第二十話 ルナリアからの贈り物
ルナリア一行は、巡礼都市セラファイスに一番近い街ルアードにたどり着いた。
石造りの建物が並ぶ街並みに歴史を感じられる、ソリュエルと同じく巡礼者によって栄えた街だ。街の中心部には美しい石造りの神殿があり、そこを中心に商店が立ち並び賑わっている。
「素敵な街ね……わたし、お店を見て回りたいわ」
「良いかしら?」と言ったルナリアに、「勿論です。お供しますよ」と微笑むアレクシス。
サイードは、「俺は、街を見てきます」とルナリアに告げると、アレクシスにルナリアの護衛を任せて人混みへと消えていった。
* * *
ルナリアは、順番に商店を巡りながら、品物をじっくりと眺めている。
──旅を始めてから、もうどれほどの時が流れたのだろう。 ふたりに助けられてばかりで、何ひとつ返せていない気がしていた。
(ほんのささやかでも、わたしにできることを……)
旅の中で何度も助けてくれているふたりに、何か贈りたいと思ったのだった──
(これ、素敵だわ……)
それは、小さな羽根を模した銀細工のブローチ。 どこまでも自由に空を翔ける鳥のように、誰かの背中をそっと押してくれるような──そんな優しさを宿した形をしていた。
「姫様? それをお気に召したのですか?」
微笑んで近づいてきたアレクシスに重ねてブローチを見ると、ルナリアは微笑んだ。
「これにするわ」
「それでは、私が──」
アレクシスが言い終わる前に、ルナリアは「これをくださいますか」と店主に声を掛けた。代金を渡して淡いブルーの小さな包みを微笑んで受けとると、ルナリアはベルトに付いている革のポーチに大切そうに仕舞った。
「姫様、何を選んだんですか?」
「ふふ、内緒よ……──アレク、あのお店、たくさん人が並んでいるわ」
ルナリアの視線の先にある行列の出来ている店では、美味しそうなクレープを売っているようだ。
「アレク、行きましょう」
ルナリアに袖を引かれて、アレクシスも後に続いた。
* * *
「まさか、姫様とこんな風にクレープを食べる日が来るとは思いませんでした」
「私もよ……でも、アレクと並んでクレープを買って、こうして外で食べるのはとても楽しくて、美味しいわ」
嬉しそうに微笑んでクレープを頬張るルナリアを、アレクシスは愛しそうに見つめた。
ふたりは、町外れの大きな木のそばのベンチに腰掛けて、街の外の景色を眺めていた。
遠くには、美しい湖が広がり、その上を白い渡り鳥の群れが飛んでいくのが見える。
「綺麗ね……」
アレクシスは、ルナリアの言葉に頷いた。
星蝕のことも、サイードから聞いている不穏な組織の噂も、何もかも全てを忘れてしまいたくなる……アレクシスにとって、そんな幸せな時間が流れていた。
だが、景色の中に神殿が並ぶ街を見つけ、現実に引き戻される。
──巡礼都市、セラファイス。古代より星神信仰の中心とされた、今は亡きアストレア神聖国へ向かう巡礼地の最後の都市として栄えた、信仰と巡礼者の街だ。
十六年前にアストレアが滅びてからも、セラファイスへの巡礼者は絶えていないと聞いている。星の神々と、今はもう誰も訪れることのない、天に一番近い聖地と謳われたアストレアの地に祈りを捧げる聖地として人々の信仰を集め続けているのだ。
(何故だろう……あの街を見ていると、胸騒ぎがする……)
「アレク?」
不意に響いた声にアレクシスが顔を向けると、瑠璃色の瞳が少し心配そうに見上げていた。
「姫様……少し、考え事をしていました」
そう言ってアレクシスが謝ると、ルナリアが「そうだったのね……」と静かに口にした。
少しの間沈黙が流れ、ルナリアがそっと手を差し出してくる。
「あのね、アレク……これ、良かったらアレクに……」
おずおずと差し出された白い両手に包まれているのは、銀細工の店でルナリアが買った淡いブルーの包みだった。
「え……姫様が、これを――私に?」
驚きに少し見開かれた蒼玉の瞳が、揺れている。
「開けても良いですか?」と問いかけてルナリアが頷くと、アレクシスはそっと包みを開ける。
「これは……」
包まれていたのは、銀細工の羽根のブローチだった。アレクシスの手がわずかに震えている。
「アレクに、似合いそうだと思って……それに、アレクは真面目だから……子どもの頃みたいにどこまでも自由に飛んでいけますように…って、そう、思ったの」
そう言って、はにかんだルナリアを抱き締めそうになる衝動をぐっと抑えて、アレクシスは微笑んだ。
「姫様、ありがとうございます………一生の宝物にしますね」
「とても嬉しいです」と笑顔で礼を言うと、「大げさだわ……でも、喜んでもらえて良かった」とルナリアも微笑んだ。
その帰り道、アレクシスの胸元には羽根のブローチが輝いていた。
* * *
ルナリアとアレクシスがルアードの宿屋に戻ると、程なくしてサイードも戻ってきた。
「私は、夕食の確認に行ってきますね」と入れ替わりでアレクシスは部屋を出ていく。
「サイード、おかえりなさい……あのね、サイードにこれを受け取ってほしいの」
「──?」
ルナリアに渡された茶色の小さな包みには、何か硬くて丸みを帯びたものが入っている。
包みを握ったまま固まっているサイードに、ルナリアが「ささやかだけど、あなたへの贈り物よ」と微笑んで告げる。
表情を変えずに、「姫様、ありがとうございます…」と礼を言うと、サイードはそっと茶色の包みを開いた。
開けた瞬間、サイードが「これは、ナザールの……」と小さく呟いた。
茶色の包みから出てきたのは、柘榴色の美しい石に月を模したような不思議な文様が刻まれている革紐の首飾りだった。
「これを見つけたときに、サイードが浮かんだの……何となく、あなたを守ってくれる気がして……」
「ありがとうございます………大切に、します」
サイードはそう言って、首飾りをそっと首に掛けた。
(こうして、誰かから贈り物をもらったのは、いつ以来だろう……。)
サイードの指が、石に刻まれた紋様をそっと撫でる。虎眼石の瞳は、わずかに滲んでいた。
「付けてくれて、ありがとう」
微笑んだルナリアに、サイードは石をそっと握ると「ずっと、大切にします」と呟いた。
* * *
静かな月明かりの中、星の紋を刻んだ黒いローブ姿の者たちが集まっている。
朽ちた神殿跡地の最奥、清らかに澄んだその泉は、星の輝きを弾いて美しく煌めいていた。
不意に、黒い集団が道を開けるかのように左右に割れた。その間からは、同じように星の紋が刻まれた黒いローブを纏った者が現れた。泉へと静かに歩みを進める。
「月はその光を秘し、星はその嘆きを滴と変える。穢れは天を曇らせ、星蝕を呼ぶ………もうすぐですよ、セレネ様──この穢れた世界を、あなたが放った光で照らす日が……」
その青白い顔が天を見上げると同時に、雲に翳って月が隠れてしまった。急に暗くなった神殿内、まるで泉の輝きも失われたかのように見えた。




