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夜明けは星の泉で 〜アストレアの星蝕と祈りの巫女〜  作者: 星谷明里
第四章 真実 〜封印された祈りと罪〜
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第二十三話 星の泉に呼ばれて

(冷たい……ここは、どこなの……?)


 ひんやりとした感触に身動ぐと、ルナリアは目蓋をそっと開いた。目の前の朽ち欠けた柱には、淡く青い光がちらちらと揺らめいている。

 冷たい石床に手をついてゆっくりと起き上がると、そこには美しく澄んだ泉が広がっていた。その泉は、夜空の星々を映して、静かに青い煌めきを放っている。


(不思議な泉……)


「ルナリア様」


 不意に、背後から響いた声にルナリアが振り返る。瑠璃色の瞳に映るのは、微笑むルシアンの姿だった。


「ルシアンさん……ここは、どこですか?」


「何故、こんなことを……」と怯えるルナリアに、ルシアンは優しい微笑みを浮かべる。


「ここは、星の泉……清らかな星の巫女だけが祈ることを許された聖域です」


(星の泉……じゃあ、ここはアストレアの……)


 何事もなかったかのように微笑みながら語るルシアンに、ルナリアは恐怖の表情を浮かべる。


「そのようなお顔をなさらないでください………怖くはありませんよ。私も一緒に参りますから……」

「……どこに、連れて行くつもりなの?」


 ルシアンはルナリアにゆっくりと近づいていく。


「──もう、還らなければなりません……星の導きに逆らってはいけないのです……」


(何を、言っているの………?)


 ルシアンのその黒い瞳は、焦点が合っていないように見えた。


「さぁ……一緒に参りましょう」と微笑んで手を差し出すルシアンに、怯えた表情で後退りするルナリア。


 ルナリアの踵に当たった朽ちた柱の欠片が、背後の泉へと落ちる。

 煌めく水面が大きな波紋を描き、青白い光があたりに揺らめいた──その瞬間、


「──ルナリア!」


 切迫した声と共に、ふたつの影が駆け込んでくる。


「サイード、アレクっ……!」


 ルナリアの泣きそうな声が、泉に吸い込まれるように広がった。安堵したルナリアの頬を、一筋の涙が伝う。

 最初にルナリアの名を呼んで飛び込んできたのは、サイードだった。それは、今では彼が決して口にしないはずの、王女の名前──サイードの揺れる虎眼石の瞳が、ルナリアの瑠璃色の瞳と見つめ合う。

 その瞬間──泉に浮かぶ星が、瞬いた。


 眩い青白い光が泉から放たれ、ルナリアとサイードの意識は、遠い時の波に呑まれる。

 それは、遥かなる記憶の声。星々が語る、星の巫女たちの失われた祈りの記憶──


 光が、音が、想いが──泉から溢れ出すように彼らを包み込んだ。

 そして、誰の声とも知れぬ星の囁きが、ふたりに語りかけた。


* * *


 ──視える。

 ふたりは視ていた──かつての、星の巫女とナザールの記憶を。


 古のアストレア。夜の帳が降りた聖なる泉の神殿で、一人の星の巫女が天を仰いでいる。月光色の髪、白い衣を風に揺らし、彼女は両手を夜空の星々へと伸ばした。


「星よ……応えてください。わたしたちの祈りに──」


 傍らには、褐色の肌の一人の青年。ナザールの者。その虎眼石の眼は、星のビジョンを映していた。


「視えます……次に訪れる星蝕の兆しが」


 彼らは共鳴していた。声にせずとも、心を通わせるように。


 星の巫女が祈り、ナザールの者が視る。そして、ナザールの者は力を持たない星の巫女をずっと守り続けてきた。彼らの力が一つに重なり、国を──世界を守っていたのだ。

 ──だが、時は流れた。

 星の巫女の力を利用しようとする者。ナザールの予知を恐れ、封じようとする者。人々の欲と恐れが、星に向けられていた清らかな信仰を濁していった。


「星蝕を操っているのはナザールの者たちだ」

「星の巫女は騙されている!」


 誰かが、意図的に誤った噂を流した。

 その日、神殿の回廊は血に染まり、信頼は引き裂かれた。

 ナザールの者たちは冤罪のもとに討たれ、生き残った者は地を追われる。泣き叫ぶ星の巫女の手は、もはや彼らには届かなかった。

 ──そして、星は赤く染まり始めた。


『星は、怒ってなどいない……』


『ただ、向けられた想いを映し返しているだけ……』


 誰かの声が、ふたりの心に重なる。


『恨みも、憎しみも、欲望も……それらすべてを星は受け入れてしまうのです』


『それらが、赤く濁り、大地へと堕ちていく……それが、星蝕なのです……』


 祈る星の巫女の涙は、星に届かない。その声は、もはや──世界に届かない。

 星々の嘆きが、失われた祈りが木霊する──


 ──すべてを視たふたりは、再び泉の前に立っていた。

 胸の奥に、痛みと共に刻まれた──星々への祈りの余韻を残して……。

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