第二十四話 星津の徒
沈黙が満ちる星の泉の聖域。かすかに水音が響くその空間に、緊張の気配が漂っていた。
ルナリアは、まだ微かに輝く泉の水面を見つめている。
サイードとアレクシスはそれぞれ、ルシアンの動向を見逃すまいと構えていた。
その静寂を破ったのは、サイードの低い声だった。
「貴様、どういうつもりだ?」
「ナザールの者か……本当にしつこいなぁ……ナザールが星の巫女を守る時代は、もうずっと昔に終わっているんですよ?」と呆れたように笑うルシアン。
「……そんなのは、どうでもいい。ルナリアを傷つけるなら、俺はお前を許さない」
サイードが短剣を構えた瞬間、ルシアンが肩を竦めて「……またそれですか」と嘲る。
「ルシアンさん、あなたは……どうしてこんなことをするの?何を望んでいるの?」
ルナリアの問いかけに、少しの間黙り込んでいたルシアンが語り始める。
「……あの方を失ってから、世界はもう終わっているんです。だから、私たちが──浄化しなければならないんですよ」
言葉を失ったルナリアの瑠璃色の瞳は、困惑と恐怖に揺れていた。
「星の神々は、月の女神であるセレネ様を人間に売ったアストレアに星の捌きを下した……。だから、私たち星津の徒も、星蝕が起きる度に、穢れた者たちに捌きを下してきたんです……」
「全ては星の神々と、セレネ様のため……」と笑って呟いたルシアンを、サイードは嫌悪に染まった瞳で睨みつけている。
アレクシスは拳を震わせながら、かつてセレネとルナリアに誓った忠誠を心の中で思い出していた。
「人間との婚姻なんて、セレネ様も望まれていなかったのに……アストレアが星蝕によって滅んだのは、星の捌きなのですよ。星の神々は、穢れた世界の浄化を望んでいる……セレネ様もきっと、喜んでくださいます……」
そう言って微笑んだルシアンの言葉に、ルナリアの瑠璃の瞳が揺らいでいる。
(お母様は、望んでいなかった……?)
眉を顰めてルシアンの妄言を聞いていたアレクシスは、ルナリアの顔を見るとルシアンを睨みつけた。
「セレネ様は、アリシオンに売られたわけではありません! セレネ様は、姫様のことも、アリシオンのことも、心から大切に想ってくださっていました。どれだけセレネ様が姫様の名前を優しく呼ばれていたか……私は、見てきたんです!」
「星蝕を、セレネ様が喜ばれるわけがない……セレネ様を侮辱しているのはあなたの方だ!」と叫んだアレクシス。
「私は、あなたとは違う! 私は――姫様の意思を、尊重します!」
声を震わせたアレクシスは、両手を強く握りしめている。ルナリアは、アレクシスの腕にそっと触れると、「アレク、ありがとう……」と囁くように言った。
そして、ルナリアはルシアンにゆっくりと歩み寄る。
「ルシアンさん、違うの。星は人を裁いたりしない……星はいつも、嘆いているのよ。星はただ、向けられた想いに応えようとするだけ……星蝕は、人々の歪んだ願いや欲望が集まって、星を穢すことで起きているのに……」
ルナリアの言葉に、ルシアンは一瞬だけ、表情を失った。
「星は、裁かない……だと?」
ルシアンの瞳が、微かに光を帯びて揺れる。
「──やはり、あなたもそうおっしゃるのですね。……セレネ様と、まるで同じだ……」
呟くようなその声には、どこか諦めにも似た色があった。
だが次の瞬間、泉の水面が再び脈打つように波打った。
──星蝕の気が、目覚めようとしている。
空気がぴたりと張り詰め、肌の上をざわりと冷たい何かが這った。
泉の水面は、まるで呼吸するかのように脈打ち、光が淡く濁り始めていた──ルシアンの表情が、ゆっくりと狂気に染まり始める。
(お母様は、わたしを……星を……どう想っていたの……?)
心の奥に、拭いきれない影がわずかに差し込む。けれど、それでも──
(わたしは、信じたい……星も、お母様も――わたしの中に宿る祈りも………)
ルナリアは揺らいだ泉を見つめ、そっと胸に手をあてた。




