第七話 母の夢と願い
【第二章のあらすじ】
護衛のサイードと王宮を抜け出して旅を始めた道中、ルナリアは母の夢を見て過去に想いを馳せる。
母を喪い、ひとり取り残された王女が出会ったのは、ちいさな騎士と名もなき少年。
傷を抱えた三人の絆は、やがて運命を変える力となる。
──祈りと誓いが交差する、幼き日々の物語。
「ルナリア……ほら、可愛いお花でしょう?」
母がそっと差し出してくれたのは、小さな紫色の花だった。
「あなたの名前と一緒なのですよ、ルナリア」
愛しそうに名を呼ぶ、優しい母の声と笑顔が、懐かしくて、あたたかくて……思わず胸がぎゅっとなった。
「わたくしはね、ルナリア……あなたには──」
ガタン、と体が揺れた感覚。その拍子に目蓋がふわりと開く。
視界を覆っていたのは黒。落ち着いた深い香りが鼻腔を満たしている。
煙のように柔らかく、どこか土のようなぬくもりがあって……夢の続きに包まれているようだった。
「姫様……起こしてしまいましたか?」
頭上から響いた低い声に、鼓動がちいさく跳ねた。
顔を上げると、切れ長の虎眼石の瞳が、静かにこちらを見つめている。
ルナリアは、力の入らない手でゆっくりと身体を起こした。
「……サイード、ありがとう」
彼は静かに距離を取ると、「いえ……起こしてしまい、申し訳ありません」と低く言って、反対側の席へ移った。
(胸を貸してくれていたのね……)
彼の胸元のぬくもりとともに、まだ微かにその香りが鼻先に漂っている気がした。
(……なんだか、恥ずかしい……)
少し熱くなってしまった頬にそっと手のひらを当てながら、窓の外を眺める。
「わたしはたくさん眠らせてもらったわ……あなたは、寝ていないでしょう? ちゃんと、休まないと……」
「俺は大丈夫です」
「でも……」
「………少し眠りました。問題ありません」
サイードの方を見ると、伏し目がちなまま視線を落としていた。
少し眠ったなどと、かなり疑わしいと思いながらも、これ以上は無意味だと悟って、ルナリアは口を噤んだ。
再び窓の外に目を向けると、遠くに湖と、紫色の花畑が見える。
(あれは……夢の中で見た花と、同じ?)
お母様は、何を言おうとしていたのだろう……。続きが思い出せず、記憶を必死に辿った。
けれど母との思い出は、七歳の時まで。覚えていることは、そう多くはなかった。
「姫様、どうされましたか?」
難しい顔をしていたのだろうか。サイードの声が優しく響く。
「お母様の夢を見て、色々思い出していたの……懐かしくて」
「そう、でしたか……」
少しの沈黙が流れた。
「……姫様のお母上は、どのような方だったのですか?」
「お母様はね……」
珍しく質問を投げかけてきた彼に、ルナリアはそっと微笑み、静かに語り始めた。
次回の第八話はアレクシスとルナリアの過去編です。
サイードとルナリアの過去編は、第十話からお届けします。
ぜひ、楽しんでいただけると嬉しいです!