40-閑話-つまるところ、恋
今日の私はフェリシア様にお誘いされて王城に来ていた。
王城には、フェリシア様専用の蔵書庫があるとの事で、見せてもらうことになったのだ。
「人にお見せするのははじめてだわ……どうぞ!」
「お邪魔します」
そこは、可愛らしい空間だった。白い丸テーブルにはティーセットが用意され、壁一面の本棚にはみっちりと本が詰まっていた。本棚は、時折美しい装飾本や造花がディスプレイされてあり、可愛さを演出していた。数台ある回転式ラックにも本がぎっしり詰まっているみたいだ。
右左上下所狭しと並んだこの小説全てが恋愛小説なのだそう。
この世の全ての恋愛小説を網羅する気だ……。
そう思わせるだけの分量がその部屋には詰まっていた。その熱意に感服させられる。
「こっちは愛蔵版でね!特別に作者のサイン入りなのよ!」
「へぇ!凄いですね!」
流石王族と言ったところだろうか。フェリシア様の蔵書庫には貴重な本も含まれているみたいだ。
これだけの読書家なのに恋愛小説以外読まないのかな?
試しにこの間ミステリー小説を貸してみたら、探偵と犯人の妹に恋愛の可能性を見出してキャッキャしていた。そんな描写は全くなかったと思うけど、フェリシア様の話を聞いていると、「あれ?あの二人。恋人関係だった?」と錯覚してしまう。熱意を持った人の語り口には不思議な引力があるみたいだ……。
「いいですね!私もこういう部屋作ってもらおうかな?お気に入りの魔術本やアクセサリーを並べて!でも、うちには図書館があるからなぁ……」
「いいわね!もし作るようなら私を招待してちょうだい」
そんなことを話しながらフェリシア様の蔵書庫で色んなお話をした。今日は蔵書庫に案内されたという事で小説に関する話題が止まらない。
「やっぱりメイはカルクの気持ちに気付いていると思うのよ。でないとカルクのうっとおしい程のお誘いにYESと応えないわ!」
「あれだけ情熱的にお誘されたら誰だって気づいちゃいますよね!」
今話しているのは新聞の片隅に連載されている小説についてだ。村娘のメイと幼なじみのカルクの物語。恋愛と言うよりかは笑いを狙いにいったような描写が多いユーモア溢れる作品だが、カルクとメイの恋の行方にときめくファンも多い。フェリシア様もその一人だった。
「カノン様はどう思う?カルクみたいな人の事!」
「うーん。正直、誘う勇気があるなら『好き』って言っちゃえば良いのにって思いますね」
「やだぁ!それを伝えられないからもどかしくて良いんじゃない!」
キャッキャとフェリシア様はご機嫌に笑う。フェリシア様は本当にこういう話が好きだ。
でも、そう言えば、彼女本人の恋のお話というのは聞いたことがなかった。
「フェリシア様は恋してないんですか?」
小説では女の子のお友達同士がお茶を囲んで恋の話をするのが常だ。憧れた訳では無いがちょっと気になったので聞いてみた。
「えぇ!今はまだ、ね!私は運命的な恋をする予定よ!よ・て・い!」
そう言ってフェリシア様はうっとりと手を組んだ。
「出会いは薔薇園の中がいいわ!真っ赤な薔薇の中で出会って、お互いに見つめ合うの!そしてゆっくり愛情を育んでいって、二人で幾つもの愛の試練を乗り越えるの!そしてまた、薔薇園の中で告白されるの―――!!きゃーーー!!」
フェリシア様は頬に手を当てながらブンブンと身体を揺らす。
「だから私お見合いは受けないの!でも薔薇が咲く季節には毎日薔薇園に通うことにしてるわ!!今のところ目ぼしい人には会えていないけど……」
すごく積極的に場数を増やしているんだなと思った……。
自分の恋のシチュエーションにまでこだわりがあるなんて……少し行き過ぎているのではないだろうかと思ったが、口にはしない。フェリシア様があんまりにも楽しそうに話しているから。
実現は難しいかもしれないが、彼女の恋が小説のような物になればいいなと思う。
「それよりカノン様よ!どうなの!?カノン様は、恋、しちゃってるの!?」
「えっ」
しまった。墓穴を掘ってしまったらしい。確かに聞けば、聞き返されるよねと、諦めて恋について考える。
恋、恋……恋、か。
あまりピンとくるものはなかったが、ふと、いつも穏やかに私を呼ぶ声が脳裏をよぎった。
どうして今、彼、なのだろう。
かぁぁと頬に熱が集まっていく。
誤魔化すように私は紅茶を口に含んだ。
「私は……よく、分かりません」
その言葉に、フェリシア様は意味深に微笑んだ。
まるで、私だけが知らない物語がもう始まっているみたいに。
―――
―――
―――
「カノン嬢!」
タタッと走りかけてきたのはルーケンフォード様だ。
「こんにちは」と挨拶する。
彼に呼び止められるのにもだいぶん慣れた。
不思議と、フェリシア様と会う後はいつもこのように呼びかけられていた。
「姉上の蔵書庫に招待されたんだって?」
「はい。素敵な蔵書の数々でした」
「姉上は自分の好きな物の話しかしないからつまらないだろう?」
「そんな事ありません。いつも新しい視点を提供してくれるので新鮮ですよ?それに、ちゃんと私のつまらない話も聞いてくれます」
フェリシア様とは考え方がとても近い。価値観が合うというのだろうか、好みや性格は違えど一緒にいて気を張ることがあまりない。間違いなくお友達と言っていい。はじめは仲良くなれるか不安に思っていたが、今思えばとても良いご縁だった。父様とフェルディナンド様には感謝しないと。
そんなことを考えていたらルーケンフォード様が口を開いた。
「実はさ、王城の飼い猫に子猫が生まれたんだ。見ていかない?」
ルーケンフォード様とは軽くお話するだけの時もあれば今回のようにお誘いをしてくる時もある。
正直今日は明日の課題をこなすために早く帰りたい気持ちもあるが……王族との関係を無下にはできない。「少しなら」と曖昧に微笑んだ。
「か、か、か、可愛い〜〜〜!!!」
「だろう?」
ルーケンフォード様に連れられてやってきた王城の一室で、私は思わず叫んでいた。
何だこの愛くるしい生き物は!!子猫なんてはじめてみたがミャーミャーと鳴きながらヨチヨチ歩いてくる姿に胸を鷲掴みにされてしまった!!可愛い!!
「こっちがメイで、こっちがカルクだ」
「えっ?もしかして名付けって……」
「気づいた?ふふっ。もちろん姉上だよ。トランプ勝負で名付けの権利を争ったんだけど、僕は負けてしまったんだ」
ついさっき聞いた小説の登場人物名に少し笑いそうになってしまった。王族姉弟達は仲が良いなと思う。フェリシア様の手紙にもよくルーケンフォード様やゼンハルト様の名前が出てくる。
「本当はもう1匹居たんだけど、ミネアが羨ましがったからあげたんだ」
「ミネア?モルヴェイン侯爵家の?」
「そう」
ミネア・モルヴェイン令嬢。私も何度かパーティでお会いしたことがある。とても明るい雰囲気のご令嬢だ。前にお披露目パーティでダンスを申し込んできたネフェル様の妹君だ。
「モルヴェイン侯爵家の方と仲がいいんですね。ネフェル様とも幼なじみだと聞いています」
「そうなんだ。ネフェルは僕の側近候補だからね。昔から一緒に居ることが多いよ」
そう言いながらルーケンフォード様は子猫を持ち上げた。その姿は手馴れた様子も相まってか一枚の絵画のように美しい。
相変わらず綺麗なお顔をしているなぁ。
私はよく可愛いと言われる可愛い顔をしているが、ルーケンフォード様は整った美しい顔をしていると思う。ご令嬢にも人気があるというのにも頷ける。
「ほら肉球のところなんてぷにぷにだよ?」
そう言ってメイの前足を持ち上げてくるので、恐る恐るぷにぷにしてみる。なんだかマシュマロのような弾力だ……!
「〜〜!可愛い〜!」
無意識に声が弾んでいた。思わずわしゃわしゃとメイを撫でると彼女は嫌がってか、噛む動作をする。そのお口すらも可愛らしい。
ニヤニヤしながら顔を上げると、ルーケンフォード様がこちらを見ていた。
バチりと目が合う。
ふわりと、ルーケンフォード様は微笑んだ。
その視線の柔らかさに、なんだか見てはいけないものを見てしまったような、そんな気がして目を逸らす。
「ル、ルーケンフォード様は猫がお好きなんですね」
気恥しさを誤魔化すように話題を変えた。
「そうだね。猫だけじゃなくて動物ならなんでも好きだよ。もふもふしてるし可愛いよね」
ルーケンフォード様と動物……すごく相性が良さそうだ。一緒にいる姿は拝みたくなるほど似合っていた。
「……ねぇ、カノン嬢」
「はい」
「良ければ、僕のことはルークって、呼んでくれないかな?」
ルーケンフォード様はメイを放してポツリと呟く。
「えっと……それは、とても恐れ多いと言いますか……」
愛称で呼ぶ。それは親密な関係である証。最近フェリシア様に借りた本の内容を思い出す。
愛称で呼ばれたがるというのは、好意の現れだという。
「ダメかな?」
不安そうな目をしながら、ルーケンフォード様は言葉を続けた。
「……僕、君ともっと仲良くなりたいんだ」
その言葉にどきりと心臓が跳ねる。
……それは、特別、ということなのだろうか……?
「ネフェルやミネアも、仲のいい人は皆そう呼んでくれるんだ。是非、君にもルークって呼んで欲しい」
あ、あぁ!そうなんだ!
恥ずかしい思い違いを起こしそうになって首を振る。恋愛小説の読みすぎだろうか、考えすぎてしまったみたいだ!
私だけ特別なんて事ある訳ない!
ルーク様はたまにお話する程度の私をお友達と認識してくれているのだ。
そこに深い意味なんてないはずだ。
ふーっと気持ちを落ち着ける。
「愛称をお許しいただき嬉しいです。公の場でお呼びするのは恐れ多いので、私的な場では―――ルーク様と、お呼びししても良いでしょうか?」
「……!うんっ」
ルーク様はとても嬉しそうに微笑んだ。
―――
―――
―――
「言ってしまった……」
赤らむ頬を押さえ、ゴロゴロとベッドの上を転がる。
自分しかいない自室でルークは悶えていた。
『ルーク様と、お呼びししても良いでしょうか?』
少し恥ずかしがったような声音で、彼女は僕の愛称を呼んだ。
それだけで飛び上がるほどに嬉しい。こんな風にニヤける顔など、恥ずかしくて誰にも見せられないっ……!
彼女の事を知れば知るほど、この想いは深くなる。
愛らしい仕草も、可愛らしい声も、たまに見せる少し困惑したような顔も。
なにもかもが、好きだ。
本当はもっと―――気軽に話せるようになりたい。デイン・クレイウッドと軽口を叩き合う姿を羨ましく眺めたのは記憶に新しい。
それでも今日は一歩近づけた……!
―――あぁ。やっぱりこれは恋だ……!
「ルーク!それは恋よ!!!」
それは僕がカノン嬢に初めて会ったその日。
夕食の後、姉上と、ゼンと三人でカードゲームをしている時だった。
「「……」」
―――また始まった。
僕は隣のゼンと呆れ顔で頷き合う。
姉上は恋愛小説狂人だ。男女の恋愛が好きで、そういった題材の物語を読み漁っている。
別にその趣味にどうこう言うつもりはないが、姉上の悪いところは現実に小説のような話を期待するところだ。侍女や騎士の中でお気に入りの組み合わせの男女を見つけると勝手に恋人という設定で妄想を始める。事実無根の。
少なくとも人前で暴走しない点は王女として立場を理解している……のだろうか?まぁ、それでも、僕とゼンしかいないこう言う私的な場では全く隠す気がない。
今回のきっかけは僕の言葉だった。姉上の今日のお茶会の相手、カノン・イーサリオン嬢の話になった時だ。
「カノン嬢は天使みたいで、すごく綺麗だった。魔法も堪能だったし、あんな才能が僕も欲しいよ。僕もまた会いたいかもね」
何気なくそう言った途端、姉上が叫んだ言葉が冒頭だ。
「恋って……別にそういうのじゃないよ」
「姉上。何でもかんでも恋愛ごとに持っていくのはやめてください」
僕はげんなりしながら呟く。ゼンも僕を後押ししてくれるようだ。
「だってルーク気付いてる?貴方が自分から今みたいな事言うのはじめてなのよ???しかも女の子に」
「そうかな?」
「そうよ!!」
「でも、カノン嬢にはちょっと会っただけだよ?それで恋だなんて」
「つまるところ、『一目惚れ』ってことでしょう!?」
姉上は近くにあった小説本のページをすごい勢いで捲った。
「ほら、よく見て、ココ!」
そう言って姉上が指差す文面には『一目惚れとは、相手の外見や雰囲気、第一印象に強く心を掴まれ、理屈より先に「もっと知りたい」「近づきたい」「自分のものにしたい」という衝動が湧き上がることだ。』とあった
ページがすぐ出てくるところに恐怖するべきだろうか……。
「綺麗だって思ったんでしょ?」
「うん」
「また会いたいって思ったんでしょ??」
「うん」
「もっと知りたくなっちゃったんでしょ???」
「うん?……うん?……?」
綺麗だとは思った。素直にまた会いたいとも。ただ、知りたくなったかと言われるとそうではない気がした。
「落ち着いて考え直してみなさい?カノン様が傍に居たらどう思う?」
あんな綺麗な子が自分の傍に?
「ちょっと、嬉しい、かも?」
「ほら!!傍にいると嬉しい……つまり欲しいってことよ!!一般的にはそれを『一目惚れ』と呼ぶのよ!!!」
バンバンと本を叩きながら姉上は言い切った。
光を背負った彼女の姿を思い出す。柔らかな髪を、赤い瞳を。あの一瞬の光景が思った以上に鮮明に思い起こされて驚いた。
少し、確かに……いつもとは違う感覚……なのか??
「そう、かも、しれない……!?」
僕は、カノン嬢に一目惚れしていた……!?
「えぇっ!?兄様!?気を確かに持ってください!!!姉上の話に飲まれてますって!!」
ゼンが言っている事も正しいような気がしたが、本当に何故だか、カノン嬢の事を考えるとムズムズするような、モヤモヤするような、そんな不思議な感覚になるのだ。
こんな感覚ははじめてだ。
これが、恋???
よく分からないが、いつもとなんだか違う、気がする。その違和感だけが残った。
カノン嬢のお披露目パーティが開催されると聞いたのは、そんなモヤモヤが少し落ち着いた頃だった。
薄れていた違和感が、カノン嬢の話になると再び熱を持って沸き起こる。
―――確かめてみたい。
彼女に会えば、この気持ちの答えがわかる気がした。
参加の資格は無かったが、父上にお願いすれば二つ返事で招待状をもぎ取ってくれた。
「えぇっ!?兄上、本当にどうしちゃったんですか!?!?」
ゼンハルトは理解できないと喚く。
僕だって理解できない。
でも、何かがあるのだ。
お披露目パーティ当日。
彼女を見つけた瞬間、周りの人混みが、まるで気にならなくなった。世界の時間がゆっくりと流れているようだ。
それだけ僕の視線は彼女に釘付けだった。
その姿はやはり”天使”と例えるのに相応しい。
華美ではないが、可愛らしい。
柔らかな金が布に溶け、動くたびに淡く揺れる。
そっと守られている温かな光のよう。
少しぎこちない笑顔が、あの初めて会った瞬間の驚いたような、安堵したような表情と重なる。
あの愛らしい少女の視線を、笑顔を、全部全部僕のものに―――。
―――欲しい。
ストンッと、感情が降りてきた。
その感覚に、何故か覚えがあった。
あの日、あの時、天から降りてきた天使に―――あれは“綺麗”だと思っただけじゃない。
あの時、確かに、欲しかった。
ならば僕は、あの瞬間に一目惚れをしていたのだ。




