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夜明けは星の泉で 〜アストレアの星蝕と祈りの巫女〜  作者: 星谷明里
第三章 試練 〜星の欠片をさがして〜
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第十七話 星の巫女と忍び寄る影

「ひどい……」


 瑠璃色の瞳が見つめる先、その街の広場には赤い星の欠片が宙に浮き、禍々しい光をまき散らしていた。蒼い空は曇天へと変わり、街路には呻き声と祈りの声が入り混じって響いている。

 ここは、巡礼者の祈りが絶えない静かな街──ソリュエル。だが今は、あちこちで人々が倒れ込み、苦悶の表情を浮かべていた。星蝕の災いが、突然この地を襲ったのだ。


 ルナリアは唇を震わせながら、足元の地に膝をついた。


(星よ……どうか、この嘆きを癒して……)


 胸元で手を重ね、深く目を閉じる。

 月光色の柔らかな髪がふわりと靡き、彼女のまわりには静かな白い光が広がり始めた。その光はまるで、泉に満ちる月の輝きのように優しく、しかし確かな意志を持って赤い光を包み込んでいく。


「星よ……あなたの嘆きを、清らかな光に還してください……」


 祈りの言葉とともに、赤い星の欠片が静かに揺れ、やがてふっと淡く光った後、空気の中へ溶けるように姿を消した。呻いていた人々の顔にも、少しずつ安堵の色が戻っていく。

 だが──。


「姫様……!」


 ルナリアの身体が、ふらりと大きく揺れて、すぐに駆け寄ったアレクシスが支えた。


(……やはり、無理をしているのか?)


 サイードは、アレクシスの腕の中で眠ったように動かないルナリアをじっと見つめていた。


* * *


 ここは、ソリュエルの大通りにある宿屋の一等室。倒れたルナリアを運び、町医者を呼んで診てもらったところだった。


「病気などではないようですが、体力が落ちているようですね……決して無理をさせず、滋養のあるものを摂らせて、ゆっくり休ませてください」


 隣で町医者の言葉を聴きながら、何度も頷いているアレクシス。

 町医者に礼をして見送ると、ルナリアの寝顔を見つめて少し安堵した様子を見せる。


「姫様が落ち着かれるまでは、この街で休みましょう」

「わかった……俺は、街の様子を見てくる。……姫様を頼む」

「姫様を守るのが私の役目ですよ……出かけるなら、姫様に滋養のあるものを買ってきてくださいね」

「勿論だ」と一言言い残して、サイードは部屋を出ていった。


 サイードを視線だけで見送ると、アレクシスは眠るルナリアを見つめる。


(姫様……ご無理をされていたんですね。お守りできず、申し訳ありません……)


 ルナリアにそっと薄手の毛布を掛け直すと、アレクシスは寝台の横の椅子に静かに腰掛けた。


* * *


(やはりな……この街には何かある)


 ソリュエルに入った時から、サイードは何かの気配を感じ取っていた。初めは星蝕の影響かと思っていたが、ルナリアがこの街を浄化してからもその気配は消えなかった──否、むしろ濃くなったようにも感じる。

 だが、その“何か”がはっきりしない。

 殺気でも、悪意でもない、何か……。

 サイードは、その“何か”の意識が、こちらへ向けられているように感じていた。

 ──万が一にも、ルナリアに何かあってはいけない。


 街を散策しながら、大通りから西の路地裏の方へと足を向ける。


「そこのお兄さん……寄っていかない?」


 路地裏に進むと、派手な化粧に大きく胸元が開いたドレスを纏った若い女たちが街頭に並んでいた。


(この先は………)


 女達を見て、進むかどうかを少し思案しているサイードに、一人の若い女が擦り寄ってきた。先程声を駆けてきた女だった。他の女達は皆、サイードのことを遠巻きに見ている。


「ねえ、お兄さん、あたしの店に来てよ」


 そう言って、首に両手を絡ませようとしてきた女を軽く振りほどくと、外套のフードが落ちた。

 女の目が見開かれる。


「あら、良い男……お兄さんなら、特別にサービスするわよ」


 女はそう言って、再び左腕に絡みついてくる。


(必死だな……生きるため、か)

──昔の誰かと、重なる気がした。


 サイードはフードを被り直すと、「そういうのは、必要ない」と返した。

「釣れないところも素敵………お兄さん、ただの旅人じゃないわね。目が違うもの……」


 左腕に絡みついたまま、女はサイードの虎眼石のような瞳を見つめている。

 サイードは、女の瞳を見つめ返した。


「……あんた、この街には詳しいのか?」


 サイードの言葉に、女は顔色を変えて小さなため息をついた。


「それなりにね、こんな商売してるくらいだもの……それで、知りたいことって、何なの?」

「ここでは聞けない」

「へえ、面白い……こっちよ」


 サイードは、女の手に引かれて歩き出した。


* * *


 女に案内されてやってきたのは、路地裏の奥まった場所にある二階建ての古びた酒場兼宿屋だった。場末の宿といった佇まいだ。女の勤め先らしく、一階が酒場で、二階が宿になっている。店内の客は、勿論男しかいない。


「で、飲み物は何にする?席はそこに座って──って、そっちは……!」


 サイードは女の手首を掴むと、そのまま階段を登り始めた。


「お兄さん! 上を使うなら銀貨五枚だよ!!」


 酒場のカウンター内にいた恰幅の良い中年の女が、サイードに向かって声を張り上げた。隣にいる人相の悪い男もサイードたちを見つめている。


──良い店ではないな………。

 

 女主人と用心棒のような男をちらりと一瞥すると、サイードは軽く手を上げて二階へと登る。

 二階へ上がると、建物の端まで薄暗い廊下が続いており、その両側にはドアが規則的に並んでいた。


「どの部屋が空いている?」

「え……っ、ここなら、空いてるけど……」


 女の示した部屋のドアを開けて入ると、サイードは部屋の中を確認した。

 粗末なベッドに、古びた小さなテーブルと椅子。窓枠もカーテンも傷んでいて、窓枠は蹴ればすぐに落ちそうに見える。


(多少音は聞こえるかもしれないな…………)


「ねえ、あたしはナターシャよ。あなたは──」

「静かな声で話してくれ。この街に、変わった連中はいないか?」


 一瞬目を丸くした女は、盛大なため息を吐いた。波打つ茶色の髪を右手でくしゃりとかき上げるとサイードに呆れたように笑いかける。

 少し乱暴に古びた木製の椅子を動かすと、勢い良く座って足を組んだ。


「変な連中って? ……もしかして、黒いローブを来てる男たちのこと?」

「大勢いるのか? 何をしている?」

「よくわからないわ……少なくはないと思うけど……『星を鎮める』とか何とか言って、古い神殿に出入りしてるみたいよ」


 黙って話を聞いているサイードに、女が続ける。


「中には、この辺りに来る人もいるみたい……良かったら私が調べて──」

「やめておけ」と、サイードが女の言葉を遮った。

「関わらないほうが良い」


「教えてくれて助かった」と礼を言って、サイードは座っている女に皮の小袋を手渡した。

 受け取った女は、「まだ何もしてないのに……」と困惑しながらも小袋の紐を解く。

 女の目が大きく見開かれた。


「これ、全部金貨?! ……うちは、五千ルミナなのよ!?」

「それに、こんな大金……ここでは絶対に見せない方が良いわ」と女が返してきた小袋を押し返すと、サイードは新たに手を差し出す。


「店にはこれを渡せ……五千ルミナ、これで足りるな」とサイードは銀貨を五枚握らせた。

 女は、革の小袋と銀貨を握らされて黙り込んでいる。


「……あんた、家族はいるのか?」


 少し沈黙して静かに首を振る女に、サイードは背を向ける。


「ナターシャと言ったな……ここにいる理由がないなら、早く出た方が良い……」


 女に背を向けたままそう言うと、サイードはドアノブに手をかける。


「あっ、待って、名前をまだ──」


 女が言い終わる前に、サイードはその部屋を後にした。

 残された女は俯くと、革の小袋と銀貨を胸に押しつけるようにきつく握りしめた。


* * *


「サイード、おかえりなさい」


 宿へ戻ったサイードを、ルナリアの微笑みが迎えた。

 少し安堵した様子のサイードは、ルナリアに茶色の包みをそっと差し出す。


「……姫様、これを……姫様のお好きな星果と蒸しパンです……」

「ありがとう、嬉しいわ」


 ルナリアは微笑んで受け取ると、嬉しそうに包みの中を覗いている。


「では早速、準備してきますね」

 横から「失礼します」と茶色の包みを受け取ると、部屋を出ていくアレクシス。

 少しの間沈黙が流れて、サイードが静かに口を開いた。


「姫様……もう、大丈夫なのですか?」


 サイードの問いかけに、ルナリアは微笑みを浮かべる。


「大丈夫よ……初めての旅で、少し疲れてしまったみたいで……」

「……本当ですか?王宮の神殿で祈った後も、姫様は──」

「大丈夫よ。サイードは、心配性ね……」


 珍しく言葉を遮られたサイードは、ルナリアをじっと見つめている。


「あなたを心配するのは、当然です……」


 そのとき、部屋の中に品の良いノックの音が響いて、後かにドアが開いた。


「姫様、お待たせしました。女将さんが、蜂蜜入りのミルク粥も作っておいてくれたんです。これも召し上がってくださいね」


 アレクシスは部屋の中に入ると、ベッド脇のテーブルに、綺麗にカットされた星果や蒸しパンの乗った皿を並べていく。


「まだ、少し熱いかもしれません……」


 アレクシスはミルク粥の入ったボウルを陶器製のスプーンでゆっくりかき混ぜると、両手でそっと包んで温度を確認した。


「大丈夫だとは思いますが、火傷されないように気を付けてくださいね」と言いながら、ルナリアにゆっくりと差し出す。


「アレク、ありがとう」とボウルを受け取ったルナリアは、ミルク粥にふぅふぅと息を吹きかけるとそっと口に運ぶ。


「……ホッとする味で、美味しいわ」


 ミルク粥を少しずつ口に運ぶルナリアを見て、嬉しそうに微笑むアレクシス。


「たくさん、召し上がってくださいね」


 その様子を、サイードが静かに見守っていた。


* * *


 翌朝、体調が落ち着いたルナリアは、サイードと街を散策していた。

 サイードから『怪しい連中が街にいる可能性がある』と聞いたアレクシスは、自分も街を探索したいと言って別行動している。


 サイードとルナリアのふたりは、大通りの商店を一通り見て回ると、広場のベンチにふたりで腰掛けた。広場には優しい風が吹いていて、青々とした街路樹の葉をそよそよと揺らしている。


「サイード、あなたは……その、あまり自分のことを話さないでしょう? 私、もっとあなたのことを知りたいの……」


 わずかに驚いた様子のサイードが、ルナリアを見つめる。


「姫様……俺は、楽しい話は出来ません。それでも良ければ……」とサイードは静かに返した。


「俺の故郷は……アリシオンより遠く離れた、東の森にありました。自然が豊かで綺麗な川も流れていて…?姫様のお好きな星果もたくさん採れました」


 サイードがゆっくりと語り始め、ルナリアは楽しそうに聞き入っている。


「……想像しただけで素敵な場所だわ」


 ルナリアがそう言うと、サイードがかすかに微笑んだ。虎眼石のような瞳は、どこか遠くを見つめているように見える。

 広場には葉が風に揺れる音と、小鳥のさえずりが響き、静かで平和な時間が流れた。


* * *


「きゃっ──」

「お嬢さん、お怪我はありませんか?」


 石畳に躓きかけたルナリアに手を差し出したのは、黒髪の男性だった。中性的な美しい顔に、優しそうな微笑みを浮かべている。黒い神官の衣に、青白い肌が際立って見えた。


「ええ、大丈夫です」


 ルナリアが礼を言って神官の手を取ると、彼は美しく微笑んだ。その黒い瞳は、ルナリアの顔をじっと見つめている。


「私はルシアンと申します。お嬢さんのお名前をお聞かせいただけますか?」

「……ルーナと申します」


 神官──ルシアンは、ルナリアを見つめて眩しそうに目を細めて微笑んだ。


「お美しい月光色の御髪によく似合う、素敵なお名前ですね──」


 ──そのとき、サイードが黒髪の神官からルナリアを守るように間へ入った。


「やはり、離れるべきではなかった……申し訳ありません」


 サイードは背後のルナリアに声を掛ける。


「わたしがわがままを言ったんだもの、謝らないで……それに、躓きそうになったところを助けていただいたのよ」

「そうでしたか……」


 サイードはそう呟くと、神官へと向き直り「お世話になりました」と軽く一礼した。

 その両手には、甘い匂いが香る白い紙袋が抱えられている。中には、ルナリアが食べたいと言ったドーナツがたくさん入っていた。

 目の前の人気店では、ドーナツを求める行列がまだ続いている。


「──あら?」

「………」


 気付けば消えている神官の姿に、サイードはあたりを見回す。

 大通りの方に向かう黒い後ろ姿が見えたかと思うと、すぐに人混みに紛れて消えてしまった。


「急いでいたのかしら……」

「……姫様、今後は絶対にあなたを一人にはしません……姫様も、俺やアレクシスから絶対に離れないでください」


 サイードの真剣な眼差しに、ルナリアは「わかったわ」と頷いた。


* * *


 ドーナツを買ってから、暗くなる前に宿屋へと戻ってきたサイードとルナリア。

 夕方になると、アレクシスも宿に戻ってきた。

 だが、普段は綺麗に整えられている陽光色の髪もその装いも何故か乱れていて、その顔はひどく疲れているように見える。


「……えらい目に遭いましたよ、全く……」


 独り言のように呟きながら、ちらりとサイードを睨むアレクシス。


「……まさか、西の路地裏に入ったのか?」


 無表情のまま淡々と聞いてくるサイードに、アレクシスは声を荒げた。


「あんな風にきっぱり言われたら、気になってしまうじゃないですか! どんな危険があるのかと思ったら――女性たちに囲まれて、引っ張られて、名乗る間もありませんでしたよ!」


 それを聞いたサイードは、少し呆れたように軽くため息をついている。


「……だから行くなと言ったんだ」

「それは……ですが、今度からは理由も教えてくださいね」

「何と理由を説明すれば良いんだ?」

「それは、ですね……」


 ルナリアの手前、何も言えず口籠るアレクシス。


「大体……一体何があったら、そんなになるんだ?」


サイードの言葉に、顔を赤くするアレクシス。


「聞かないでください!」


 サイードとのやりとりで、アレクシスは珍しく取り乱している。


(サイードも、何だか楽しそうね……)


 ふたりの様子を見て、ルナリアはくすくすと楽しそうに笑っていた。


* * *


 翌日の昼下がりのこと、街の外れに美しい花畑を見つけ、目を輝かせたルナリアのために休憩として立ち寄っていた。

 淡い青色の美しい花々に囲まれて、幸せそうに微笑むルナリア。

 近くにある青々とした木々には小鳥たちが歌い、平和な風景が広がっている。


「……昨夜、宿屋の食堂で飲んでいた兵士たちが、妙な話をしていた……」


 少し離れた場所にいるルナリアを横目で確認すると、サイードはアレクシスへ小声で話しかけた。


「“星津のセイルツ”という連中の噂だ……アストレアの星蝕以後、各地で『世界を浄化して、星の怒りを鎮める』とか言って、古い神殿を巡っているらしい……他から得た情報とも一致している」


 その淡々とした口調の裏には、どこか苛立ちや嫌悪のようなものがにじんでいた。

 それを聞いたアレクシスは顔をしかめる。


「何だか……気持ちの悪い話ですね。星を鎮めるために祈れるのは、星の巫女の血を受け継がれている姫様しか………」


「──まさか、姫様を狙っているわけじゃないでしょうね?」とサイードに詰め寄るように問いかけるアレクシス。


「さあな……だが、何にせよ──姫様に関わらせるわけにはいかない」


 そのとき、花を摘み終えたルナリアが、ふたりのほうへ振り向いた。


「……ふたりとも、どうしたの? そんな怖い顔をして……」


 少し不安の色を滲ませた、瑠璃色に澄んだ瞳。

 アレクシスはすぐに笑顔を作ると、首を横に振った。


「蜂がいたんです。もういなくなってしまいましたが……本当に、綺麗な花畑ですね」


 そう言って微笑んだアレクシスに、ルナリアも安心した様子で微笑み返した。

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