3.お貴族様生活体験
師匠の資質チェックを終えて、私はリュートさんに預けられていた。師匠は私をリュートさんに預けると、何処かに行ってしまった。この辺りから魔力を感じないからきっと遠くに行ったんだろう。
「こちらがカノン様のお部屋です」
「わぁ」
広い。客室と師匠は言っていたが、今まで暮らしていた孤児院の部屋の何倍もある広い部屋だった。ベッドなんか私が10人寝れそうなくらいに大きい。
「明日から私の元でレイン様の身の回りの世話について学んでもらいます。朝は六の刻に迎えに来るので、それまでに支度しておいてください。服はクローゼットの中にしまってあります」
リュートさんはクローゼットを開けて中を見せてくれた。中にはズラリと女の子ものの服が並んでいた。どれも高そうだ……。
「レイン様の姉君が昔着ていた服をご用意致しましたが……」
リュートさんはワンピースを一着取ると私の体に合わせるようにあてがった。
「やはり少しサイズが違いますね。早急にお召し物を用意します」
「メイド服とかでいいですよ。元々使用人として入る予定だったんですよね?」
孤児院では私くらいの年の瀬の少年少女が集められた。ということは元々はそれくらいの子を受け入れる用意をしていたということだろうと思って言ったのだが、リュートさんは首を振った。
「そういうわけにはまいりません。貴女はレイン様の弟子としてここに住まうのですから」
取り急ぎ明日はこれを着てくださいねと一番サイズがあったワンピースをクローゼットの端にかけ直してくれた。
「それでは夕食まで時間がありますので、屋敷を案内しましょう」
「はい」
それからリュートさんは屋敷のあちこちを案内してくれた。この屋敷は主に本棟、西棟、東棟に分かれている。本棟と東棟が屋敷の主人が住まうための棟で西棟は使用人や騎士の人達が暮らしている棟なのだそうだ。私はどういう扱いをされるのかはよく分かってないが、西棟を詳細に案内されたということは出入りしていいのだろう。
本棟は師匠の執務室や私室なんかは案内されたが、それ以外はほぼ空き室なんだそう。こんな広いのにもったいない。その他にも宝物庫やダンスホールなんかもこの本棟にあるみたいだ。あまり関わりは無いかもしれないが知っておくようにと案内された。
東棟は主に師匠の研究所として機能しているらしい。一階、二階は丸々図書館になっており、数々の蔵書が収蔵されているのだとか。ちなみに休憩時間になら使用人はこの図書館の利用を許可されているそうだ。私も自由に入れるらしい。
そのほかにも外付けの倉庫だとか馬を買っている厩舎だとか魔導車を停めてある場所だとか色々案内された。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「はい、何とか」
リュートさんは私の歩幅に気遣ってゆっくり歩いてはくれていたが、この広い敷地を二時間近く歩き回って私はヘトヘトだった。
「帰りは飛びましょうか。カノン様、私の近くに寄ってください」
言われた通りにリュートさんの近くに寄ると前に見た移動の魔法陣を使って私の部屋まで戻ってくれた。この魔法陣、早急に覚えないと死活問題なんじゃ……。
私がげっそりしている隣で、リュートさんは何やら黒い板を取り出して何かを確認しているようだ。リュートさんはシュンと黒い板を何処かに消す。
「カノン様、レイン様が夕食をご一緒したいと言っているようです。このまま食堂までご一緒いただけますか?」
「えっ、私マナーとか分かりませんよ?」
「大丈夫ですよ。そんなことを気になさらなくても」
にっこりとリュートさんは笑ってくれたが、私は緊張でがくがくだった。あっ、でもお貴族様が食べるような料理には興味があるかも。
「カノン様は大人びてらっしゃいますね」
「えっと、そうでしょうか……」
いえ、まだ猫を被っているだけです。とは言えなかった。
いつまでボロ出さずに過ごせるかな……実は結構口も悪いんだけど、変に期待持たせちゃってないかな……。
「せっかくですし、こちらの服に着替えてから行きましょうか」
「えっ」
「時間もありますので」
リュートさんは有無を言わさないという笑顔でクローゼットから水色のワンピースを一着取り出した。
渋々着替える。まぁ孤児院から着てきた服はボロボロだし夕食の場に相応しくないのかもしれない。
わたわたと着替えているとリュートさんが横から手を貸してくれた。ぷはぁと着替え終わると、リュートさんが鏡台の前の椅子を引いた。
「さぁ。御髪も整えましょうね」
と言われてどこから取りだしたのか櫛でサラサラと私の髪を梳いてくれる。流されるままにしていると、これまたどこから取り出したのか服と同じ水色のリボンで髪を結んでくれた。
「それでは参りましょうか」
リュートさんに案内されたのは、本棟の一角にある広い食堂だった。中に入るとほんのりといい香りがした気がする。
中には長細い机がひとつ置かれており、真っ白なテーブルクロスがひかれている。
テーブルの端の席には師匠が座っており、いくつか並べられた椅子のうち師匠に、1番近い端っこの席だけ少し座の高い子供用の椅子が置かれていた。
「よく来たね。そこに座りなさいカノン」
「はい」
私が子供用の椅子に近付くとリュートさんが椅子を引いてくれた。高い座に座るとぷらーんと足が浮いてしまう。ちょっと心もとない。
「屋敷の中を案内してもらったんだろう?どうだった?」
「すっごく広かったです。移動の魔術を最優先で覚えたいくらいには」
そして疲れた。はやく寝たい。
「ははは。そうだろう」
にこにこと笑っている師匠の背後で、給仕服に身を包んだメイドさんがスープを運んできてくれた。黄色いペースト状の何かだ。メイドさんはかぼちゃのスープですと説明してくれた。
「それではいただこうか」
食前のお祈りを済ませ、かぼちゃのスープをスプーンで掬う。口に運べば、これは本当にかぼちゃのスープかと驚くほど滑らかな舌触りだった。ほんのり甘みがあってとても美味しい。
これが貴族料理!貴族料理すごい!
パッと前を見れば籠にはフワッフワしてそうな真っ白なパンが置かれている。じーっと見つめていたらリュートさんが「お取りしますよ」と横から出てきてパンを小皿にひとつ取ってくれた。
緊張しながら口に運ぶと、ふわふわ!やっぱり思った通りのふわふわだ!孤児院で食べていた硬めのパンとは何もかもが違う!
かぼちゃスープを掬いきり、ん〜と柔らかいパンを堪能していると、スープのお皿を下げられ新しいお皿が運ばれてきた。えっまだあるの?と驚いている間に大きな皿に温野菜と、なんというのだろうかひき肉の塊?を焼いたような料理が運ばれてきた。
ポカンとしていると師匠はナイフとフォークを器用に動かしてひき肉の塊を切り分けている。
私の前にもちょっと小さめのナイフとフォークが置かれている訳だが……。そっと真似して両手に持ってみる。小さいとはいえやっぱりちょっと重い。肉の塊にフォークを刺し、ナイフでギコギコ切ると切り分けられた。意外と柔らかかった。フォークに刺さった肉の塊を口に運ぶ。
な、なんだこれは!口の中に入れた途端肉の塊はホロホロと崩れ、ジュワッと肉汁があふれでた!
目をキラキラさせながら黙々と肉を口に運んでいたら、既に食べ終えていた師匠に眺められていた。
「美味いかい?」
こくこくと頷くと、「そうか」と言って師匠は笑った。この美味しいお肉の塊はハンバーグと言うらしい。ハンバーグ……覚えたぞ。
ここにいればまたこの美味しいハンバーグを食べる機会があるのかと思うと心がウキウキしてしまう。
やっとこさ野菜まで食べ終えると、またメイドさんがお皿を下げて行く。
そして、そして……またまた小さいお皿が運ばれてきた!
ボウル状の器の中にピンクと白のクリームが2層になって重なっている。アイスクリームというのだそうだ。
お皿についている小さいスプーンでクリームを掬う。
恐る恐る口にいれると、冷たかった。スプーンで掬った塊は口の中の熱で溶け、とろりと甘みが広がる。
夢中になってアイスクリームを食べていると、また師匠がニコニコとしながらこちらを見ていた。
「美味いかい?」
またこくこくと頷くと、もっと食べなさいと、師匠のアイスクリームも譲ってくれた。ほんとにもらっていいの?返せないからね!
結局二皿のアイスクリームをたいらげる。
「君はよく食べるね。子リスのようだ」
子リス……?よく分からないが貶されてはいないのだろう。そんなことはじめて言われた。お貴族様の感性は独特なのかもしれない。
それから師匠に明日から魔法のお勉強をしようねと魔法のお話をした。この師匠は魔法に関しては自信があるんだと言っているし、確かに魔力も私と同じくらいすごい。この人の元にいればきっと将来には困らないだろう。
もちろんここでもちゃんと働かせてもらうつもりだ。一応使用人も兼ねているのだから。
「レイン様、私、明日から頑張ります」
「ふふ。そうかい。期待しているよ。……さて、今日は疲れただろう。そろそろお部屋に行って寝る支度をしなさい」
「はい」
そう言って。私は席を立つ。きちんとご馳走様も忘れなかったぞ。
案内しますと、メイドさんが一人私を部屋まで先導してくれた。
お部屋に帰ると、メイドさんはお風呂の準備をしますと言って部屋についている扉をあけた。なんと私のお部屋にはお風呂もついておりお手洗いまで併設されているのだ。孤児院では体を清めるのは街の温泉で週に二回だけだったし、トイレもここのものよりもっと臭くて汚かった。
「いい香りがする」
「そうですね。今日は薔薇の精油を使いましょうか」
「ばらのせいゆ?」
「いい匂いのする元ですよ」
ほらとメイドさんは小さな小瓶をこちらに向けてきた。くんくんと嗅いでみるとちょっと甘い感じのキツい匂いがした。
「原液は少しキツかったですね」
くすくすと笑いながらメイドさんはテキパキとお風呂に水を張った。このメイドさんは水属性の魔法が得意なのか魔法で一瞬でお水が溜まった。ちょっと湯気が出ていて暖かそうだ。メイドさんは精油を数滴お風呂に垂らした。
「さぁ、お風呂に入りましょうか」
そう言ってメイドさんは私の服に手をかけた。自分で出来るよと服を脱ぐ。メイドさんはそうですかと言って部屋の方に戻るとすぐに白い服を持って帰ってきた。着替えだそうだ。
そしてそのまま居座る。
えっえっと思いながら二度見しているとメイドさんは素っ裸の私を「失礼しますね」と言ってゴシゴシと洗いはじめた。
きゃーだ。もう。きゃー。
メイドさんに自分でできますと訴えてみても「私の仕事ですから」と言って聞き入れて貰えない。湯船の中で全身洗われて、髪にいい匂いのする精油を塗りたくられてもうもみくちゃだ。
私は今大きなふかふかのタオルに巻かれて全身を乾かされている。このメイドさんは風魔法も上手い。色んなところを触られて息も絶え絶えだけど、これまさか毎日するんじゃないよね……?ちょっと慣れないかも。
寝巻き用だという真っ白の動きやすいワンピースに着替えさせられ、やっとお仕事が終わったのかメイドさんは「おやすみなさい」と言って帰っていってしまった。嵐が去った……。
それから荷物の整理をした。持ってきたものはそんなに多くないが、どれも大切なものだ。婆ちゃんの大事にしてた白灰石で出来た女神像、母様の宝物だったというネックレス。カバンに入れとけない宝物は鏡台の上に並べた。
時計を見るともう八の刻を回っていた。ちょっと早いけど今日は疲れたしもう寝ようと、部屋を照らしている魔石を調整するとベッドに入った。
ベッドからもなんかいい匂いがする気がする。ふかふかだし落ち着かない。それでも疲れていたのか、私はすぐに夢の世界に旅立ったのだった。
―――バリバリドォンと、雷が近くに落ちたような轟音に、バッと飛び起きる。
びっくりした。
外を見やると星もちらほら見える快晴だった。別に雨も降りそうではない。
「……師匠?」
裏庭のあたりから師匠の魔力の残滓を感じる。よく分からないが何か魔法を使ったのだろう。何かあったのだろうか?
時計を見ると十の刻を回るか回らないかのあたりだ。うーんと伸びをしてあたりの魔力を探る。私の周りは静かなものだった。
「なんだろう。こんな遅くに魔法の練習でもしてたのかな」
ちょっと不安になりつつもそれからはなんの音沙汰もないということで私はベッドに戻り再び眠りについた。




