28.やっと移動魔術を学べました(歓喜)
「それではいいね、カノン。私の言った通りに発動するんだ」
「わ、わかったわ」
ようやっと教えてもらった移動魔術の初めての発動。魔法陣の基礎も教えてもらった、移動する場所指定の仕方も教えてもらった、万が一のために追跡の魔法もかけてもらってる。
それでもどきどきする。
なんせ1度失敗しているからね!!緊張もするよね!!
今回の目標地点は庭の端だ。大きくバツ印が書かれた場所が遠くに見える。
「大丈夫。カノンならできるさ」
「い、いきます」
魔法陣に魔力を込める。魔力に包まれ、視界が切り替わった。そぉっと見下ろせば、目標のバツ印はかなりズレた場所にあったがしっかりと転移できていた。
「やった!」
喜びでぴょんぴょん飛び跳ねてたら父様が真横に移動してきた。
「いい感じじゃないか。少しズレているのは位置指定の問題だね。こればかりは慣れも必要になってくるから練習しようか」
「はいっ!」
庭の端から端へ移動できるようになったら次は屋敷の中を指定して、色んなところを飛び回った。
「うぉっ!お嬢様かい」
騎士さんたちの練習場に飛んで、みんなを驚かせた。
「きゃあ!お、お嬢様!びっくりしました」
厨房に飛んでついでにりんごを一切れもらった。
「素晴らしい移動魔術です。お嬢様」
アズールはぱちくりと目を瞬かせただけで全然驚いてくれなかった。
「おかえり。特に問題ないみたいだね」
「うん!もうどこでも移動できるわ!」
父様はいい子だと頭を撫でてくれた。マナーとして個人の部屋に飛んだりすることはしてはいけないよと教えられる。それはそうだと頷いた。誰にだって侵入されたくない領域はあるだろう。
次は人や物と一緒に移動したり、王都までの長距離移動をしたりする練習をするらしい。ここから王都まではかなり距離があるが私の魔力量なら充分飛べるだろうとお墨付きを貰っている。今から次の授業が楽しみで仕方ない。
今日の父様の授業は午前中で終わりだ。一緒に昼食を取って、午後はピアノのお稽古と帝王学の授業だ。
午後の授業まで少し時間があったので、私は廊下の窓際を歩いていた。
移動魔術を覚えたばかりだが、今は使わない。
「便利すぎる力は、癖になる。移動魔術を覚えて嬉しいのはわかるけど使いすぎないようにね。運動も大事だ」
と、父様に言われたのだ。だから教室までのちょっとした距離は歩くことにした。
廊下の突き当たりで視界の端にアズールの姿が映る。
「お嬢様」
「アズール」
呼ばれただけなのに、足が自然と止まった。
「移動魔術の練習、順調だったようですね」
「うん!もう屋敷の中なら失敗しないわ」
「それは何よりです」
アズールは穏やかに微笑んだ。その視線が、私の顔ではなく、少しだけ上、髪に向いているのに気づく。
「お嬢様、少々失礼します」
「?」
返事を待たず、アズールは私の背後に回った。指先が、そっと首元をかすめる。
「……外れそうでしたので」
そう言って、髪飾りを丁寧に結い直す。乾いたインクの香りが鼻をくすぐる。
「ありがとう」
「どういたしまして。次はピアノのお稽古でしたか」
「うん!そう」
「お嬢様はピアノもお上手になられましたね。最近の演奏はとても安定しています。それに、お嬢様の練習曲が癒されると使用人の間でもっぱらの噂ですよ」
「そうかな……」
えへへと頬をかく。アズールに褒められるのは嬉しい。アズールもピアノはとても上手いのだ。
「アズールは何をしてたの?」
「父さんの手伝いを」
「ふぅん。大変だね」
「お嬢様の学習量に比べれば楽なものです」
「そんなことないと思うけど……」
アズールだって私に負けないくらいの課題をこなしている事を知っていた。将来イーサリオンを支える者としてアズールも色んな勉学を学んでいる。実際私が分からない事があるとアズールが教えてくれる事がよくある。
「ふふ。あまり引き止める訳には参りませんね。私はここで失礼させていただきます。また夕食後にご褒美を持っていきますね」
「今日はクッキーがいいな」
「入手しておきましょう」
アズールと別れてピアノのお稽古の為にホールに向かう。
アズールに褒めてもらったからか、足取りが少し軽かった。
胸の奥がふわりと温かい。たったあれだけの言葉なのに、不思議だ。父様に褒められるのとは、また違う感覚。
ホールに入る直前、ふと立ち止まる。
「……頑張ろう」
誰にともなく呟く。
今日の練習曲は、少しだけ難しい。けれど、不思議と弾ける気がした。
夕食後、約束のクッキーが何味か思い浮かべながら、私は背筋を伸ばし、鍵盤に指を置いた。




