4.急展開
「……え?」
朝。目が覚めると私は混乱に見舞われた。何故か起きたら師匠の顔が目の前にあったのだ。スースーと静かに寝息をたてる師匠は私を抱え込むようにして寝ており、ちょっとお酒の匂いがした。
師匠を起こさないようにそうっと抜け出す。ベッドには長い黒髪が散らばっていた。
私のまず一番のお仕事が師匠を起こす事だと思うんだけどいいのかな。というか、なんだろうこの状況は。乙女の部屋に入り込むなんて。警備に突き出されても文句は言えないぞ。私ももう八つになっているのだ。いっちょ前に羞恥心もある。
まぁ私も買われた身だし、師匠の所有物の一部という考え方なのかもしれない。
時計を見ると朝の五の刻をまわったところだ。私は朝はしっかり早起きできるいい子なのだ。
クローゼットを開け、昨日リュートさんが選んでくれた服を取り出す……取り……だ……。
ちょっとこのクローゼット高くない?八歳の子供向けサイズではないよね?
私は昨日習った浮遊魔法でふよふよ浮いてハンガーを取った。
ばさりと寝間着を脱ぎ薄紫色のワンピースに袖を通す。
髪を簡単に梳くと、鏡台の前に座った。クレイトニー婆ちゃんの女神像を前に起き、朝のお祈りを始める。
クレイトニー婆ちゃんはとてもとても信仰深い人だった。毎朝のお祈りは欠かさないし、女神像があるところがあれば必ずお祈りをしていた。
クレイトニー婆ちゃんはずっと言っていた。私の血筋のお祈りには特別な力があるのだと。だからお祈りを欠かしては絶対にいけないと、そして誰にもこの事を言ってはいけないと口を酸っぱくして言われたものだ。
私も習慣としてお祈りはしているが、だからと言って特別な何かがあると感じたことはなかった。お祈りはお祈りだ。
女神様〜私はお貴族様に買われてちょっとリッチな生活を始めました。見守っていてくださいね〜。
お祈りをして顔をあげる。女神像は倒れないように鏡台の上に寝かせておいた。
「信仰深いのだね」
「わっ!びっくりした!」
声をかけられて振り向くとすぐ後ろに師匠が立っていた。
「……レティシアも毎朝お祈りをしていた」
「母様?」
「あぁ。これは私がレティシアに贈った物だ」
師匠は母様のネックレスをそっと撫でた。昨日の様子から、もしかしたら師匠は母様の事を知っているのではないかなと思っていたが、当たりだったみたいだ。師匠は屈んで私と目線を合わせると真剣な顔で見つめてくる。なんだろうと首を傾げる。師匠は目の前で何かを言おうとして辞めるという口パクを繰り返していた。
ようやっと意を決したのか改めてじっと私を見ると口を開いた。
「……カノン、君は私の子らしい」
「……えっ?」
「血縁関係を調べられる魔道具があってね。昨日君の髪の毛を貰って調べたんだ。私は君の父親だ」
「ちちおや……」
「あぁ」
何を言われたのかとポケっとしていると、師匠はぐしゃりと顔を歪めてぎゅうと私を抱きしめた。
「すまない。私は君の存在を知らなくて……。苦労をさせたね。ずっとレティシアのことは探していたんだが……まさか身篭っていたとは……」
頭がついて行かない。えっとつまり、師匠が母様の知り合いで、私の父様で?え?ホントに言ってる?そんな偶然起こりうる?
「私の事を許しておくれ。もう君を一人にはしないよ」
つうと、肩口が濡れている。師匠が泣いているとわかって私はオロオロするしかない。実感がわかないが、師匠に抱きしめられているのは悪い気分ではない。クレイトニー婆ちゃんが死んでから私をこんなふうに抱きしめてくれる人はいなかった。あたたかい腕に包まれて心がほわほわする。
父様。この人が私の父様。
父親というものが存在するのは知っていたが、私にとってはいまいちピンと来ないものだった。昔から側にいるのはクレイトニー婆ちゃんだけ。周りの子に両親が居るのを羨ましく思いながら私はずっと暮らしていた。母様が死んで、クレイトニー婆ちゃんも死んで、父親になんか会えることもないだろうと思っていた。
おずおずと抱きしめてくれる師匠―――父様の背に手を回す。父様はしゃくりをあげ始めてしまった。ぽんぽんと背を撫でると抱きしめられる力が強まる。
実感はわかないし、まだ現状についていけてないし、そうなんだぁとしか思っていないが、多分つられてしまったんだろう。ちょっぴり涙が出てきてしまった。
こんなにも大事だと全身に伝えられて、一人にしないと伝えられて私は嬉しかった。
きっと女神様が私達を出会わせてくれたのだ。
これが特別なお祈りの力なのかもしれない。




