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32.白いマーガレット

「それじゃあね。またお手紙を書くわ」

「はい。ありがとうございます。また」

「ええ、また」


 お茶会は名残惜しくもお開きになり、私はサロンを後にした。フェリシア様に手を振られながら、少しだけ胸の奥が温かい。


 楽しかったな。


 本の話をして、お菓子を食べて。王女様という立場を忘れてしまいそうになる時間だった。案内の王城の使用人さんの後に続いて城の回廊を抜け、中庭へと出る。


「カノン嬢!」


 呼び止められ、足を止めて声のした方に振り向く。回廊からかけてきたのは見覚えのある銀髪だった。


「ルーケンフォード様?」


 どうしてここに?


 彼は少しだけ気まずそうに視線を逸らし、それから咳払いを一つした。


「その、君の姿が見えたので……。今日は姉上とお茶会だったと聞いてる。今、帰るところだった?」

「はい」


 頷く。それ以上、どう返せばいいのか分からなかった。

 沈黙が落ちる。ルーケンフォード様はどこかソワソワしたように視線を彷徨わせた。


 何か用だろうか?


 キョトンとしているとルーケンフォード様が口を開いた。


「その、王城の庭は今、春の花の見頃なんだ。……良ければ一緒に見ていかないか?」

「えっ」


 また突然なお誘いだなと思った。この間のダンスのお誘いといい、この人は予測がつかない。チラリと案内の使用人さんを見るとにこやかにどうぞと手で合図された。

 帰りの時間が大丈夫そうなら断る理由はない。


「では、少しだけ……」

「!あぁ!では行こう」


 ルーケンフォード様に中庭の中でも良く手入れされた一角に案内される。距離を置いて、案内の使用人さんとルーケンフォード様の護衛さんが控えている。


「そこ、段差があるから気をつけて」

「はい。ありがとうございます」


 ルーケンフォード様は横でエスコートしてくれる。なんだかアズールと歩いている時みたいだ。


 王城の中庭には春の光が満ちていた。

 手入れの行き届いた花壇には、赤や桃色のチューリップが並び、淡い色の小花がその隙間を縫うように咲いている。全体的に暖色でまとめられているようだ。

 風が吹くたび、爽やかな花の香りがふわりと漂った。

 隣を見やればルーケンフォード様のサラサラとした銀色の髪も陽光を受けてきらきらと揺れている。


「どうかした?」

「いえ、綺麗だなと」

「そうだろう?」


 私は、ルーケンフォード様のお姿が綺麗だと言ったつもりだったが、彼は花壇のことだと理解したらしい。「母上が中庭の手入れには力を入れているんだ」と楽しそうに語った。


「母上はもっと色んな色の花を植えるつもりだったらしいんだけど、姉上が系統色でまとめたいって言ってさ。結局学術のテストでいい点を取ったご褒美にって姉上が自分の案を通したんだって。……ほんと、抜け目ないよね」

「なるほど。フェリシア様、こういった色お好きなんですか?」

「そうだね。普段着とかも赤とかピンクとか多いかな」


 確かにお披露目パーティでのドレスも桃色だったし、今日も品のいいルージュのドレスを着ていた気がする。


「フェリシア様なら寒色も似合うと思うのに」

「そういうの、君から言ってあげてくれないかな。きっと喜ぶから」

「ルーケンフォード様が言ってあげた方が喜ぶと思いますけれど……」

「僕が何言ってもあの人聞いてくれないよ」


 ルーケンフォード様は諦めたように肩を竦めた。


「じゃあ今度寒色のお洋服おすすめしてみますね」

「うん。そうして」


 彼はふふっと上品に笑った。


「カノン嬢はどう?何色が好き?」

「そうですねぇ」


 うーんと考える。何色が好きと言われて普通の人が思い浮かべるのは自分の髪色だとか目の色だろう。だけど私は髪の金色も瞳の赤色もそんなに好きって色ではない。よくそういった色味の服を着ているが、完全にマリーさんチョイスだ。


「白色……ですかね」


 まっさらな白色。いいなぁって思うアイテムは結構白色が多い気がする。清潔でどことなく神聖な感じもする。


「分かるなぁ。汚しちゃいけないって身が引き締まるよ」

「そうですね。混ぜるとどんな色も柔らかい印象に変えてしまえるところも好きです」

「いいな、その表現。素敵だ」

「ありがとうございます。……ルーケンフォード様はどんな色が好きですか」

「黄色」


 即答だった。スパッと言い切った彼は何の迷いもない瞳でニコニコと笑っていた。


「僕、瞳の色すごく気に入ってるんだ。明るい気分になる。あ、かと言って真っ黄色の服は嫌だけどね」

「ふふっ。それは確かに個性的過ぎますね」

「だろう?」


 そう言ってルーケンフォード様は花壇にしゃがみ込む。プチりと白いマーガレットの花を摘み取った。

 いいのかな?と思ったけど、ここは王族の庭。彼が花をどうしようがきっと自由だ。


 ルーケンフォード様は立ち上がると、花を指先でくるりと回した。


「白、好きだって言ってたから。記念に」


 差し出された小さな花は、春の光を受けてやわらかく輝いている。


「ありがとうございます」

「似合うと思うよ。カノン嬢に」


 マーガレットの花……確かに今日の清楚な装いにピッタリだ。私は耳元にマーガレットの花を差し込むと、くるりと、いつものように回った。きゅるっと小さく首を傾げるポーズを取る。清楚な装いに合った少し控えめなやつだ。


「どうですか?」

「……」


 ルーケンフォード様は固まってしまっているみたいだ?

 おかしいな。普通こうしたらみんな可愛いって言ってくれるんだけど。


「……春の妖精かと思った」

「え?ごめんなさい、なんて?」

「……なんでもない」


 ルーケンフォード様はそう言って、照れたように視線を逸らした。

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