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13.はい。私が約束も守れない悪い子です

 ……まずいまずいまずい。


 何処だここ。

 ばっばっと辺りを見回す。どこを見ても木、木、木……。


 私は裏庭で、炎の壁から抜け出す程度の、ほんのちょっと隣に飛ぶつもりだった。が、位置指定が上手くいかなかったのだろう。


 全力の力をかけて意識を集中し、索敵をする。もうずうっと先まで調べたがあの分かりやすい一番星のような父様の魔力を感じることは出来なかった。


 やばい。

 たらーっと嫌な汗が背を伝う。


 とりあえず人は近くにはいるようだ。この密集具合から考えると村かなにかがあるのだろう。

 浮遊魔法で飛び上がると森を見渡せるように上空まで飛んだ。思った通り、森の先に村が見えた。


 ひとまず人が居るということに安心する。人の気配のない森のど真ん中に飛んでいたら取り返しがつかなかったかもしれない……。危な……。


 私はまっすぐ村に向かって飛ぶことにした。村に行って、ここがどこか聞くのだ。


「!ここって……」


 村には見覚えがあった。それは懐かしい、孤児院に入るまで暮らしていた村だ。何故かこの近くに飛んでしまったのだろう。

 まったく知らない場所ではなく、見知った場所であるということに本当にホッとした。なんとかなるかもしれないし、イーサリオンのお屋敷からもそこまで離れていないきがする。孤児院は村から一番近い街にあったし、孤児院からイーサリオンのお屋敷までもそこまで離れていなかったはずだ。


 ふよふよと飛んで、婆ちゃんと住んでいた家まで来る。鍵は孤児院に入る時に村長さんに渡したので中に入ることは出来なかったが、窓から中を覗いた感じ、家の中はそのままになっているようだ。

 ちょっとホッとした。村長さんはこの家は買い手がつけば売るのだと言っていたから。


「……カノンちゃん?カノンちゃんかい?」

「ムタおばさん!」


 声をかけてきたのはお隣に住んでいたムタおばさんだ。おばさんは洗濯物をしまうのをやめて「久しぶりだね」と私に手を振ってくれた。


「どうしたんだい?孤児院から逃げ出してきたのかい?」

「んーん。魔法の失敗でここに飛ばされちゃったの……」


 私はイーサリオンのお屋敷に引き取られそこに住んでいるということを簡単に話した。ややこしそうなことになりそうなので娘だったという事実はぼかした。ムタおばさんは私が使用人として引き取られたのだと納得したみたいだ。それにしては綺麗な服を着せられているとは思っているみたいだが……。今日の私は紺色のワンピースにポニーテールだ。ギリ使用人に見れなくもない服装だろう。


 ムタおばさんに話を聞くと、なんとこの村はイーサリオンの領内の村だという。はじめて知った。


「それでもこの村は端っこさ。ご領主様の屋敷からもかなり距離がある」

「そうなんだ……私帰らないと……」


 私が孤児院のある街まで行きたいとムタおばさんにねだると、ムタおばさんは渋い顔で首を振った。


「カノンちゃんの足で今から出ると町に着くまでに夜になっちまうよ。それにこの辺りは獣も出て危険だ。一週間後に街に向かう商隊がある。そこに話でもつけて一緒に行きな。それまではうちで面倒見てやるから」


 ムタおばさんは親切にそう言ってくれた。私の身を案じて言ってくれているのは分かったが、私はなるべく早く帰らないとと焦っていた。

 きっとお屋敷総出で探されている。そんな気がしてたまらなかった。

 それに私は父様との約束を破って上級魔術である移動魔術を使ってしまった。自業自得とは言え、父様に悪い子だ。もういらないって言われたらどうしよう。と心配でたまらなかった。


「大丈夫。私魔法が得意なのよ。飛んで行ったらそんなに時間もかからないし……。おばさん。道だけ教えてくれない?」

「カノンちゃんみたいな小さな子を一人で行かせるわけにはいかないよ」


 おばさんは心配してくれていて、話を全く聞き入れてくれなかった。

 あえなく交渉は失敗し、ムタおばさんのところでしばらく過ごすことになった。



 その夜。一応、居候の身だからご飯を作るお手伝いなんかをした。

 ムタおばさんの旦那さんのルドルフおじさんと三人でご飯をたべる。ムタおばさんもルドルフおじさんも「本当に久々だね」、なんて言いながら昔話に花を咲かせた。やんちゃだった私が蛇を捕まえて村の子供を脅していた話や、クレイトニー婆ちゃんが生きていた頃の話をして懐かしい気分だ。


 わいわいと夕食を食べ、もう寝るかと、おばさんに寝床を作ってもらっている時だった。ふっと見知った魔力を感じ、顔を上げる。それは小さな、小さな魔力だったが、私が間違えるはずもない。父様の魔力だ。


 ガタンッと立ち上がり、外に出る。

 ムタおばさんが驚いていたが、気にしている余裕はなかった。


 外に出て、魔力の出処を探る。上空にあったそれは淡い青色の光を放ちながら私のもとまで降りてきた。魔力でできた綺麗な鳥だ。父様の魔力を感じる。きっとこれは父様が作り出したものなのだろうと手を伸ばす。


 鳥は私の手に留まるとフッと闇夜に溶けて消えた。


「えっ」


 きっと父様が私を探してくれてたのだと思ったし、この鳥が私を父様のもとまで導いてくれると思ったのに鳥が消えてしまった!


 ど、どうしよう、私またなんかやっちゃった!?


 父様の魔力を感じて安心するのもつかの間、消えてしまった鳥にオロオロと慌てる。


 せっかくの希望が打ち砕かれ、じわりと涙を目に貯めていると、シュンッと、父様が移動魔術で前方に現れた。


 はぁはぁと息を切らし、少し汗をかいている父様は、周囲を見渡し私を見留めると目を見開いた。


「!カノン!」

「……父様っ!」


 父様は明らかにホッとした表情でこちらに近づいてくる。私も父様の顔を見てとても安心した。

 抱きつこうと手を伸ばす―――


 パシンッと乾いた音が響く。


 頬を叩かれたのだと気付くのに時間がかかってしまった。

 呆然としていると父様が口を開いた。


「約束を破ったね」


 びっくりするくらい真剣な声。

 じわぁと痛みが襲ってくると同時に自分が父様に怒られているのだと理解する。

 私は父様との約束を破った。

 上級魔術は使う許可が出ていないのに、カッとなった私は自分ならできると過信し、移動魔術を使った。

 結局失敗して迷惑をかけてしまった。父様が怒って当然だ。怒られて当然だ。


 どうしよう。要らない子だって言われたら、父様にそんな事を言われたらもう私は行くあてがない。

 感覚が鋭くなり、ズキズキと叩かれた頬が痛む。サーっと血の気が引いた。


「どれだけ心配したと思っている……無事で良かった……」


 唇を噛んで辛そうにこちらを見下ろす父様。

 父様が心配してくれていた。それは私の見を案じ、大切に思ってくれているからだろう。


「っ、ごめっ、ごめんなさぁい!!!」


 堰を切って泣き始めてしまった私を父様はぎゅぅぅと抱きしめた。その力が強く、頭を撫でる手からはいっぱいの愛情を感じ安心する。

 まだ私は父様の子で居ていいのだ。




 ムタおばさんとルドルフおじさんにお迎えが来た事を伝えると、「良かったじゃないか」と笑って見送ってくれた。父様は後日謝礼をしたいと二人に伝えていたが、おばさん達は近所の子の世話をしたくらいだと断っていた。


 どうやら私は無意識のうちに、自分の最もよく知る長く暮らした場所であるこの地を転移場所にしてしまったようだ。移動魔術の難しい点がその転移位置を指定する段階で、潜在意識にまで気を配って陣をはらないといけないのだそうだ。父様は一応座標指定の仕組みを説明してくれたが、まだ使用は許可できないと再度言い含めた。



 父様はここが私が昔暮らしていた村だと知ると驚いていた。昔暮らしていた家に案内すると、後で家を買い取ってくれると約束してくれる。


「……こんな所にいたのか、レティシアは……」


 何故見つけられなかったのかと、父様は苦しそうに家を見つめた。父様はかなり熱心に母様を探していたそうだ。それでもこの場所を見つけることは出来なかった。「領内にいたとは……」と呟く父様。驚きを隠せないようだ。


「……帰ろうか、カノン。もう約束を破ってはいけないよ?君が居なくなったら私は地の果てまで探さないといけなくなる。パパを困らせないでくれるね?」

「分かったわ。本当にごめんなさい父様……」


 父様は私を抱き上げ、イーサリオンの屋敷へと移動魔術を使った。




「お嬢様!」

「ようございました」


 エントランスに飛ぶと、わっと使用人さんたちに囲まれた。「お嬢様が見つかったぞ。外回り組に知らせろ」と指示が飛び交っている。

 わぁぁ……やっぱり心配かけてしまっていた。ごめんなさいと謝りながら父様の腕の中で丸まっていると見知らぬ女性とデインが奥からやってきた。


 そうだ。そもそもコイツが私に突っかかってこなければこんなことになることも無かった。ムッとしてデインを見下ろす。


 昼までの生意気さはどこに行ったのやら、デインは随分しおしおになっている。彼は彼で怒られたみたいだ。ざまぁみろ。

 デインは隣に居た女性に背を叩かれ、一歩前に出る。


「……俺が悪かった。許して欲しい」


 そう言って頭を下げられる。ここで「はぁ?」って言ってやるのは簡単だったが、私ももう八歳だ。心は大人の立派なレディだ。それに父様にも見られている手前、心の狭い姿は見せられなかった。

 ムカムカと思う気持ちはあったが、一応謝られているわけだし、私はデインを許すことにした。


「…………うん。いいよ。私もごめんね」


 出来るだけ言葉に棘が出ないように伝える。デインは頭をあげたが、こちらを見ることはなかった。なんだこいつ……。

 でも形だけでも和解した私達を見て大人は安心したみたいだ。


 デインの隣に立っていたスラっと背の高い、黒髪に黄緑色の瞳をした女性が数歩前に進み出た。


「はじめまして、カノンちゃん。私はファイン・クレイウッド。レインの姉で、デインの母親よ」


 ファインさんはニコリと笑うと父様に抱えあげられた私と目を合わせた。柔らかく笑う笑顔はどこか父様に似ていて、朗らかそうな人だなぁという印象を受けた。デインと血が繋がっているとは思えない。


「今回はデインがごめんなさいね。私からも厳しく言っておくわ」


 ファインさんにも頭を下げられ、私は「大丈夫ですっ」と両手を振る。

 ファインさんとデインは私に挨拶しにやってきたそうだ。今日はもう遅いし、明日改めて話しましょうと二人はお屋敷に泊まっていくらしい。ファーストコンタクトがこんなふうになって本当に残念だ……。


「今日はもう遅い。カノンも休む支度をなさい」

「はぁい」


 マリーさんとチエルさんに預けられ部屋に戻ると時刻は十一の刻を回っていた。簡単にお風呂に入り、おやすみなさいをしようとした時、アズールとエミリィが訪ねてきてくれた。二人にも迷惑をかけてしまった……。


「お嬢様、本当にご無事で良かったです」

「うん。アズールも心配かけてごめんね」

「いえ。私が不甲斐ないばかりに、お嬢様を危険な目に合わせてしまい申し訳ありません」


 アズールは全く悪くない。むしろデインを止めようとしてくれていたのに、真面目な彼はぴしりと頭を下げた。


「アズールは悪くないよ。頭をあげて」


 頭をあげたアズールは「精進いたします」と沈痛な面持ちだ。そんなに重たく考えなくていいのに。


「お嬢様が消えてしまってから屋敷は大騒ぎだったんですよっ」


 エミリィがキャンキャンと私が移動魔術を使ってしまってからの様子を語ってくれた。

 私は屋敷の使用人総出で捜索されていたらしい。こんなに屋敷が殺伐としたのははじめてだとエミリィは半べそかきながら語った。父様はデインを相当きつく叱っていたらしい。それであんなにしおしおになってたのか……。


「レイン様もあっちこっち飛び回ったりしてて本当にお嬢様を心配してらしたんですよっ」

「あんなに慌てたレイン様は初めて見ました」


 うんうんとアズールとエミリィは頷き合う。


「デイン様も普段はあんなに攻撃的な方ではないのです」

「嘘ぉ。最初からアレだったけど?」

「デイン様はお嬢様が現れるまで、イーサリオンの後継者の最有力候補でしたから……」


 デインはファインさんの第二子で、結婚する気は無いと公言していた父様が後継者候補として目を掛けていた子の一人なのだそうだ。よくイーサリオンにも遊びに来ていたという。

 なるほど。だとすれば、彼にとってぽっと出の私の存在はとても邪魔だっただろう。納得はいっていないが、デインの心境は理解した。


 私は正直イーサリオンの後継者だなんだという話には興味が無い。大切なのは父様の子であるという点のみだ。でも父様は私に後継者として過ごせと言った。

 だから後継者を頑張るのだ。


 それから「あんまり無茶なことはしないでくださいね」とアズールにめいっぱい心配された後、二人は帰っていった。


 私も疲れていたのですぐに布団に入った。

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