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23.ルーケンフォード

「大変可愛らしいです。お嬢様!」

「本日の主役は間違いなくお嬢様です!!」


 お披露目式当日。タウンハウスの侍女さんにとびっきり着飾られたら私は、やんややんやと持ち上げられていた。ニヤけ顔を抑えるのに必死だ。


 鏡を見るとやわらかな金色が目に入った。


 きらきらと主張するような色ではなく、朝日を布に閉じ込めたみたいな、あたたかい金色。

 胸元から裾にかけて細い刺繍が流れるように入っていて、動くたびに光が静かに揺れる。

 髪はまとめ髪というのだろうか後ろでぎゅっと編み込まれて少し首元がスースーする。髪が重みで引っ張られて激しく動いたら崩れてしまいそうだ……。今日は大人しくしていよう。


「はぁ……女神はここに居たのか……リュート」

「はい」


 静かにリュートさんに映像石を渡した父様は私の手を取ってくるくると回したりポーズをとらせたりやりたい放題だ。

 頻繁に可愛いと言われ、くるりんと回る度に拍手をされて私も少し調子に乗ってしまったかもしれない。大人になった私がこの映像を見て気まずくならないことを願うばかりだ。


「さて、そろそろ時間だ。おいで、カノン」

「はぁい!」


 お披露目式は午後の早い時間から始まった。会場のホールには深紅の薔薇が至る所に飾られ、昨日見た時よりもゴージャスな感じがした。


 金に赤……私の色だ……。


 ぽぅっと胸の中が温かくなる気持ちだ。このお披露目会は間違いなく私のためにある。私と父様が会場に入ると一斉に周囲の視線がこちらに向いた。パーティの主役を見定めるような視線、物珍しいものを眺めるような視線、様々な視線が突き刺さる。

 ニコリと私は笑顔で1歩を踏み出した。


 私と父様はすぐに人に囲まれる事になった。パーティの主役は挨拶を受けなければならないらしい。

 一応パーティのお客のリストは頭に入っていたが、実際に次々と挨拶されると混乱してしまう。基本的には父様が相手をしてくれていたが、私は名前と顔を覚えるのでいっぱいいっぱいだ。ぐるぐる回る人と目まぐるしく変わる話題で頭がパンクしそうだ。私はとりあえず笑顔だけは崩さないようにしっかりと足を踏みしめていた。


 会場には私と同い年くらいの子達も沢山いた。男の子が来た時は婚約者にと言われたりもしたが、父様がやんわりと断るという流れができてしまっている。


 そんなやり取りをしていると、ふと会場の人並みが割れ、会場のざわめきがほんの一瞬だけ遠のいた。


「カノン様っ」

「フェリシア様!」


 優雅にまっすぐ近づいて来るのはフェリシア王女様だ。背後にはルーケンフォード様とフェルディナンド様の姿もある。どうやら王太子一家が到着したらしい。


「こら、フェリシア。はしたないわ」

「はぁい。ごめんなさい母様」


 スっとフェルディナンド様にエスコートされた薄紫色の髪の女性がフェリシア様に声をかける。この方がフェリシア様とルーケンフォード様のお母様。エレオノーラ様だろう。フェリシア様とルーケンフォード様と、もう1人同い年くらいの子がフェルディナンド様の隣でこちらを見ていた。薄紫色の髪に黄色い瞳。次男のゼンハルト様だ。


 フェリシア様が下がると、フェルディナンド様は、王太子妃エレオノーラ様と、ゆっくりと前に出た。

 父様の隣に立つ私へ、ひときわ穏やかな視線が向けられる。


「本日は、イーサリオン公爵家後継者、カノン・イーサリオン嬢のお披露目の席に招かれ、誠に喜ばしく思う。

 カノン嬢。幼くして多くを学び、多くを背負う立場に立ったそなたの姿は、この国にとっても希望である。王家は、イーサリオンの歩みとともに、そなたの未来を見守り、支えていくことをここに約束しよう。本日は、誠におめでとう。我が家族もまた、本日を祝福している」


 フェリシア様が微笑み、ルーケンフォード様が小さく頷いた。

 フェルディナンド様の言葉は、とても大きくて、重い。


 でも、不思議と怖くはなかった。


「恐れ入ります、殿下」


 父様は一歩前に出て、静かに頭を下げた。


「娘カノンは、まだ未熟ではありますが、とても優秀な子です。イーサリオンの名に恥じぬよう育ててまいります。本日の祝福、ならびに王家のお心遣いに、心より感謝申し上げます」


 父様の言葉が終わるのを待って、私は一歩だけ前に出て父様に並んだ。

 教えられた通りに背筋を伸ばし、ドレスの裾をつまんで、ゆっくりと礼をする。


 失敗しないように。それだけを考えて。


「ありがとうございます」


 父様の手がそっと肩に置かれた。


 顔を上げればフェルディナンド様がニコニコととても笑顔でこちらを見下ろしている。


「さぁ、堅苦しいのは終わりだ。カノンちゃんとても可愛いじゃないか」

「そうでしょう?天上から女神が舞い降りたと言っても過言ではないです」

「レイン。貴方それ本気で言ってるの?」

「もちろん!」

「本当に、とんだ親バカになったものね」


 エレオノーラ様が残念な物を見るような目で父様を見ている横で、フェリシア様がたたたっと私の前にかけてきた。


「カノン様!お披露目おめでとうございます」

「ありがとうございますフェリシア様」

「今日のドレスとっても素敵ね!カノン様には黄色が似合っているわ」

「そうでしょうか……。フェリシア様も薄桃色可愛いです。差し色の赤がとても映えてて綺麗」

「そう?ありがとう!」


 キャッキャと話しているとルーケンフォード様とゼンハルト様も近づいてきた。


「そうそう紹介するわ弟の……と言ってもルークとはあっているんだっけ?」

「そうですね。お久しぶりです。カノン嬢」


 ニコリと絶世の美少年が微笑みかけてくる。相変わらずキラキラオーラ満載だ。遠くからきゃぁという女の子の悲鳴の様な声が聞こえた。


「お久しぶりです。ルーケンフォード様。あの時はろくな挨拶もできずすみませんでした」

「構わないよ。君も急いでいたんだろう?」

「はい。あ、リボンも結んでもらってありがとうこざいました」

「どういたしまして」


 そんな会話をしていると隣から睨みつけるような視線が注がれる。

 ゼンハルト様だ。


「僕の方が可愛いしっ!」

「はい?」


 ぷくっと膨れている可愛らしいひらひらの服に身を包んだ王子様はびしいっと私を指さしてそう言った。確かにクリクリお目目のゼンハルト王子も可愛らしい。でも……。


「えっと、可愛いの方向性が違うと思います?」

「はぁ!?生意気!しかも兄様に色目を使うなんて!!」

「いろめ……?」

「……ゼン……」


 何故かルーケンフォード様の顔が赤い。困ったようにフェリシア様を見ればそちらはそちらで何かニヤニヤした顔をしていた。


「コホン。カノン様は気にしなくていいのよ。あっちは末の弟のゼンハルトよ」

「はじめまして。ゼンハルト様」


 スっとお辞儀をすれば、ゼンハルトは仕方なさそうに名乗ってくれた。


「ゼンハルト・メノ・アルセリオン。言っとくけど、兄様はお前などにはもったいないお方だからな!」

「ゼン!!」


 ぎゅうっとルーケンフォード様がゼンハルト様の頬をつねった。


「お前はもっと品格と言うものを覚えなさい」

「うぅ!だって兄様ぁ……」

「ごめんね、カノン嬢。ゼンの言うことは気にしないで?」

「はぁ……」


 わけの分からない言いがかりをつけられてポカンとしていると、スっとルーケンフォード様に手を取られた。


「カノン嬢。君と1番最初に踊る栄誉をどうか僕にくれないかな」

「えっ」

「はぁ!?」


 父様の素っ頓狂な声が響く。隣で父様はわなわなと手を震わせていた。


「ななな何を言い出してむぐぐ」

「それはいい。踊っておいで、ルーク」

「きちんとリードするのですよ」


 フェルディナンド様は笑顔で父様の口を手で塞いだ。エレオノーラ様もにこやかに送り出してくれる。

 確かに、そろそろダンスの時間ではあったが……ルーケンフォード様からお誘いされるのは完全に予想外だった。

 私も踊らないといけないことは分かっていたが無難にデイン辺りにお願いしようと考えていたのに。


「えっと……」

「嫌、かな?」

「いえ!嫌というわけでは……」


 別に嫌という訳では無い。単純に、恐れ多いのと失敗が許されない気がしてびくびくしているだけだ。


「そう!良かった」


 ルーケンフォード様は今日一番と言えるような笑顔で私の手を握り直した。


「行こう」


 ルーケンフォード様に手を引かれ中央に進み出る。いつの間にか場は開かれ、踊るためのスペースが出来上がっていた。ファーストダンスを踊るのは私とルーケンフォード様だけ。全ての視線が私達に集まっていた。


 差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。


「足元、気をつけて」


 小さく囁かれ、音楽が流れ出す。 ゆったりとした旋律。派手ではないが、格式を感じさせる曲だ。

 一歩、踏み出す。 教わった通りに足を運ぶと、ルーケンフォード様は自然に距離を調整してくれた。 近すぎず、遠すぎず。私が動きやすい位置。


 ……踊り慣れてる人だ。


 そう思ったのは、リードがとても静かだったからだ。 引っ張られる感じはなく、気づけば次の動きを理解してしまう。


「上手だね」

「教わった通りにやっているだけです」

「それでも僕が踊ってきた誰よりも上手だ」


 くすっと笑われ、少しだけ頬が熱くなる。 褒められること自体には慣れているはずなのに、 こういうシチュエーションでの言葉は、少し勝手が違う。


 視線がこちらに集まっているのが分かる。 ささやき声、驚きの気配、どこか浮き足立った空気。


 ……見られてる。


 そう思った瞬間、くるりと回された。視界が一瞬だけ流れ、金色が舞う。 ドレスの裾が音楽に合わせてふわりと広がり、 そのまま、腕の中に戻される。


「……っ」

「大丈夫?」


 すぐに体勢を立て直してくれる。 転びそうになったわけではない。ただ、少し驚いただけだ。


「……ごめんなさい。ぼんやりしていました」

「いいよ。緊張するよね」


 その声は、とても穏やかだった。


 音楽は後半に差し掛かり、動きが少しだけ軽やかになる。 ステップが増え、回転も多くなる。


「次、少しだけ速くなるよ」

「分かりました」


 告げられてから動きが変わる。 私は、ただそれに合わせる。


 ――不思議だ。


 考えなくても、体が動く。 音楽と、相手の気配と、床の感触。 全部が自然に繋がっている。


 ……楽しい。


 その感情に気づいた時、 胸の奥が、ふっと温かくなった。

 最後の旋律が流れ、音楽が終わる。自然と一礼し、手を離す。 名残惜しさのようなものを感じたことに、少し驚いた。


「ありがとう。素敵なダンスだった」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 拍手が起こる。 さっきよりも、はっきりとしたざわめき。その中で、ルーケンフォード様が少しだけ声を落とした。


「……君が最初に踊る相手が、僕で、嬉しい」


 その一言が、胸の奥に静かに残った。


 踊り終えた私を、ルーケンフォード様は父様の元までエスコートしてくれた。後ろでは次の曲の準備が始まっているようだ。二曲目を踊ろうと人がホールに歩み出ていた。


 ルーケンフォード様は色々と話しかけてくれたが、私は恥ずかしくって彼の方をまともに見ることができなくなってしまっていた。


「王子殿下。素晴らしいエスコートでした」

「!父様…」


 父様のにこやかな声とは裏腹に、場の空気は一段冷えている。背後に吹雪を背負っているようだ。


「ですが、カノンはまだ幼い。これ以上の注目は不要でしょう」

「承知しました。レイン殿」


 ルーケンフォード様は落ち着いていた。機嫌悪めの父様に対しても驚いた様子は見せず、穏やかに一礼する。


「ルーケンフォード様。素敵な時間をありがとうこざいました」

「それを言うのは僕の方だよ。……また、機会があれば」

「はい」


 静かに手を振れば、ルーケンフォード様は微笑んだ。


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