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24.ダンスフロアで

 ルーケンフォード様はフェルディナンド様達と共にお客様の挨拶回りの対象に組み込まれたようだ。多くの人に囲まれてにこやかに対応している。


 ルーケンフォード様と離れてから父様の隣でふぅと一休みしていた時、男の子がこちらへ歩み出てきた。年は私と同じくらい。緑色の髪に同じ色の瞳が眼鏡の奥から私を見定めているようだ。彼はきちんとした礼をして、口を開く。


「カノン嬢。よろしければ私と一曲踊っていただけないでしょうか」


 この子はさっき挨拶に来た子だ。……名前が思い出せない。が、たしかモルヴェイン侯爵家の子だ。

 チラリと父様を見遣れば笑顔で怖いオーラを出していたが何も言われなかったので、踊って来ても良いということだろう。

 確かに今日は二、三曲は踊るようにとお爺様から言われていた。


「喜んで」


 私は目の前の彼の手を取り、ホールに再び歩み出た。彼は手の握り方に迷いがない。


 音楽が始まるよりも早く、彼は立ち位置を整えた。姿勢、距離、視線の高さ。すべてが教本通りで、無駄がない。


「足運びは、三拍子の基本でよろしいですね」

「はい」


 年齢の割に落ち着きすぎている。曲が始まり、私は彼のリードに従って歩き出した。


 ……上手だ。


 ルーケンフォード様のような自然さとはちがう。正確で、計算されていて、隙がない。


「……カノン嬢は、注目されることに慣れていないようですね」

「え?」


 不意に、静かな声が落とされた。


「先程から、緊張からか身体が強ばっています」

「……そんなに、分かりますか」


 彼は、ふっと眼鏡越しに目を細めた。


 くるりと回される。動きは正確で、少しも乱れない。


「それを欠点とは思いません。むしろ誠実だ」


 感情の乗らない声で淡々と告げられる。


「宰相家としては、好ましい資質です」

「……え?」


 一瞬、言葉の意味を考えてしまった。


「冗談ですよ」


 すぐに、さらりと付け足される。音楽は淡々と進み、ダンスもまた淡々と終わる。最後の礼まで、完璧。


「ありがとうございました、カノン嬢」

「こちらこそ……とても踊りやすかったです」


 社交辞令ではない。本当に、踊りやすかった。まさに教本通りといったかんじ。どことなくアズールの踊り方に似ている気もした。

 彼は一瞬だけ口角を上げた。


「それは光栄です。ああ、申し遅れました」


 眼鏡の位置を指で直し、きちんと名乗る。


「ネフェル・モルヴェイン。以後、お見知りおきを」


 戻る途中、彼はふと視線を横に流した。


「……ルークが、こちらを見ていますね」

「え?」


 思わずそちらを見ると、確かに人混みの向こうでルーケンフォード様が、こちらに気づいて軽く手を振っていた。


「幼なじみなんです」

「そうなんですね」

「ええ。昔から、目立つやつで」


 声は淡々としているのに、ほんの少しだけ、含みのある言い方だった。父様の前まで来ると、ネフェルは完璧な礼をして離れていった。


「カノン……パパはカノンの将来が心配だよ……」

「どうしたの?父様、急に……」

「こんなに可愛いカノンに見惚れない男は男じゃないと思うけど、カノンがお付き合いするのはまだまだ早いと思うな、パパ」


 父様はうるうるとした目で見下ろしてくる。どことなく捨てられた大型犬のような雰囲気をかもし出していた。悲しそうな父様にぴとりとくっつく。


「私はどこにも行かないわ。ずっと父様と一緒にいたいもの」

「カノン……!」


 ぱぁあと父様は花が咲くような笑顔に戻った。


「まぁ。カノンちゃん。ダメよ女はいつか良い夫を見つけて幸せになるものなのだから」

「ファインさん!こんにちは!」


 綺麗な紫色のドレスに身を纏ったファインさんは父様をコツンと小突いた。

 ファインさんは茶髪の渋いおじ様にエスコートされていた。挨拶を受けたが彼がデインのお父様ラウレンツ・クレイウッド侯爵だそうだ。厳格そうな見た目のおじ様だったが、話してみると穏やかな気質の人のようだ。デインのお兄さんのユーリスにもはじめて会った。こちらもデインには似ておらず、穏やかで優しい雰囲気の人だった。

 はじめましてと雑談をしていると、キュッとデインが手を握ってきた。


「……お前、さ」

「ん?」


 聞きなれた不機嫌な声。だけど今はどこか固かった。


「次、空いてるか?」


「「「「「……」」」」」


 全く視線が合わないのでダンスに誘われているのだと理解するのに少しかかってしまった。生暖かい視線が私達を包む。


「……うん。空いてるけど」


「デイン……?お前もか……?」

「いいじゃないか。ほら行っておいで」


 HAHAHAと笑いながらラウレンツさんが背中を押した。デインは少し居心地悪そうにしながらも、しっかりと私の手を握ってダンスホールに導いた。


 デインに手を引かれて、三度目のダンスフロアに足を踏み入れる。


 さっきまでとは、少し空気が違った。視線はまだ多いけれど、最初の高揚は落ち着き、皆どこか余裕を持って踊っている。


「……先に言っとくけど」


 音楽が始まる直前、デインがぼそりと呟いた。


「俺、ルーケンフォード様みたいに上手くないからな」

「そうなの?」

「正直、苦手」


 むすっとしたままデインはそう言ったが、でも手の位置は正確だった。腰に添えられる手も、距離も、特に問題があるようには見えなかった。ただ、ほんの少し、力が入っているくらいだ。


 今回の曲は、少しだけ軽やかだ。


「足、合わせろよ」

「うん」


 リードは、真面目で、少し不器用。引くというより、「一緒に動こう」と言われている感じがする。そう思った瞬間、なぜか少し安心した。


「さっきさ」


 小さな声が、音楽に紛れて落ちてくる。


「……王子と踊ってたろ」

「うん」


 一拍、間が空く。


「すごく、綺麗だった」


 視線は合わない。でも、デインからその一言がでただけでびっくりした。


「ありがとう」

「別に」


 そう言いながら、くるりと回される。

 動きは多少ぎこちないけれど、ちゃんと受け止めてくれた。


「……お前はさ、……ああいう奴が好きなの?」


 言葉を探すように、視線が泳ぐ。


「うーん。好きって言うのはよく分からないかも。みんな好きよ。もちろん、デインも」


 一拍。


「……そ」


 ホッとしたような、気まずいような……。デインはそんな微妙な顔をしていた。


「デイン……」

「っ!べ、別に深い意味はねぇからな!」


 慌てて言い足される。


「従兄弟として、だ!俺は!お前が王家に嫁ぐとなればイーサリオンを継ぐのは俺になるんだからな!」

「ふふ」


 思わず笑うと、デインの顔は赤くなる。


「笑うな!」

「ごめんごめん。デイン必死だったから」


 その一言で、デインは黙った。


 曲の終わりが近づく。

 最後のステップを踏み、二人で小さく礼をする。

 手を離す瞬間、デインが小さく呟いた。


「……次も空いてたら、また」

「うん。空いてたらね」


 踊ってるデインはなんだかいつもより優しかった気がする。

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