17.公認式
私がイーサリオンのお屋敷に来て約1ヶ月半が過ぎた。
今日は私がイーサリオンの血筋であると証明するための公認式が王都の聖殿で開かれる日。
私は朝からバタバタしていた。マリーさんとチエルさんに囲まれてこれでもかというほど飾られる。
「チエル先輩!髪こんな感じでどうですか!?」
「すごくいいと思うわ。お嬢様、目を瞑ってください」
「香水取ってきます!」
ポフポフとブラシで顔にお化粧品を塗られる。
いい香りのする香水を吹きかけられ、ただただ可愛いだけの装飾品を足される。
今日のコーディネートは聖殿に行くための神聖コーデだと二人は謳っている。白から水色へとグラデーションになっているAラインのドレスは至る所にレースがあしらわれており、明らかに高いツルツルした素材で作られている。ヒラヒラの袖口は長く、手を広げれば蝶々のように布が広がった。髪の毛はハーフアップだが、まっすぐストレートな私の金髪はコテで毛先が緩く巻かれている。銀色の髪飾りにこれまたレースのベールを被せられた。
結果的に、神聖要素を表現しているのは色くらいなのではないかなと思うほどゴテゴテしている……。
「はぅぁ!!!!可愛いよカノン!!!世界一だ!!!!」
エントランスで私を見た父様は叫び声をあげた。
父様も私と同じような色味のお貴族様衣装に身を包んでいる。意匠なども似通っており、この服はお揃いみたいだ。
父様は映像石を取り出してリュートさんに渡した。
「これは後世に残さないと世界の損失だ……リュート頼む」
「かしこまりました」
リュートさんが映像石に魔力を込めると、薄い膜のような魔力に包まれた。これが映像石で撮られている感覚か……。なんだかゾワゾワとして落ち着かない。
「カノン、ちょっと回ってみてくれ!」
言われるままにくるーっと回る。ヒラヒラな服はふわりと広がった。我ながら、かなり可愛い光景なのではないだろうか。父様は拍手しながら「笑ってぇ」とか「手を振って」とか言ってくるので私は全て期待に応えた。
「ダメだ。私の娘なんでこんなに可愛いんだ?奇跡か?」
そう言いながら父様は私を抱き上げた。すりすりと頬を寄せられる。正直とても恥ずかしいけれど、嬉しそうな父様の様子を見て、私はされるがままになるのだった。
「それでは向かうよ?カノン」
「はいっ」
リュートさんたちに行ってらっしゃいと見送られながら、父様の魔力に包まれる。
場面が変わればそこは見知らぬ建物の前だった。
イーサリオンのお屋敷よりかはこじんまりした印象の建物だが、装飾は立派で古めかしい印象を受ける。綺麗な庭は手入れが行き届いており、季節の花が咲き乱れていた。柵の外はレンガ造りの街並みになっているようだ。
「ここが聖殿?」
「いや。ここは王都のタウンハウスだよ」
地面に降ろされ、おいでと手を引かれる。父様が屋敷の玄関を開ると、エントランスできっちりと執事服を着こなしたおじいさんが出迎えてくれた。
「これはこれはレイン様。お早い到着で」
「そうか?時間通りだと思うが……。父上は?」
「もうすぐ降りて来られるかと思います。……そちらがお嬢様ですか?」
「あぁ。カノンだ。可愛いだろう?」
「えぇえぇ。生きている内にレイン様のご息女にあえるなど思ってもみませんでしたよ」
おじいさんと目が合う。
「初めましてお嬢様。私はこの屋敷の管理を任されております、トマスと申します」
「はじめまして、トマスさん」
「えぇえぇ。はじめまして」
優しげなおじいさんはしゃがんで色々と質問してくれた。いくつになったか、とか、今日の服は動きづらくないかとか、私が緊張しないようにしてくれてるみたいだ。悪い印象を与えないように丁寧に質問に答えていたら、「お嬢様はしっかりしてらっしゃいますね」と褒めてくれた。
「……その子がカノンか」
ふと上階からバリトンボイスが響く。見上げると階段を降りてくる五、六十代の男性が見えた。長い黒髪が後ろで結われ、父様には劣るが強い魔力を感じた。ファインさんやデインと同じ黄緑色の瞳が値踏みするように私を見下ろす。
「お久しぶりです父上」
「あぁ。さて、紹介してもらおうか」
「はい。この子がお話していた私の子。カノンです。カノン、君のお爺様にあたる人だよ」
父様に背を押され1歩前に出る。目上の人には淑女の礼を取るのだと、マナーの先生は言っていた。スカートをつまみ、足を引く。
「はじめましてお爺様。カノンといいます」
頭を上げればお爺様はうむと1つ頷いた。真顔で見下ろされて少し怖い。あまり私の事を好ましく思っていないのかもしれない。
「ユージーン・イーサリオンだ。まだ公認した訳ではないが、我がイーサリオンに名を連ねるつもりなら相応の振る舞いをするように」
「は、はいっ!」
ジロリと見下ろされ身が竦む。お爺様はイーサリオンの現当主様だという。この人に嫌われてしまっては私はここではやっていけない。
「父上。あまりカノンを虐めないであげてください」
「お前もお前だ。結婚を全て突っぱねておいて外に子を作るなど何を考えている」
「私も想定外だったんですよ。それにレティシア以外を妻に迎える気はありませんでしたから。彼女が受け入れてくれさえすればカノンは生まれた時からイーサリオンの子だったでしょう」
「ふん。まぁ、魔力量は合格だ。イーサリオンの名に恥じぬ」
「魔法使いとしてのセンスも良いのですよ?なんと言っても私の子ですから」
父様はすごく私を褒めてくれているが、お爺様は険しい表情を一切崩さなかった。
「旦那様、レイン様、カノン様、そろそろお時間でございますよ」
「そうだな。行くぞ」
「はい。おいで、カノン」
お爺様と父様について外に出ると魔導車が停まっていた。三人でキャビンに乗り込むと、運転手が静かに魔導車を発進させた。
お爺様は静かに腕を組んで座っている。父様も喋らないので、私は外を眺めることにした。王都なんてはじめて来たのだ。少しくらい観光気分を味わっても怒られはしないだろう。
窓の外は綺麗な建物がズラリと並んでいた。十階くらいありそうな高い建物があったり、ガラス張りの建物があったり、色々と並んでいるが、どの建物にも看板が出ていたり人が並んでいたりする。この通りはお店の多い道のようだ。
「珍しいものはあったかい?」
「色んなお店があるのね!」
「この通りは王都でも大きい商業地だからね。公認式が終わったらパパと一緒に見て回ろうか」
「本当?やったぁ!」
父様とそんな話をしていると正面に座るお爺様と目が合った。ジロと睨まれて口を噤む。はしたなかっただろうか……。
「ほら。父上がそんなだからカノンが怖がっているではないですか」
「まだ私はこの子を認めていない」
「お堅いですねぇ。見てくださいカノンを。こんなに可愛いんですよ?」
「お前には似ていないようだが」
「確かに容姿はレティシア似ですが、この魔力量は私そっくりでしょう?」
「……ふん」
お爺様はまた黙り込んでしまった。私のことが認められないのだろうか……。公認式を終えれば認めてくれるようになるんだろうか……。狭い空間の中で、私は困ったように身を縮める。
お爺様の態度に不安が募った。
一時間程走った頃、目的地に到着したようだ。魔導車がとまり、ドアが開く。
そこは王都の街並みからは少し離れた場所にある小高い丘の上の建物だった。喧騒から離れた静かな場所に、純白の建物はそびえ立っている。どことなく新鮮で神聖な空気が流れているようだ。人の気配も少ない。
「ここが聖殿?」
「そうだよ」
お爺様と父様に連れられて中に入ると、神官さんに広い聖堂へ案内された。女神様の像が正面に置かれ、手前の台座には実験器具のようなものが並べられている。
「あら、来たのね」
すくりと立ち上がったファインさんは笑顔で手を振ってくれる。
「あらまぁカノンちゃん!今日もとても可愛いのね!」
「ありがとうございます。マリーさんとチエルさんの力作なんです」
私がくるりと回ってみせるとファインさんと父様はパチパチと手を叩いて喜んでくれたが、お爺様はやっぱり私を一瞥しただけだった。結構渾身のくるりんだったんだけどな……。
しばらくすると数人の男性が聖堂に入ってきた。皆私の公認式を見守ってくれる人のようだ。父様が一人一人紹介してくれる。神殿長とか、大臣とか、どの方も立派な人のようだ。こんな人達に見守られながら行われるのか……公認式。
「やぁレイン。その子が君の娘かい?」
「フェル」
父様がそう言うと同時に、一斉に参加者の皆様が立ち上がった。どうやらこの人はこの中で一番偉い人のようだ。銀髪にオレンジ色の瞳をした彼は彫刻のように綺麗な顔をしていた。
「忙しいのに、公認式に来てくれて感謝する。こちらが、私の娘、カノンだ。カノン、ご挨拶を」
父様に促され、私はもう今日何度目か数えることも辞めたカーテシーの姿勢をとった。
「カノンと申します。本日はお越し下さりありがとうございます」
「フェルディナンド・ロアン・アルセリオンだ。よろしくね」
”アルセリオン”と名乗られてビクリと固まってしまう。それは流石の私でも知っているこの国の名前だ。そして国の名前を名乗るこの方は間違いなく王族の一員だろう。王族にまで参列されるとは聞いていなかった。イーサリオンってすごい高貴な家なのだなと改めて認識する。
「聞いてはいたが、びっくりするほどレティシア似だな」
「そうでしょうそうでしょう」
父様とフェルディナンド様は仲がいいみたいだ。そしてフェルディナンド様も母様と面識があるらしい。
フェルディナンド様はすぐにお爺様をはじめとする参列者に囲まれた。それぞれ挨拶を交わしているようだ。私はその会話のほぼ中心人物だと言えるが、こんなお偉いさん達の前で下手なことは出来ず、父様の隣でニコニコしながら立っていることしか出来なかった。
「皆様お時間となりました。ご着席願います」
神官さんの進行が始まり、厳かに公認式が始まった。
公認式とは、聖殿に保管されている血縁関係を証明できる魔導具を使って私と父様が親子だと参列者の前で認めて貰うことが目的だ。
私は前に呼ばれる。神官さんに指の先をナイフで軽く切られ、何滴か血を採られた。その場で神官さんが治療はしてくれたが、地味に深く切られかなり痛かった。同じように父様からも血を採っている。
神官さんは血液になにか液体を混ぜたり、煮沸したりと作業を進めていく。その工程一つ一つに詳しい解説が入った。まるで自分の行動が正しいと明らかにしているみたいだ。この明瞭さが嘘偽りないという証明になるのだろう。しっかりしていると感心してしまった。
複雑な作業の後、最終的に私と父様の血から生成された透明な液体が2つ出来上がった。
神官さんはそれぞれの液体が入った試験管を両手に持ち、魔導具の前に立った。
「魔導具使用の用意が整いました。こちらの魔導具が青く光れば父子の血縁関係があるという事になります」
神官さんが静かに二本の液体を魔導具に注ぎ入れかき混ぜると、一帯は目映ゆい青い光に包まれた。
「父子の血縁関係が認められました」
あっさりと、神官さんはそう告げた。これで私と父様の血縁関係は証明された。
パチパチとまばらに拍手が起こる。私は父様に促されて立ち上がり二人で一緒にぺこりとお辞儀をする。
それから何やら大人達の間で複数の書類のやり取りが行われ、どうやら私は正式にイーサリオンの籍に入ることが認められたらしい。正直あんまり実感がわかない。
「これでカノンは正式にイーサリオンの子だ」
父様は私を抱えあげると、嬉しそうにくるくる回った。
「おめでとう」
そう言って近づいてくるのはフェルディナンド様だ。彼は父様の腕の中に収まっている私の手を取ると「祝福を」と言いながら口付けた。洗練された仕草にドキリとしてしまう。ニコリと笑いかけられいたたまれなくなった私はぎゅと父様にしがみつく。
「ありがとう、フェル。あんまりカノンをからかわないでやってくれ」
「嬉しそうだねぇ、お前……」
「もう、可愛くて可愛くて仕方ないんだ……」
「だから結婚して子を作れと何度も言っていたのに。2、3歳の頃などこの倍は可愛いぞ」
「確かにその頃のカノンを見られなかったのは大きな損失だ……だが私は……」
「はいはい何度も聞いたさ。レティシア以外を愛せない、だろう?良かったじゃないか、念願のレティシアとの子だ。……彼女の事は残念だったな」
「あぁ。だが、カノンに出会えただけで、もう充分だ」
すりと父様に擦り寄られたのでなされるがままになる。ちょっと恥ずかしい。
「あまり甘やかしすぎないようにな。お前は父親としては初心者なのだから」
「分かっているさ」
「カノン」
「は、はい!」
フェルディナンド様は覗き込むように私と視線を合わせると、あやす様に頭を撫でた。
「私にも君と近い年頃の娘がいるんだ。今度王宮に遊びに来るといい。いい友達になれるかもしれない」
「お、王女様とお友達だなんて恐れ多いです……」
「まぁ会うだけ会ってみなさい。君にもお友達は必要だと思うよ?」
確かにお友達はゆくゆくは欲しいところだが、いきなり王女様を勧められるのはどうだろうか……。まだマナーもなっていないのに失敗したらどうしよう。
「それはいい。フェリシア王女はとても聡い方だと聞く。カノンのお友達にピッタリだ」
どうにかお断りした方がいいと思っていたが、どうやら父様も乗り気のようだ。お友達ってそう簡単になれるものじゃないんだぞぅ。相性とか尊重できるかとか色々合わないと良いお友達にはなれないんだぞぅ。
そう思っていても二人の間で私が王女様に会うのは決定事項のようだ。私が王都にいる間に王宮に行く話がまとまってしまった。




