31.フェリシア王女とのお茶会(2nd)
「カノン様!お久しぶりね!」
今日の待ち合わせは王城のサロンだ。キャッキャとフェリシア王女が嬉しそうに出迎えてくれる。
「お久しぶりです。フェリシア様」
私は少し沈んだ気持ちを抑えて笑顔を作った。
「この間のお披露目パーティではあんな事があって残念だったわね。とても良いお披露目になるはずだったのに」
「はい……。でも、怪我人が出なくて良かったです」
「さすがレイン様よねぇ!惚れ惚れしちゃうわ!レイン様って、マダムの間でも人気が高いのよ」
「そうなんですね」
それはそうだろう。父様は多分女性の中に放り込まれたら一瞬で囲まれるタイプの人だ。でも、正直父様が他の女性と一緒にいるところを見ると少しモヤモヤしてしまう。
「レイン様がモデルになっている小説もいくつかあるのよ。今度貸してあげるわ。もう少しレベルが上がったらね」
「そ、そうですか……」
どんな作品なんだろうと興味がある半分、あまり見たくないかもしれない気持ちもあった。フェリシア様が勧めてくる小説は恋愛描写がモリモリなのだ。
「父様がモデルになってる作品はあんまり読みたくないかもしれません」
「まぁ!そうなの……。いや、そういう人もいるわよね……。分かったわ。でも、モデルって言ってもすごい魔法使いで魔法公爵っていう設定とキャラクターの容姿が似てるってくらいでね……本当にいい作品でね……」
フェリシア様は諦めきれないらしい。うるうると瞳を潤ませて、如何に父様モデルのキャラクターが良い物語を生み出すかを語ってきた。これは折れそうにないなと、仕方なくこちらが折れることにした。
「……あ、あらすじとか聞いて大丈夫そうなら読んでみてもいいかもしれません」
「そうね!それがいいと思うわ!」
フェリシア様は嬉しそうにパチパチと手を叩く。
それから最近借りていた本の感想を言い合ったりして時間を過ごした。同じ本を読んでいるから話題は尽きない。
「エドガーの旅立ちのシーンは読んでてドキドキしちゃいました。すごくアネモネを思っているのにそれを伝えないで行っちゃうなんて」
「そうそうそうなのよ!あそこのエドガーの回想シーンが切なくてすごく良かったわ」
フェリシア王女は喋り続けた喉を潤すように紅茶を口に運んだ。
「でも、あそこはアネモネが悪いと思うのよ」
「えっ、そうですか?」
フェリシア様はティーカップを置き、少し身を乗り出した。
「だってエドガーはあんなに分かりやすく気遣ってたのに、全部気づかないふりをするんですもの」
「というと?」
「現実でもあるでしょう?優しさに甘えちゃうこと」
「……ある、かもしれませんね?」
正直あまりピンとは来ていないが勢いに押されて思わず小さく頷くと、フェリシア様は満足そうに笑った。
「でしょう?だからあのすれ違いは両成敗なのよ」
「なるほど」
確かに、そう言われると腑に落ちる。フェリシア様は本当に本を読むのが好きで、登場人物一人一人を現実の人のように捉えているところがある。
「でも最後に思いが通じてよかったです」
「ええ!あそこは最高だったわ!もう一度読み返したくらいよ」
「私もです」
二人で顔を見合わせて、くすっと笑った。
テーブルの上には焼き菓子が並んでいる。今日は苺のタルトと、王城のパティシエさん特製のクッキー、それから淡い香りのハーブティーだ。
「カノン様、どれから食べる?」
「じゃあ……苺のタルトを」
「ふふ、同じね」
フォークを入れると、タルト生地がさくりと小さな音を立てた。甘酸っぱい香りがふわっと広がる。
「おいしい」
「でしょう?この時期の苺は特におすすめなの」
フェリシア様は得意げだ。王城のパティシエと仲が良いらしく、こうしてよく新作を試食したり、リクエストをしたりしているらしい。
「こうしてお話ができるの、すごく楽しいわ。私、年の近い子と話す機会があまりなくて」
「そうなんですか?」
「ええ。実際にはお話する機会がある事にはあるのだけど……どうしても、最終的にルークの話になるのよね」
「ルーケンフォード様の……?」
「そ」
フェリシア様は少し不機嫌そうに遠くを見つめた。
「私達くらいの年頃の女の子ってみんなルークの婚約者候補なのよ。だから親から言われてるんだわ私にルークに繋いでもらえって」
「へぇえ」
「それにルークってあの顔でしょ?ご令嬢に会う度に一目惚れされて帰ってくるのよね。それでルークに会う中継ぎに私が使われる悪循環が生まれるってわけ」
イライラしているのかフェリシア様の語気が強い。
「私にお茶会をしようって言ってくる令嬢はみんなルーク目当てなのよ。私なんかどうでもいいんだわ」
「そんな事はないと思いますが……」
「あるのっ!あーあ。早くルークの婚約者決まればいいのに」
そう言って、フェリシア様はテーブルのクッキーを1枚とった。
「……嫌いじゃないのよ、ルークのこと。だからこそ、少しだけ疲れるの」
ポツリと呟きフェリシア様はもそもそとクッキーを口に入れた。それは彼女の飾り気のない本音だろう。私は彼女の悩みを解決はできないが、聞いてあげることはできる。
「フェリシア様。お菓子食べましょ」
「え?」
「お菓子を食べて、癒されましょ。愚痴ならいくらでも聞きますよ、私」
「……ごめんなさい、こんな話を聞かせちゃって」
私なりに彼女に寄り添ったつもりだったけど、逆に気を遣わせてしまったかもしれない。急いで言葉を続ける。
「私はフェリシア様と話すの、好きですよ?」
「……ありがとう」
フェリシア様は少しだけ照れたように微笑んだ。
「じゃあ、これからもお茶会、続けましょうね」
「はい。ぜひ」
カップの中で、紅茶が小さく揺れる。 今はただ、甘いお菓子と本の話をしていられる時間が、心地よかった。
「そう言えばカノン様はどうおもってるの?ルークの事。踊ってたでしょ」
「う、まぁ、踊りはしましたけど……」
スススッとハーブティーで喉を潤す。なんだかあの時の事を思い出すと少しだけ照れてしまう。
「ルーケンフォード様とは、ほぼ初対面なので特にどうも思ってはないですね」
「えぇ?ルーク、あんなに美人なのに?」
「確かに綺麗なお顔はされてると思います。流石フェリシア様の弟君です」
「ふぅん。でも踊りは上手だったでしょう?」
「とてもお上手でした」
「そうでしょう、そうでしょう?私の自慢の弟ですもの」
フェリシア様は意味ありげに微笑んで、紅茶をひと口含んだ。
「実はね、あのお披露目パーティ、本当は父様と母様と私だけ参加する予定だったの」
「そうだったのですね」
「そのつもりで話をしてたんだけど、ルークがどうしても行きたいって言い出したのよ。なんでかしら。どうしてだと思う?カノン様」
じっと私の顔をみて、フェリシア様はニヤリと笑った。
「どうしてでしょう?私はルーケンフォード様ではないので、分かりません」
「ふぅ〜〜ん。まぁ、いいわ。それで、ゼンだけ置いていくのは可哀想だってことになって家族みんなで出席する事になったの」
「なるほど。だから皆さんでいらっしゃったんですね。正直豪華すぎてびっくりしてました」
「そうね。なかなかないけど、イーサリオン公爵家の後継者のお披露目パーティだもの。それくらいの誠意は見せても問題ないでしょう。それに、父様とレイン様も幼なじみで仲がいいし」
「へぇ〜」
それは初耳だった。確かにフェルディナンド様を父様は愛称で呼んでいた。仲がいいのだなとは思っていたが、幼なじみだったのか。
フェリシア様はカップを置き、にこりと柔らかく笑った。
「それにしても……ルーク、あそこまで楽しそうに踊るの、珍しいのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。いつもはもう少し、壁を作るというか……無難、って言えばいいのかしら」
私は首を傾げた。
「緊張されていたのかもしれませんね。一応規模の大きい場でしたし」
「ふふ。そう思えるのが、カノン様のいいところね。でも、もうちょっとお勉強が必要ね。次に貸す本が決まったわ」
フェリシア様は楽しそうに微笑んだ。




