38-閑話-語彙力の爆弾
その日は久しぶりのお休みだった。一日まるっと授業がない。こんな日は珍しい。ということで私は父様と一緒にイーサリオンの街に足を運ぶことになった。
父様と街に出るのは久しぶりだ。ウキウキしている私の気持ちを汲んだのか、マリーさんとチエルさんは私をうんっとお洒落に飾りつけしてくれた。
レース柄が可愛い白いトップスに、黄緑色の爽やかなフレアスカート。白い帽子には白薔薇の造花が飾られ、金髪はふわっと巻いてくれた。
今日の私も尋常じゃないほど可愛い。
今日はアズールとリュートさんも一緒について来てくれるそうだ。父様とリュートさんがお仕事を片付けるのをアズールと一緒に待つ。
「大変可愛らしいです。お嬢様」
アズールは軽く手を叩きながら褒めてくれる。いつものやり取りだ。
普段ならまぁ当然かと聞き流すのだけど、ちょっと今日はそれだけでは物足りない気分だった。
「……どの辺が?」
「どの辺が……ですか?」
「そう。どの辺が?」
アズールはキョトンとした顔で私を見つめてきた。
「みんな可愛い可愛いって言ってくれるけど、私が可愛いことなんて分かってるの!それは空が青いって言ってるみたいなものよ!あたり前なの!!もっと百の言葉を使って私を可愛いって讃えて!」
私は今まで密かに胸の奥に溜めていた鬱憤をはきだした。
可愛いなんてもう分かりきっているのだ!!
イーサリオンに引き取られて一年以上。可愛い、愛らしい、キュート、そんな言葉は億万回聞いた!!言ってしまえば、飽きたのだ。
私の無茶振りにアズールは少し考え込むような仕草をしたが、しばらくすると笑顔で口を開いた。
「それでは、僭越ながらお嬢様が如何に可愛らしいかご説明させていただきます」
恭しく礼をするアズール。
あれ?なんか始まったな?
思ってたのと少し違う展開にとまどう。コホンと咳払いしたアズールはいつも通り真面目に話し始めた。
「まず容姿ですが、手入れされ、サラサラの黄金の髪は窓辺に差し込む日差しと見紛うほどの美しさです。バランスの取れたお顔立ちも麗しく、中でもお目目がぱちりとして大変愛らしい造形をしていらっしゃいます。みずみずしい紅の薔薇を思い起こさせる紅色の瞳は一際印象的で、その視線に何度吸い込まれるかと恐怖したほどです」
アズールはほぼ息継ぎ無しで言い切った。本当に百の言葉を使って私を褒めてくれるみたいだ。
「程よい肉付きの身体も均整が取れており、同じ年頃の女の子の中では一際輝かれているでしょう。仕草も魅力的で、ちょこちょこと歩く姿は雛鳥を彷彿とさせます。こちらを見つめる姿も大変いじらしく、思わずなんでもないのに手を伸ばしたくなります」
なんだか恥ずかしい事を言われているような気もしたが、アズールが言うと不快感は全くなかった。
アズールは私を雛鳥と形容した。彼には毎日お菓子をもらっていたが、もしかして餌付けだと思ってる……??
「本日の装いのお話に移りますが、落ち着いた黄緑色が上品で、お嬢様の魅力を一層引き立てています。天使、妖精、女神……例える言葉はいくつも思い浮かびますが、そのどれにも該当してしまうので、明確にコレといった例えを提示することができません。申し訳ございませんが、こちらに関しては私の落ち度ではなく、お嬢様が素敵過ぎるのが悪いと思います」
その語彙力がどこから出てきているのか不思議なほどだ。アズールは顔色一つ変えずにサラリとした様子で続ける。
「継続的に努力を続けるお姿も大変好ましく思います。お嬢様のような方がこのイーサリオン公爵家の後継者であり、私がお仕えできる事を、心から光栄に思っています」
なんだかとんでもないことを言われているのかもしれない。そんな気分になるスピーチだった。
「ア、アズールって、私の事好きなの?」
思わず出てしまった言葉は恋愛小説で例えるなら不正解の問いだったかもしれない。直球すぎて少しも情緒がない。
「……嫌いなわけがないではありませんか」
そう言ってアズールは微笑む。
その笑顔になんだか心臓が跳ねるような感覚を覚えた。
かぁあと頬に熱が集まっていく。
熱心な告白を受けた物語の主人公はこんな気分だったのだろうか。
「カノン!お待たせ!準備が出来たよ!!」
バタンと入ってきた父様の声にビクリと過剰に反応してしまった。
アズールはなんでもなかったように一歩下がる。その精錬された動作を思わず視線で追ってしまう。
「……どうしたの?カノン?顔が赤いけれど……」
「う、ううん!なんでもないわ!いきましょう!父様!」
私は誤魔化すように父様の腕を引っ張った。
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ある日の夜、アズールは呼び出しを受けていた。主の執務室に入れば、レイン様は顔を上げた。
「よく来たね、アズール」
「はい。如何されましたか?レイン様」
レイン様からの呼び出しは、大抵お嬢様の予定と擦り合わせをするためだ。今回もそうだろうとスケジュール帳を握り直す。
「カノンの明日の予定はどうなっているかな?」
「はい。明日は午前は歴史の授業。午後はレイン様もご存知の通り、魔法の授業の時間となっております」
「午後からという予定だったが少し午前も空いてね。午前から見てあげようと思うんだ」
「それでしたら十一の刻からならば問題ないかと思います。お昼も東棟に二人分お持ちする形に変更しましょう」
「ありがとう。そうしてくれ」
レイン様はにこやかにペンを置いた。
レイン様は昔から私に良くしてくれる。もっと幼い頃は魔法を教えてくれることもあった。こちらに気を使ってくれるし、総じてとても良い主だと言える。
「カノンには負担を強いているね……辛そうにはしていないだろうか?」
「お嬢様は文句一つ言われません。以前、仕事だと思うようにしていると仰っておりました」
「そうか」
レイン様はお嬢様をそれはそれは大切にしている。お忙しい中でも、お嬢様との時間を取ることを欠かさない。以前はよく王都のタウンハウスに泊まられていたが、お嬢様が来てからは必ずこちらに帰ってくるようになった。
お嬢様に来た婚約の打診を鬼の形相で断り続けているとも父さんが言ってた気がする。
「それにしてもアズール。君はカノンと距離が近すぎやしないか?」
空気が冷えた。
気づいてはいた。最近レイン様に睨まれることがよくあった。
「そう……でしょうか?」
お嬢様との距離はきちんととっているつもりだ。
だが、最近はお嬢様から私に触れてくる事が増えた。何か用事がある毎に服の裾をつまれる。可愛いらしい仕草が微笑ましい。
きっと私に慣れてくれたのだろうと、思うことにしている。
「君のことは信頼しているけれど。カノンはイーサリオン唯一の宝だ。そのことを忘れないように。節度ある行動をしなさい。――あの子も、君を信じている。それを裏切るような距離は、許さないよ」
「……肝に銘じます」
―――
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―――
「アズール!」
執務室を後にして、私は予定の変更を伝えにお嬢様の部屋を訪れていた。ナイトウェア姿のお嬢様は風呂上がりなのか、石鹸の香りを漂わせていた。
こんばんはと挨拶して予定の変更を告げると、お嬢様はやったと喜んだ。お嬢様は魔法のお勉強が特に好きらしい。成長も目覚しく、既に私などでは到底追いつけない場所にいる。
「今日のお菓子はなぁに?」
そう言ってお嬢様はあーんと口を開ける。
餌を待つ小鳥みたいだ。
私は毎晩「ご褒美」と称して、このようにお嬢様に手ずからお菓子を食べさせていた。
どうしてこんな形になったのかよく覚えている。
当時のお嬢様はまだお屋敷に来てから日が浅く、私に対しても固く緊張しているようにみえた。だから私は和ませようと、イタズラ半分にお菓子を口に入れたのだ。あの時のお嬢様のびっくりした表情は今でも覚えている。
それが続いて、慣れきってしまったお嬢様は自ら口を開けてお菓子を待つようになった。
レイン様に釘を刺された手前、少し躊躇う。
「どうしたの?」
「……いえ、なんでもありませんよ」
バターの香りがするサブレを近づければ、お嬢様は啄むように受け取った。
唇が指先に触れる。一瞬、息が止まる。
―――悪いことをしているみたいだ。
「美味しいですか?」
「うん!」
サクサクとサブレを噛むお嬢様は破顔する。
今は、その笑顔が見られるのなら、それでいいか。
それは、自分が楽になるための言い訳だった。
「ね、アズール。今日もチェスに付き合ってよ」
「かしこまりました」
いつもと変わらぬ夜だ。
後ろめたい気持ちを胸に秘めながら、アズールはチェス盤の準備をするのだった。




