第二十八話 心に灯る願い
明るくなり始めた空からは、かすかな光が差し込み星の泉を淡く照らしていた。静かに揺れる澄んだ水面が、煌めく星々を映して、静かに光を返していた。
ルナリアはゆっくりと立ち上がると、そっと泉に足をつけた。まだ濡れたままだった白い衣が、泉の中で足に纏わりつく。
──瞬間、背後から水音がしたかと思うと、ルナリアは右手を掴まれた。
「──何をなさるおつもりですか?」
低いサイードの声にルナリアが振り返ると、彼の虎眼石の瞳がルナリアを見つめていた。その瞳は揺れていて、握ったルナリアの手首を通じて、その震えが伝わってきた。
「サイード……」
ルナリアは、一瞬だけサイードを見ると、すぐに目を伏せて黙り込んだ。
答えないルナリアに、手首を握るサイードの手に力が籠る。
「……俺は、あなたの祈りの代償を知っている……この場所での祈りが――あなたの祈りが……どれほどの代償を求めるか、わかっているのですか?」
絞り出すような、サイードの低い声が泉に響いた。
(……お母様もきっと、星への祈りで――いつも優しく微笑んでいたけれど、きっと、ずっと覚悟していたんだわ……)
ルナリアは、答えることが出来なかった。顔を上げることもできないまま、ただ揺れる水面を見つめている。
「俺は、あなたを失うのが怖い……祈るのは、やめてください」
懇願するようなサイードの声に、ルナリアはその目蓋をきつく閉じる。
「でも、わたしが祈らないと、この世界はいずれ──っ……!」
言い終わる前に、ルナリアは後ろから抱き締められた。両肩を包むように回された褐色の両腕は、震えている。
「構わない……この世界がどうなろうと……俺はあなたを失いたくないんだ。俺は、最期まであなたの側を離れません、だからどうか……」
サイードの震える声に、ルナリアの瑠璃色の瞳から涙が零れた。
(わたしも……あなたと一緒にいたい。でも、あなたを、皆を……守りたいの)
アレクシスは、その様子を見ながら、泉のほとりで立ち尽くしていた。揺れる瞳で、サイードとルナリアを見つめている。
(姫様の祈りの代償は、姫様の命だったのか? 姫様は、命を賭けて祈りを捧げてこられたというのか……?)
「姫様……私は、命を懸けて姫様をお守りすると誓いました……それは、姫様も私も、生きてアリシオンに戻るということです」
アレクシスの語りかけるような声が、静かに響いた。
「世界を救うために……姫様は、犠牲になるおつもりなのですか?……そんなの、悲しすぎます……」
静かに響いたその声は、震えていた。
淡い星々が瞬く中、優しい光が三人をそっと照らしている。
「サイード、離して……」
そう言ったルナリアの声も、震えていた。
包み込むように回された褐色の腕をそっと外すと、ルナリアはふたりを振り返る。
その瑠璃の瞳は涙に濡れていて、けれど、その瞳の奥には、確かな意志の光が宿っていた──




