―プロローグ―
星が、泣いている……。
夜空に、赤い涙が滲むように──。
少女は、不安そうに天窓を見上げていた。
白い天井に嵌め込まれた天窓は、繊細な淡い水色のステンドグラスで彩られており、月光がガラスの模様を通して、床に柔らかな光の絨毯を織りなしている。まるで、穏やかな水面のように……。
まだ冷たい夜風が窓の隙間から微かに吹き込むと、カーテンと少女の髪がそっと揺れた。天窓から差し込む月の光に照らされて、月光色の長い髪が、ゆらゆらと煌めいている。
少女は、静かに跪いたまま、瞼をそっと伏せた。祈りを、捧げていた。
『お願い……どうかこれ以上、誰も連れていかないで……』
ここは、白亜の王宮の高殿。月光に磨かれた白い壁が、夜の静けさを受けて神秘的な輝きを放っている。
澄んだ空気が、ひやりと肌を撫でる。石畳の冷たさが膝にじんわりと伝わり、夜鳴き鳥のかすかな声が遠くから聞こえていた。
静かな命の気配だけが、静寂に染み渡る。
「……っ!」
刹那、弾かれるように天を仰いだ瑠璃色の瞳に、赤い光が映し出される。天窓の向こう──夜空に流れたのは、ひときわ鮮やかな赤い星。
「……こんな、近くに……」
少女の唇からかすれた声が零れる。表情は、絶望に凍りついていた。
星々のひとつが赤く光り、炎のように揺らめきながら地上へと落ちていく。その尾は長く、夜空を裂くように軌跡を描いた。まるで、一つの命が潰えるように──。
──それは、星の涙に導かれ、少女が歩み出す運命の旅の始まりだった。