第一章 再会
秋の陽だまりが差し込む二十四階のオフィスで、倉持咲は初めてここを訪れた時のことを思い出していた。三週間前、フリーランスのUI/UXデザイナーとして、アプリ開発会社「サクラテック」の新プロジェクトに参加することになったのだ。
「倉持さん、お疲れさまでした」
振り返ると、広報担当の青木香織が笑顔で近づいてきた。完璧に整えられたボブヘアと、いつも明るい表情が印象的な女性だった。
「こちらこそ、ありがとうございました」
咲は軽く会釈した。香織は社内でも人気が高く、誰に対しても親しみやすく接してくれる。しかし、なぜだか咲は彼女と話すたび、微妙な居心地の悪さを感じていた。
「桜井さんからの評価も上々ですよ。久しぶりに気の合うデザイナーに出会えたって」
桜井涼介。この会社のCEOであり、咲にとって忘れられない人物だった。十五年ぶりの再会は、まさに運命の悪戯としか言いようがなかった。
咲が八歳の時、両親の離婚により母方の親戚である桜井家に引き取られた。そこで出会ったのが、同い年の涼介だった。最初こそ戸惑いながらも、二人は兄妹のように過ごしていたはずなのに、いつしか涼介の態度は冷たくなっていった。
高校卒業と同時に桜井家を出た咲は、それ以来涼介と顔を合わせることはなかった。まさか、こんな形で再会することになるとは。
「咲」
低く落ち着いた声に振り返ると、涼介が立っていた。スリムなスーツに身を包んだ長身の男性は、昔の面影を残しながらも、大人の男性としての魅力を纏っていた。
「お疲れさま。今日のプレゼン、よかったよ」
「ありがとうございます」
咲は敬語で答えた。個人的な関係は職場に持ち込まないというのが、二人の暗黙の了解だった。
「涼介さん、お疲れさまです」香織が涼介の隣に自然に立った。「今夜の懇親会の準備、完璧に整いました」
「ありがとう、香織」涼介は微笑んだ。「咲も参加するよね?」
咲は少し迷った。フリーランスという立場上、こういった社内イベントに参加すべきかわからなかった。
「ぜひいらしてください」香織が言った。「みんなで咲さんを歓迎したいんです」
その笑顔には一点の曇りもなかった。しかし咲には、その完璧すぎる笑顔の奥に何かが潜んでいるような気がしてならなかった。