第四話 旅立ちの決意
部屋に戻ったルナリアは、あの日失われた命を思い、ある覚悟を胸に抱く──
「──姫様っ!?」
サイードが、大きくふらついたルナリアの背を支える。心配しているせいか、虎眼石のような瞳は不安気に揺れていた。
「大丈夫よ。今日は本当に色々あったでしょう?少し、疲れただけなの……」
ルナリアは心配するサイードを見て、「あなたは心配性ね」とくすりと微笑んだ。
サイードに支えてもらいながら、長椅子にゆっくりと腰を降ろす。
昼には柔らかな日差しが差し込んでいた窓には、厚いレースのカーテンが引かれている。王宮の夜もすっかり更けて、この部屋も少しひんやりとした空気を纏っていた。
宴が終わる頃まではあれだけ賑やかで平和だった王宮も、突然の星蝕の影響で一変してしまった。
騎士や兵士たちは慌ただしく城内の確認や修繕のために動き回り、侍女たちは皆不安そうに身を寄せ合って、顔を強張らせていた。
侍女の中には、神殿での一件を耳にして恐怖に泣き出すものや、中には失神するものまでいた。
ルナリアは侍女たち皆を下がらせて、自身もゆっくり身体を休めるよう侍女長に指示したばかりだった。
「結局、あの神官の女性は救えなかったのね……」
「……他の者たちは皆、姫様のおかげで命を取り留めました」
「それができただけでも、良かったのよね、きっと……」
そう自身に言い聞かせるようにつぶやくと、ルナリアは悲しげに黙り込んだ。胸の奥には言葉にできない痛みが滲んでいた。
赤い星がひとつ王宮に堕ちて、尊い命もひとつ、失われてしまった……。
「子どもの頃に聞いた、お母様の言葉を……神殿で思い出したの……」と、母から教わった言葉をルナリアはサイードに伝えた。
「わたしは、この祈りの力を、誰かを救うために、使いたいの……ここで守られながらじっと過ごすなんて、わたしにはもうできない……」
サイードは、黙ってルナリアの言葉を聴いていた。
「それに、このアリシオンにまで星蝕が及んでしまったわ。
このまま何もせずにいるうちに、またどこかで誰かが倒れてしまうかもしれない……見ているだけなんて、もう耐えられないの」
揺れるルナリアの瞳の奥には、強い光が宿っている。
「……わたしの祈りでは、大したことはできないかもしれないけれど……この手で、ひとりでも多く救えるのなら……」
そう小さく呟いて少し俯くと、ルナリアは白く華奢な両手をぎゅっと握りしめた。
「だから……わたしは、この王宮を出ようと思います」
ルナリアは顔を上げて立ち上がると、サイードを真っ直ぐに見つめる。
「サイード……」
ほんのわずか、ルナリアは逡巡するように視線を落とす。
「あなたも、一緒に来てくれる?」
そうおずおずと問いかけると、サイードはしばし黙したまま、ルナリアを見つめた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……俺は、あなたの行く場所になら、どこへでもついていきます」
表情を変えずにそう答えたサイードに、ルナリアは少しだけ吹き出した。彼女は気付いていなかったが、サイードの指先はわずかに震えていた。
「あなたなら、そう言ってくれると信じていたけど……でも、本当にありがとう」
ルナリアは安心したように微笑んだ。
こうして、ひとつの覚悟が、夜の静寂のなかにそっと芽吹いた──。