第一話 王女の誕生日
【第一章のあらすじ】
アリシオンの王宮に暮らす王女ルナリアは、星の巫女の末裔で「星の声」が聴こえる不思議な力を持っていた。
十七歳の誕生日の夜、空に異変が起きる。
──それは、すべての始まりだった。
春の風が穏やかに吹くその日──それは、嵐の前の静けさだった。
穏やかな風が白亜の王宮の回廊を優しく吹き抜ける。その中を、規則的な足音で歩みを進める若い騎士がひとり。
かすかな花の香りと石の冷たさが混ざり合い、彼の胸にざわめきを運んだ。わずかな緊張と言葉に出来ない感情を胸に抱えながら、開かれた部屋の入り口に立つ。
その部屋の窓辺には淡い桃色の花々が咲き揃い、差し込む柔らかな陽光が白い石床を優しく照らしていた。
「失礼いたします」と声を掛けて、開け放たれた部屋の中をそっと伺う。
そこには、白を基調とした美しい衣装に身を包んだ王女の姿があった。
「ルナリア姫様、十七歳のお誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、アレク。あなたにお祝いしてもらえて嬉しいわ」
王女ルナリアは、花が咲いたようにふわりと顔を綻ばせた。
黙っていれば神秘的で少し近寄りがたい王女。だが、微笑むとまるで花の妖精のように愛らしい──そう、騎士アレクシスは思った。
ここは、大陸の中央より南部に位置する、アリシオン王国の王宮。今日は、王国で唯一の王女であるルナリア姫の誕生日だった。
ふと、ルナリアの背後に視線を向けたアレクシスの顔が曇った。
「……あなたもいたのか」
アレクシスは少し不機嫌、否、人当たりの良い彼にしては珍しく、嫌悪の色を隠せずにルナリアの後方を見やった。
「⋯⋯⋯」
ルナリアの後方で沈黙したまま佇んでいるのは、褐色の肌に銀色の髪が印象的な長身の青年。
彼の切れ長の瞳は虎眼石のように鋭く、感情を読ませない。
アレクシスにはその沈黙や表情のなさが、何より不気味に思えた。
「いつも一緒ですものね、サイード」
そう振り返って無邪気に微笑むルナリア。
青年──サイードは伏し目がちに「はい……」と答え、わずかに頷いた。返事をした後も表情は変わらず、その沈黙はどこか異質だった。
(姫様に常に寄り添う立場……だとしても、あまりにも距離が近すぎる。……私でさえ、儀礼を重んじて一歩引いているというのに……)
アレクシスの胸はざわつき、知らず知らずのうちに薄い嫉妬が心の奥でくすぶり始めていた。
──その数時間後、王都の空に“赤い星”が流れることを、彼らはまだ知らない。
少女の運命が、静かに、しかし確かに動き出そうとしていた。