25.三回も踊ればそりゃ疲れます
三度も踊ればさすがに足が痛くなってくる。私の様子に気がついたのか、父様は壁の座れるところに私を連れていってくれた。
「ごめんなさい」
「何を謝ることがあるんだい?三回も踊ったのだから少し休みなさい。もう踊らなくていいからね!充分だからね!?これ以上の危険人物はパパ受け入れられないからね!?」
「きけんじんぶつ?」
とは誰のことだろうと首を傾げる。
「挨拶も一通り終わったし、あとはここでゆっくり話しにやってくる御仁の相手をしていれば充分さ」
父様がそう言うと早速ゆっくり話しにやってきたであろうご夫妻が父様に話しかけた。私も立とうと思ったが、父様に肩を押され立ち損ねてしまった。そのままでいいと言うことだろう。
父様が話す後ろで座っていると、ふいに空気が変わった。周囲のざわめきが、ほんの少しだけ静まった……ような気がして、顔を上げる。
背筋を伸ばし、無駄のない歩みでこちらへ近づいてくる人影を見て、胸がきゅっと縮んだ。お爺様だ。父様はまだご夫妻と歓談中だ。お爺様のその視線が、私に向いた。私は反射的に背筋を伸ばして立とうとしたが、お爺様は手で制した。
「そのままでいい」
言葉は少ないのに、拒絶ではないと分かる声音だった。
「よく勤めを果たした」
「……はい」
どう答えるのが正解なのか分からず、とりあえず素直に頷く。しばらく、沈黙。お爺様は何も言わず、ただ私を見ている。視線は厳しいけれど、不思議と怖くはなかった。
「足は」
「え?」
唐突な問いに、思わず顔を上げる。
「痛むか」
私の足のことを心配しているのだろう。一瞬、答えに迷ったけれど。
「……少しだけ」
そう言うと、お爺様はふっと視線を逸らした。
「無理はしなくていい。だが、イーサリオンの者としての矜恃は忘れるな」
それだけ言ってお爺様は私の隣に座った。
「……社交は、まだ慣れぬだろう」
「……はい」
「だが、逃げるな」
厳しい言葉なのに、どこか不器用で、少し優しさも感じた。
「イーサリオンの名を持つ以上、見られることからは避けられん。……それでも、今日はよくやった」
黄緑色の瞳が、真っ直ぐに私を捉える。その一言で、胸の奥がじんわり温かくなった。
「ありがとうございます!」
そう答えると、お爺様はまた短く頷いた。
「うむ」
お爺様が隣にいることで父様も安心したのだろう。こちらに気を使わずに色々な人と話しているようだ。少し距離が遠くなったかもしれない。お爺様は相変わらず隣に静かに座っている。本人が威圧的だからか近づいてくる人もいなかった。
「あっお爺様だ」
「デインか……」
まるで近所の犬を見つけたかのような声音でデインは近づいてくる。
「お久しぶりです!」
あのデインが父様の前のような猫かぶりをしている……。どこぞの好少年だというふうなデインをじとりと見やる。
「大きくなったな。最後に会ったのは去年だったか」
「はい。俺はまだまだ大きくなりますよ。いつかはお爺様の背も抜かして見せます」
「よく言うようになった」
お爺様はふふっと控えめに笑うとコツンとデインの額を小突く。なんだその仲良さげなやり取りは!私だってそんなふうにお爺様に小突かれたい!!
「なんだ、もうばてたのか」
「うるさいなぁ」
こちらを向いてまた見下すように言ってくるデインにつんと口を尖らせて抗議する。踊ってる時は優しい気がするなんて思ったが、やっぱりデインはデインだ。
「体力ないんならホイホイ踊らなきゃいいのに」
「なによぅ!じゃあデインと踊らなきゃよかった!」
「な、なんでそうなんだよ!」
そんなやり取りをお爺様は足を組んでじっと眺めていた。
デインはその後すぐに知り合いを見つけたとか言って人の波の中に消えていった。遠くの方で同い年くらいの少年と話す姿が見える。
いいなぁデインは。優しいお母さんがいて、友達も沢山いて、お爺様にも気に入られてて。胸の奥がチクリと少しだけ痛んだ。
ぼうっと人の壁が出来上がっている会場を見やる。もうダンスの時間は終わって、ホール全体が歓談場になっている。
……あれ。
ずぐっと胸の奥を抉られるような感覚に胸を押さえる。とても嫌な気配が私の身体を震わせた。
バッと立ち上がり、周囲を見渡す。
この違和感は王都に来た時からずっと感じていたものだ。そして今度は消えることなくそこにあり続けている。もしかしたらもっとずっと前からそこにあったのかもしれないが、大量の人の気配で今まで気付くことが出来なかった。高い感知能力が逆に仇となったというべきか。
「……どうした?」
お爺様が驚いたようにこちらを見ている。
「分からないけど、嫌な感じがして」
「嫌な感じ?」
コクリと頷く。
「私、ちょっと会場を回ってきます」
「待ちなさい」
お爺様はやんわりと私の動きを制した。
「きっと人に酔ったのだろう。あまり人混みに戻るのは得策ではない」
お爺様は私の体調が人混みによるものだと言うが、違うのだ。この感覚は説明しづらいが、明確に悪いものがそこにあるのだ。
上手く言葉に出来ずあーうーと口をパクパクしていると、ゾクリと気配が強まった。
ガシャーーーン
「きゃーーーーーー」
それは唐突だった。何かが倒れたような音と悲鳴が会場に響いた。




