33.白いマーガレットの裏側
「……はぁ……」
窓の外を眺めながら悩ましげにため息を着くのは俺がお仕えする主ルーケンフォード・ウィン・アルセリオン様だ。
美しい顔をした少年が憂た表情をしているのは非常に絵になる。
「春だなぁ」
「春ですねぇ」
主に聞こえないように小声で同僚と呟き合う。
今日は本当に『春』を感じる1日だった。
本日の任務は、王子殿下の近侍兼護衛。大人しく、賢く、見目も麗しい殿下の傍付き任務は近衛騎士団では人気の仕事だ。二人体制で近衛騎士団の中で持ち回っている。
俺―――近衛騎士団所属ロディルは本日担当の同僚ニコラスとスケジュールを確認し、夜勤の護衛と交代した。今日もいつも通りの1日だ。と、思っていた。
―――午前。
殿下はいつもより少し早く目覚め、身支度を整えたあと、朝食を取られた。
その後はいつも通り剣術の鍛錬と魔法の鍛錬の日課をこなされる。殿下は剣術の鍛錬の相手にと俺を指名してくださったので、失礼のないようにお相手を勤めた。思えば違和感はそこからあったかもしれない。
……?剣筋が乱れている?
僅かな変化だが、分かる者にははっきりわかる変化だった。
「ルーケンフォード様。どこか体調がすぐれなかったりしますか?」
「いいや?大丈夫だ」
体調でも悪いのかとそれとなく聞いてみたが、返ってきたのは笑顔だけだった。無理をしていないかと観察してみたが、どうやら、体調が優れないと言うよりかは何かに気を取られているような様子が見て取れた。
「……はぁ……」
普段はハキハキしていて完璧な王子様であるルーケンフォード様は今日はよくため息ついている。何事だとニコラスと視線を交わす。
「今日のルーケンフォード様はどこか上の空じゃないか?」
「やはりロディルもそう思いますか?」
王子殿下の昼食の時間中。部屋の隅でヒソヒソと話し合う。
「きちんと午前の授業は受けられているようだが」
「王子殿下にしては珍しい」
何か心配事や、悩みでもあるのだろうか。王子殿下の立場ともあればもちろんそういう悩みもあるだろうが、ルーケンフォード様は比較的悩みはすぐに相談し溜め込まない質のお方だ。俺達護衛には聞かせられない悩みだろうか。
スっと口元を拭ったフェリシア王女が立ち上がる。
「今日はお茶会があるから昼食はこれくらいにしておくわ」
「……」
一足先に昼食を終えたフェリシア様の後ろ姿を殿下はじいっと眺めていた。
昼食を終えてから殿下は課題をこなされる時間となった。学習室に入られ学術書を広げる。
「……なぁ」
「はい、殿下」
殿下に呼ばれ俺は顔を上げた。殿下は少し視線を落としたままぽつりと呟いた。
「姉上のお茶会、何時頃終わると思う?」
「「……」」
あーなるほどねぇ!!
俺は思わず笑顔になってしまった。
フェリシア様の来客が誰であるかは、城内では周知の事実だ。
イーサリオン公爵家のご令嬢、カノン嬢。
殿下は何気ない顔を装ってはいるが、分かりやすすぎるほど分かりやすい。イーサリオン公爵家のお披露目パーティに自ら出席を願いでたという殿下の微笑ましい行動は近衛騎士団の中では話題になっていた。
「通常であれば、四の刻ほどかと」
「そうか……」
それ以上は何も言わない。
だが、そのあと殿下は学術書の同じページを三度もめくっていた。
……進んでいないな。
課題に集中できていないのは明白だった。
四の刻が近づいて来ると、殿下は理由をつけて庭園の巡回に出た。
巡回……というより待機、だな。
中庭の入り口から回廊を見通せる位置。人の流れがよく見える場所を、殿下は無意識に選んでいる。
「……」
チラチラとサロンを気にする姿を、俺は見かなかったことにした。
やがて、サロンから人影があらわれる。
淡い水色のワンピース、金色の髪。100人いれば100人が愛らしいや可愛らしいといった感想を抱くだろう少女はトコトコと案内役の後ろをついて歩いていた。
殿下の待ち人。イーサリオン公爵家の一輪花、カノン・イーサリオン嬢。
チラリと殿下の様子を見やれば、ぽぉっと頬を染めまっすぐカノン嬢の姿を見つめていた。
やがて殿下の背筋が、ほんの少し伸びる。殿下は歩き出した。俺たち護衛は意図的に少し遅れて、その背を追う。
呼び止める声。振り返るカノン嬢。一瞬、殿下の表情が柔らぐのが分かった。
……ああ、本当に分かりやすいな。
二人の会話はぎこちなく、それでいて穏やかだった。誘いの言葉を口にするまで、殿下は少しだけ勇気を要したように見える。
中庭に連れ立った二人を邪魔しないように距離を置いてついて行く。
殿下は自然に歩調を合わせ、段差に注意を促す。視線が彼女を丁寧に扱いたいと物語っていた。
まだ幼い二人が寄り添う姿はとても微笑ましい。そして、殿下は感情を隠しきれていない。
話に耳を傾けていたが、家族の話や色の話など可愛らしい話題。俺もニコラスもカノン嬢の案内役だった使用人も子犬のじゃれあいを眺めるような顔をして眺めていただろう。
そして、殿下は白いマーガレットを摘んだ。花を差し出す所作は、あまりにも自然で、女の子ならば間違いなく頬を染めてしまう一場面だろう。
これはカノン嬢も惚れちゃうんじゃないか?
殿下は初恋キラーの異名を持つ美少年だ。今まで無自覚に恋に落として来た令嬢の数はかぞえきれない。無自覚でコレなのだから意図的に行動に移せば惚れない女の子はいないだろう。
と、思っていたのだが、カノン嬢の様子を見れば、照れたり惚けたりした様子もなく淡々としていた。鈍い方なのだろうか……。
カノン嬢がマーガレットの花を耳に差し、くるりと回った。ひらりと水色のスカートが舞い、傍から見ても「可愛いー!」と叫びたくなるような愛らしさだ。
瞬間、殿下が完全に固まった。みるみる顔が赤くなっていく。
……あー……。
これはもう、どうしようもない。カノン嬢の方が上手だ。無自覚に人を落とす才能が。
俺は空を見上げた。今日も平和だな。
夕刻。
殿下は学習室に戻り、再び課題に向かった。
……が、机の隅には、小さく折ったマーガレットの花。
これは長引くな。
――春は、始まったばかりだ。




