第五章 真実
その夜、咲は一人でアパートにいた。香織との会話が頭から離れない。自分は本当に、涼介を惑わせているのだろうか。
スマートフォンが鳴った。涼介からの着信だった。
「もしもし」
「咲、今大丈夫?話したいことがある」
十分後、涼介が咲のアパートにやってきた。久しぶりに見る私服の涼介は、どこか少年のような印象を与えた。
「コーヒーでも飲みますか?」
「ありがとう」
二人はリビングに座った。しばらく沈黙が続いた後、涼介が口を開いた。
「香織と話したんだって?」
咲は頷いた。
「何を言われた?」
「特別なことは」
「嘘をつかないで」涼介の声に苛立ちが滲んだ。「香織が君に何を言ったか、大体想像がつく」
咲は涼介を見つめた。彼の瞳に、複雑な感情が渦巻いているのが見えた。
「咲、君に謝らなければならないことがある」
涼介は深く息を吸った。
「昔、君を冷たく扱ったこと。君が家を出る時、引き止めなかったこと」
「もう過ぎたことです」
「いや、過ぎたことじゃない」涼介は立ち上がった。「君がいなくなってから、僕は後悔し続けてきた。なぜあの時、本当の気持ちを伝えなかったのか」
咲の心臓が激しく鼓動した。
「本当の気持ちって」
「好きだったんだ」涼介は咲を見つめた。「君が桜井家に来た時から、ずっと」
咲は言葉を失った。
「でも、家族として受け入れられた君に、そんな気持ちを抱くことが間違っているような気がして。だから、君を遠ざけることで、自分の気持ちを抑えようとした」
涼介の告白に、咲は混乱した。
「香織さんはどうするんですか?」
「わからない」涼介は正直に答えた。「でも、君と再び会えたのは、きっと意味があることだと思う」
咲は立ち上がった。
「帰ってください」
「咲」
「お願いします。今は、何も答えられません」
涼介は寂しそうな表情を浮かべたが、素直に帰っていった。