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21.救世の聖女

 フェリシア王女とのやり取りは私がイーサリオンの領地に戻ってからも続いた。今はレベル2の本の途中まで読んでいる。どの辺りがレベル2なのかは分からないが、今度の本も恋愛がメインの物語のようだ。


 物語といえば、ファインさんと歌劇に行くという話があった。もう日にちも近い。


「なんて題名だったっけ……まぁいっか」




 歌劇を見に行く当日。

 いつもの如く私はお洒落にされていた。チエルさんとマリーさんがノリに乗って色々してくれた。今日の私は大人しめの紺色のワンピースだ。スリットから覗く差し色のビロードがチャームポイント。今日の私もとんでもなく可愛い。


 ファインさんとは歌劇場のある街で待ち合わせだ。


「お待たせカノンちゃん。まぁ!今日もとても可愛いのねっ」

「!ファインさん!こんにちは!」


 ファインさんは公認式でも会ったのでそんなに久しぶり感がない。軽く挨拶を交わしていると、つまらなそうにこちらを見ている目に気づいた。


「なんだ、デインもいたの?」

「いたら悪いのかよ」

「そんなこと言ってないじゃない。デインも歌劇好きなの?」

「暇そうだからって連れてこられたんだ。別に興味ないのに」


 デインはふんっとそっぽを向いた。


「芸術鑑賞も嗜みのひとつよデイン。それより紳士らしくレディの装いでも褒めたらどう?」


 ファインさんに言われてデインは1度こちらに視線を向けたがすぐにまたそっぽを向いてしまった。相変わらず、ムカつく奴だ。


「まったくこの子は……ごめんねカノンちゃん」

「いえ、別に気にしてません」


 今日はもう色んな人に可愛いって言ってもらったあとなのでデインの態度など特に気にならない。それになんてったって私は大人なのだ。そんな細かいことにいちいち目くじらを立てたりしない。



 この街には本格的な歌劇場がある。王都の歌劇場よりは小さいらしいその建物は独特で目を引く形をしていた。王都からは離れた街だからだろうか、貴族層と言うよりは民間層のお客が多い気がする。そして民間層のお客が多いからか、田舎の街でも劇場は繁盛しているようだ。

 私たちはボックス席の中でも1番格式の高い席だそうだ。「王都ならこんなにいい席はなかなか取れないわ。ラッキーよね」とファインさんは喜んでいた。


 ふと、壁に貼られたポスターが目にとまる。今日の演目は「救世の乙女アリエステ」。

 アリエステということは初代聖女様の物語だろう。キャッチコピーには「祝福の歌が、世界を変える」とある。聖女を象徴する聖樹、聖龍をバックに祈っている女性がアリエステ様役だろうか。


 ぼうっとポスターを見ているとパシッと手を掴まれる。人攫いかとびっくりしたが、それがデインだったので安心した。


「何してんだよ。こっち」

「あ、うん」


 手を引かれ人混みの間をすり抜ける。思ったより離れてしまっていたみたいだ。私を見たファインさんは安堵するように息をついた。


「急にいなくなっちゃうからびっくりしたわ。カノンちゃんに何かあったらレインに怒られちゃうから離れないようにね」

「ごめんなさぁい」


 今度は離れないように、3人で席まで向かった。


 劇場の席はど真ん中でステージがよく見渡せる席だった。さすが1番格式高い席と言うだけある。用意されたボックス席には冷えた飲み物やお菓子なんかも置かれていて、もう小さな部屋だ。


「おい。離せよ…」

「え?ごめん」


 どうやらずっとデインと手を繋いでいたみたいだ。パッと手を離せばデインは気まずそーに手を引っ込めた。手を繋いできたのはそっちなのに。


「カノンちゃんせっかくだから真ん中にどうぞ」

「いいんですか?」


 初めての歌劇だからと真ん中の席を譲ってもらった。


「見てよ母さん。すげぇ。マダム・リリスの詰め合わせだ」

「まぁ。良いもの置いてるのねぇ」


 デインはウキウキでお菓子の封を開けていた。


「結構甘いの好きだよね、デイン」

「別にいいだろっ」


 そう言いながらデインは隣のソファに座って、マドレーヌを食べ始めた。


「ここのお菓子はすっごく人気でなかなか買えないのよね。はいカノンちゃんも。オレンジジュースでよかった?」

「ありがとうございます」


 ファインさんがお菓子をいくつかと飲み物をサイドテーブルに置いてくれた。


 段々と階下の席が埋まっていくのを眺めながら待っていると、開演の時間が来た。




 ―――今回の作品は聖女誕生の物語。


 穢れが蔓延し、滅びへと向かうだけだった世界。

 アリエステは辺境の村で産まれる。

 瘴気にまみれ作物の育たない畑。いつ魔獣に襲われるか分からない恐怖。滅んでいく世界の中でアリエステは歌いながら明るく生きていく。


 だがある日、とうとう村が魔獣に襲われてしまう。

 生き残ったアリエステは魔獣を討伐する旅に出る。


 旅の中でこの未来のない世界で逞しく生きていく人々と交流していくアリエステ。


 ある日アリエステは夢で女神エリュナからの天啓を聞く。


 アリエステは女神エリュナは天啓通りに世界の中央に向かい、そこに巣食う魔獣を退治する。


 女神エリュナはアリエステに聖龍と聖樹を与え、彼女が祈りの歌を歌うことで世界が蘇っていく―――。


 最後の世界再生のシーンはフルオーケストラの壮大なフィナーレだった。魔法で作られた花びらが会場中を舞い、とても綺麗な光景だった。


 色々と歌劇的な脚色もあったが、大まかには史実と同じ流れの話だった。最後の音楽がとても印象的で流れ始めた時は感動してしまう。パチパチと拍手を贈る。




「とても良かったわ。役者の演技も良くって」


 休憩にと入った街のカフェでファインさんは歌劇の余韻に浸っていた。


「初めての歌劇はどうだった?カノンちゃん」

「とても面白かったです。特に最後のシーンがやっぱり大迫力で!あとあと、魔獣と戦うシーンで本当にライオンが出てくると思わなくてびっくりしちゃいました」

「あぁ、あれね!上手く調教したわよねぇ!いい演出だったわね!」


 キャッキャとファインさんと歌劇の感想を述べあう。ファインさんは役者の細かい仕草等の感想が多い。私にはあまり無かった視点なので目新しい。ファインさん曰く今回の歌劇の主演は有名な歌手なのだそうだ。名前だけでも覚えておくといいわよと言われた。


「デインはどうだった?」


 私たちの話を聞きながら黙々とケーキを食べていたデインに話を振ってみる。デインはうーんと考えたあと口を開いた。


「リオンの出番があんまりなかったのが残念だった」

「リオンかぁ」


 リオン。聖女の守護騎士であり、恋人であり、我らがアルセリオン王国の名の由来にもなっている偉人。今回のお話は聖女の誕生に重きを置いている話の作りだったからかあまりリオンの目立ったシーンはなかった。


「今回のお話は聖女様が中心だったからかしらねぇ?もう少し恋愛描写よりだったら出番もあっただろうけど」

「せめて戦闘の場面ではリオンに華を持たせて欲しかったなぁって思ってさぁ」


 デインの言いたいことも何となくわかった。今回の歌劇は魔獣を倒すシーンでさえとどめを刺すのがアリエステだったほどだ。かなり聖女寄りの演出だろう。


「リオンは聖女を守った英傑なんだから、もっと活躍するべきだ」

「デインはリオン好きなの?」

「そりゃご先祖さまだからな。別にアリエステが嫌いって訳でもないし」

「えっ、そうなの?」

「そうなのってお前……なんにも知らないんだな。歴史の勉強してるか?」


 上から見下してくるような言い方をするデインに腹が立つが、自分が無知なのは承知している。むむっと、デインを睨みつけたところでファインさんが間に入った。


「まぁまぁ。カノンちゃんはまだイーサリオンに来て日が浅いのだから」


 そう言ってファインさんはイーサリオンの歴史を軽く教えてくれた。


「ご先祖さまと言っても、うちは傍系よ。そもそもアルセリオンの建国の王が聖女の血筋を継いだ方だったの。四代目聖女様のお兄様にあたる方よ。その王家から分岐して出来た親戚筋の家のひとつがイーサリオン。だからご先祖さまと言えばご先祖さまだけれど少し遠縁に当たるわ」

「へぇ〜」


 知らなかった。そもそもイーサリオンが、王家の分家筋なのも初耳だ。よくわかってないが、イーサリオンってかなり身分の高い家なのかもしれない……。


「えっ、それじゃあイーサリオンは聖女様の血も引いてるってこと?」

「そうなるわねぇ。と言っても、聖女様がいた時代からもう1000年以上も経っているから血は大分薄まってると思うわ。あぁでもエリュナ・サンクティアの五家から人が嫁いできたこともあったから少しは聖女の血筋に近いのかしら?」

「まぁ血を引いてるってだけだ。なんの意味もない」

「でもイーサリオンに浄化の力を持った『祈り子』様が出たことは何度かあったのよ。皆エリュナ・サンクティアに迎え入れられたわ」


 聖女の力は女系継承だ。母親から長女へそこから更にその娘へと継承されていく。だから聖女は1つの世代に同時に複数産まれたりしない。ただ1人にその力が受け継がれていく。だから傍系に意味は無い。無いが、時折浄化の力を持って生まれる子が出ることがある。浄化の力は重宝されエリュナ・サンクティアに『祈り子』として召し上げられるのが一般的だ。


 だけど、世界を本当に浄化出来るのはただ1人。聖女だけ。

 そして直系の聖女の血は途絶えている。





 私はひとつ父様にも言っていない秘密がある。

 クレイトニー婆ちゃんに何度も、何度も、何度も言い聞かされてきた「私達の血筋の祈りには特別な力がある」という事。


 私は、実は私の母方の血は聖女の傍系なのではないかという推測を立てている。

 試したことはないが、私にも浄化の力があるのではないかと。

 そしてもしそうであればその力を誰にも言ってはいけないという言いつけは最もだ。


 もし浄化の力があると分かれば私は―――世界のために飼い殺しにされるのだ。


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