39-閑話-どんぐりの背比べ
長く、横流しに結われた淡茶色の髪が揺れる。苛立たしげに細められた黄緑色の瞳が私の手元を覗き込む。
「だからぁ、こっちは単体発動すればそれでいいだろうが。わざわざ新しく陣を作ってまで複合にする必要ないだろ。よく使う魔術ならまだしもこんな使い所の少ない陣に時間かけて、馬鹿じゃないのか」
「こんなの作るのにデインは時間をかけるの?すぐできるんだから魔力消費量を考えて新しく陣を作った方が効率的よ。そんなことも分からないの?いや、できないの?」
「別にできないとは言ってないだろ?時間の無駄だって言ってるんだ。やる意味を見いだせない」
「だったらデインはそうすればいいだけじゃない。私のやり方に口出ししてこないでよ」
イーサリオン領本邸の東棟。
図書館の一角で本を広げた私は、遊びに来ていたデインと言い争っていた。
公的な図書館であればうるさくすれば怒られるかもしれないが、ここはイーサリオンの私的な図書館。主の娘とその従兄弟がうるさくしても咎めるものはいなかった。利用者からは和やかな視線が向けられている。
「えぇ?なんでそこにluxを入れるんだ?普通aelだろ」
「もぅ!aelはこれから入れるvecと相性悪いからわざわざluxを入れたの!」
「vecで制御するよりかmot制御した方が絶対いいだろ。ほら。めんどくさくなるんだから単体制御にしとけって」
「うるさいなぁ!vecでできるもん!」
走り書きした魔法陣の構想にデインはいちいち茶々を入れてくる。私はデインの言い分は全く聞かずに陣の構想を書き上げた。
「ほら、これなら文句ないでしょ!」
キンっと構想通りの魔術陣を組上げ、発動する。私の姿は周囲に溶けて見えなくなった。
『成功ね!』
そうは言ったが、デインには音も聞こえないはずだ。
デインはムスッとした表情で紙に何かを書き付けている。
覗き込めば、私が今作った『姿を見えなくして声も聞こえなくする魔術』を看破する術を組んでいるようだ。
「打ち消し」
デインは短縮詠唱で陣を発動する。瞬間、光がデインの陣から溢れ、私の魔術は打ち消されてしまった。
まぁ今回の術には打ち消し対策までしてなかったので仕方ないといえば仕方ないが、せっかく作ったものをすぐに壊されてちょっとご立腹だ。
「性格悪っ」
「どこがだよ!!対策組み込めば良かっただろ」
「別にそこまでする必要はないじゃない。デインは暗殺者にでもなるつもり?」
「んな訳あるか。でも対策組み込んだ方が凄いじゃん」
今回父様に出された課題は「隠蔽」だ。特に指定なく、人に気づかれなくなるような魔術を考えておいでと言われていた。
魔術を自力で組み上げるのは技術、知識、発想力、論理的思考力なんかが必要になってくる高度な技術だ。
こうやってホイホイ魔術を組み上げできるのは、相当な修練を積んだ魔法使いである証拠だ。……デインもなかなかやるようだ。
「対策組み込むならやっぱり複合で陣張った方がいいじゃない。調和が取れて壊れにくくなるわ」
「でも検証含めたら並列単体制御の方がやりやすいって」
そう言ってデインは幾つかの陣を張り出した。
「Let the light diffuse, let the sound be silent, draw straight lines ―――」
「Light diffusion, sound quiet, reinforcement reinforcement reinforcement……」
デインは何回か検証した後、3つの単体陣を使って、姿と声を消してみせた。打ち消し対策も込だ。
「詠唱すっごく長くなってるじゃない!!かっこ悪いかっこ悪いかっこ悪い!!」
そう悪態をつきながら、こちらも看破陣を組む。デインが発動したのは看破対策込の魔術だが、詠唱を聞いていれば隙も見つけやすい。いくつか検証をした後に、ようやくデインの術を破ることが出来た。
「ほら見ろ。俺の検証回数の方が少ない!!」
フンッと威張るデインを睨みつける。
「メリットデメリットがあるのはしょうがないでしょ。物事には使い所ってものがあるの!!もうっ!!!アズールはどう思う!?」
私達の背後で静かに経緯を見守っていたアズールに話を振る。
「ここまで来るともはや好みの問題かと」
そう言ってアズールは肩を竦めた。無難な応えだ。流石アズールはどちらも立てる選択をしたようだ。
「言ってやれよアズール。正論で詰められてるからってこちらに助けを求めてくるのはやめてくださいって。ほんとめんどくさいヤツ」
「はぁ!?アズールはそんな事言わないわ!」
言い争いは止まらない。
デインと居るといつもこんな感じだ。特に魔法の事を議論してる時は拍車がかかる。
デインは私には及ばないが世間的にはとても高い魔力を持っている。知識も技量も実力も、悔しいが私に匹敵すると言っていい。
だからこそ言い合いがとまらない。
「なによぅ!私より小さいくせに」
「はぁぁ???」
それはずっと思ってたこと。
私が歳の割に背が高めなのと、デインが小柄なのが相まって私たちの視線は同じくらいだった。いや、むしろ私の方が背が高い。
勢いに任せていたら口から出てしまった言葉だったが、デインは気に障ったのか真っ赤になって怒り出した。
「ちょっとそこ立て!!」
「なに?図星つかれて悲しいの?」
グイグイとデインに腕を引かれて背中合わせに立つ。後ろから感じるデインの身体ははやはり私と同じくらいの身長だった。
「「どっちが背高い!?」」
二人でアズールの方を向いて同時に叫んだ。
「忖度なくこたえろよ!?」
「何必死になってるの?やっぱり自信無いんだ。うぷぷ〜」
「は?うるせえし!」
アズールはじいっと見比べて、気まずそうに目を逸らす。
「……私には同じに見えます」
「ダメだ!アズールは優しいから気を遣っちゃう!」
「もっとズバッと言ってくれるヤツいないのか???」
「いえ、本当に同じくらいでして……」
きゃんきゃんと言い合いを続けるが、どちらの背が高いか問題は解決しなかった。見かねたアズールがそろそろおやつの時間ですよと話を反らすので、仕方なく私たちはおやつの用意されているサロンに向かった。
なーぁんて、アズールは気を反らせたと安心したようだが、実は私たちの熱は収まっていない!!
今度はサロンで待っていた父様に詰めよった。
「父様!!」
「叔父上!!」
「「どっちが背が高い!?」ですか!?」
「私よね!」
「俺ですよね!?」
父様は一瞬驚いた表情をしたが、ふむと人差し指を持ち上げた。
「どちらの身長が高いか判別する陣を作ればいいじゃないか」
ギンッ。鋭い視線がデインと絡む。
それからは、おやつそっちのけで夢中になってどちらの身長が高いか判別する陣を作った。
父様はニコニコしながら私たちが陣を作るのを見ていたが、たまに私たちの顔がくっつきそうになると「近いよ」とデインの髪を引っ張っていた。
「出来た!」
父様もアドバイスをくれたので、そんなに時間もかからずに陣は完成した。
公平性を保つために父様に陣の発動をお願いする。
私とデインは横並びに立った。
「では行くよ?」
父様がパチンと指を鳴らせば頭上から光の層が降りてくる。この層は物に当たればその点に収束し光り輝く。つまり、頭上に光が集まれば先に当たった方―――背が高い方という事だ。
ドキドキしながら降りてくる層を待つ。
光は止まり―――私の頭上で輝いた!
「ほら見なさい」
「そ、そんな……。まて?女の靴はちょっと踵が高いんじゃないか??」
「はぁ??」
デインはとてもショックを受けていたが、すぐにまたきゃんきゃんと抗議し始めた。確かに今日の靴はちょっとヒールが高め……かもしれないけど……。
「公平を重んじるなら靴は脱ぐべきだ!」
靴を脱いでもう一回という話になり、もう一度父様に魔術を使ってもらう。光の層は―――今度はデインの頭上で輝いた。
「ほら見ろ!やっぱり俺の方が背が高い!!」
「なによ!!つまり数ミリの差って事でしょ!!」
なんて細かい奴だ!!デインは満足そうに胸を張っていた。たった数ミリの差しかないのに。
「まぁ、私は大人だからね。今回はデインの方が背が高かったって事でいいよ」
「なんだ?負け惜しみか?」
フンッと私はそっぽを向いた。
魔法使いの間では、実用上差のない比較を「どんぐりの背比べ」と呼ぶ。理論的には同格。
でも私は、このくだらない勝負が嫌いじゃなかった。
―――
―――
―――
「今日はイーサリオンに行ってたんでしょう?カノンちゃん元気そうだった?」
「まぁいつも通りだった」
夕食。
家族が集まる場で母さんに話しかけられる。母さんはカノンの事が気に入っているようだ。息子二人しかいないから姪ができて嬉しいらしい。
―――俺の立場が危ぶまれてるのに。母さんは一つも悔しそうじゃない。
笑い声の混じる食卓で、俺だけが別の場所に立っている気がした。
俺がイーサリオンの後継者候補に決まったのは産まれた時だった。俺は兄―――ユーリスより高い魔力を持って産まれた。その事で両親はユーリスをクレイウッドの後継者に指名し、俺は子どもの出来なかった叔父上の―――イーサリオンの後継者候補になった。
このデインという名前は叔父上につけて貰った大切な名だ。
イーサリオンの後継者候補は他にもいたが、俺はその中でも断トツに魔法の才能があった。だから、いつかイーサリオンを継ぐのは俺だと皆思っていただろうし、俺もそれを疑っていなかった。
日々勉学に励み、己を高める事を欠かさなかった。将来のために人脈形成も欠かさなかったし、常に高潔な人間であるよう勤めた。
イーサリオンの名を与えられることは何一つ疑いようがなかった。
―――だが、あいつは突然あらわれた。
カノン・イーサリオン。
俺が欲して止まない名を一瞬で手に入れてしまった、叔父上の子。
その話を聞いた時はわけがわからなかった。
そいつは叔父上の実の娘だという。
そいつは俺と同じくらいの年だという。
そいつは叔父上が認めるほど魔法の才があるのだと言う。
いても立っても居られなくて見定めに行けば、拍子抜けするほど、ひょろっこい女がいただけだった。……よく見たらまぁまぁ見れる顔をしてる。
一言目は自分でもかなりきつい言い方をしたと思ってる。でもそれだけ俺にとっては重要な事だったのだ。
魔法の才能があると聞いていたのだが、使えるのは基礎魔法の応用だけだと言う。
―――それだけで、イーサリオンを名乗るのか。
衝撃だった。何故こんなに努力している俺がイーサリオンの後継者から外されそうで、これだけしか魔法の使えない女が後継者なのか。ふつふつと湧き上がる怒りが抑えられなかった。
それからあいつに攻撃魔法を使ってしまったのは、少しやりすぎたと思っているが、何よりショックだったのが叔父上も母さんも俺を叱るばかりだった事だ。俺の努力に見合うだけの同情ひとつもない。
悔しかった。
カノンがイーサリオンの正式な後継者になり、俺は自分で身を立てて行かなくてはならなくなったのに。……別に俺ほどの能力があれば簡単に地位を築くことができる。だから単純に、俺の気持ちなんて誰も考えてくれない。その事がただ悲しかった。
今では感情も落ち着き、あいつがイーサリオンの後継者として励んでいることも、一応は認めている。
それでも、その座への未練は消えなかった。
―――分かっている。イーサリオンの後継者となる1番手っ取り早い方法がカノンの夫になることくらい。
幸いだったのがあいつが女だった事だ。
美しいと褒め、愛を囁き、必要なら演じればいい。好かれさえすれば、それで済む話だ。頭でわかっていても、いざ目の前にすると喧嘩腰の言葉ばかりが口をつく。俺たちはとことん相性が悪かった。―――でも、不思議と悪い気はしないのだ。
あいつがどう思ってるかは知らないが!!!
俺がイーサリオンを継げる可能性はまだある。
カノンが他家に嫁いだ場合だ。そうすればイーサリオンの後継者の枠は空く。あいつが、何処かに嫁ぐのであればイーサリオンの後継者の座は俺のものだ。
それなのに―――あいつが他の誰かと結ばれるのは、どうにも気に入らない自分がいた。
カノンのお披露目パーティで、ルーケンフォード様と踊るあいつを見て胸がざわついた。その姿が綺麗で、お似合いだと囁く周囲の声が酷く不快に感じた。
なにか、なにかしなくてはと焦ってダンスに誘った。遠回しにルーケンフォード様が好きなのかと聞けばあいつは皆が好きだと抜かした。
その言葉に酷く安堵したのを覚えている
……なぜかは、考えないようにした。




