、辞めた。




