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夜明けは星の泉で 〜アストレアの星蝕と祈りの巫女〜  作者: 星谷明里
第二章 誓い 〜王女の過去〜
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第八話 ちいさな騎士と王女 〜アレクシスの誓い〜

「アレクシス、来なさい」


 両親に呼ばれて前に進み出ると、白いドレスを纏った少女が立っていた。

 月光色の長い髪に、真珠があしらわれた白銀の小さなティアラが輝いている。


「ルナリア王女殿下、息子のアレクシスをご紹介させていただきます。今は王女殿下と同じ年ですが、夏に八歳になります」


「ルナリア王女殿下にご挨拶を」と両親に促され、少年は前に進み出た。初めて会った王女は、思っていたよりも小さく儚げで、まるで妖精のようだと思った。


「初めまして。わたくしはルナリア・アストレア・アリシオン。この王国の王女です」


 ルナリアの真っ直ぐな眼差しと堂々とした立ち振る舞いに、少年は内心慌ててしまった。

 真剣な面持ちで一歩前に出ると、父に教えられた通りに膝をつく。まだ小さなその手を胸元に当てて、少し乾いてしまった唇を開いた。


「……アレクシス・ヴェルナードと申します……ルナリア王女殿下を、お守りします」


 声は少しだけ震えていたが、目だけは真っすぐに彼女を見つめる。


「感謝します。頼りにしていますね。」


 ルナリアはそう言って微笑むと、アレクシスの両親に、せっかくの機会なので王宮を案内させてほしいと提案した。

 そのとき、王宮の侍従があらわれて「王女殿下、失礼いたします」と一礼をして、アレクシスの両親にも一礼をした。

「あちらにお席をご用意しております。じきに国王陛下と王妃陛下もおいでになりますので……」と王宮の侍従が、手のひらを向けて、少し離れた位置にある立派な東屋を示した。

 既に護衛のために数名の騎士と、お茶の準備が整ったのか、侍女たちがテーブルの脇に並んで控えている。


 アレクシスの父親がルナリアに向き合って丁寧に礼をする。


「ルナリア王女殿下。私たちは国王陛下と王妃陛下にもご挨拶をさせていただくため、これにて失礼させていただきます」


「アレクシス、決して王女殿下に失礼のないように。そして、わかっていると思うが、必ずお守りしなさい」と小声で言い含めると、夫人を伴って東屋へ向かった。


「あの、王女様……」


 所在なさ気な様子のアレクシスに、ルナリアはふわりと微笑んだ。


「こちらへ、まずは庭園を案内しましょう」


 アレクシスを先導するように、少し先を歩いて東屋から少し離れた庭園へと歩き出す。

 白地に美しい銀色の刺繍を施されたドレスの裾が、整えられた芝生の上を滑らかに滑っていく。ルナリアから離れないように、アレクシスは後を進んだ。


「ルナリア王女様、王宮の庭園はとても美しいですね」


 王女を相手に何を話せばよいのか分からず、アレクシスには月並みな言葉しか浮かばなかった。


「敬語じゃなくていいのよ。お友達になってほしいの」


 ルナリアは立ち止まると、小さな手を胸の前でぎゅっと握って、お願いするようにそう言った。


「えっ……でも……」

「……わたしとお友達になるのは、嫌?」


 瑠璃色の瞳が、少し不安げに揺れている。


「まさか……嫌なんかじゃ、ありません」

「じゃあ、敬語をやめて、ルナリアと呼んでちょうだい……ふたりだけのときで良いから」

「……うん。じゃあ……ルナリアさ……いや、ルナリア……」と、少し照れながら言い直すアレクシス。


 ぎこちないその様子に、ルナリアは楽しそうに笑いかける。


「あなたは、お友達から何と呼ばれているの?」

「アレク、と呼ばれて…るよ」

「それなら……わたしも、アレク、って呼んでも良いかしら?」


 ふたりの髪を、花の香りを纏うそよ風が揺らしている。


「うん」


 そう言って頷いたアレクシスに、ルナリアは花が咲いた様に満面の笑顔になった。


「ありがとう! 嬉しいわ! アレクがわたしの初めてのお友達ね!」

「えっ………」


(はじめての、お友達……?)


 無邪気に喜んでいるルナリアは、少し離れた位置にある花々が咲き誇るアーチを指さす。


「お気に入りのお花が咲いているの! アレクにも見せたいわ、来て!」


 ルナリアはアーチのほうへとぱっと駆け出した。


「……待ってよ!」


 アレクシスは慌ててその後を追った。


* * *


「……お母さまはね、時々、夜に星に話しかけているの。声には出さずに……まるで、星の言葉を聴いているみたいなの」


 美しく整えられた王宮の庭園では、淡い色合いの花々が咲き乱れ、白や黄色、鮮やかな羽の蝶たちが思い思いに蜜を集めている。


 そよ風が、ルナリアのやわらかな髪を揺らした。その肌はまるで真珠のように白く、ちいさな唇は、淡い薔薇の花びらのようで……。

 花に囲まれたルナリアが、まるで花の精霊のように見えたアレクシスは、しばし見惚れてしまっていた。


「わたしにも、星の声が聴こえるのよ」


 ルナリアは、まるで秘密の話を打ち明けるように、アレクシスに体を寄せるとそっと囁いた。近くで見るその瞳は星を散らした瑠璃の宝玉のようで、吸い込まれるように美しく澄んでいた。

 アレクシスは、不思議な気持ちになって、ほんの少しだけルナリアから身体を離す。


「星の声が聴こえるなんて…すてきだね」

「……でも、とても悲しそうな声なの。優しいときもあるけれど……」


 アレクシスは、何と返してよいかわからず、言葉を失った。


「……アレクは、何が好きなの?」


 沈黙を破るように、ルナリアが口を開いた。


「えっと、ぼくは物語や詩を読むのが好きで……あっ、その……」


 物語や詩を読むことが好きだと父に知られ、『代々王家を守ってきたヴェルナード家の長男として、騎士らしくあれ』ときつく叱責されたことを思い出して、アレクシスは声を詰まらせた。


「素敵ね! わたしもアレクのお気に入りの物語や詩を読んでみたいわ!」


 瞳を輝かせて、ルナリアはそう言った。

 アレクシスの蒼玉の瞳が見開かれる。その瞳には、ルナリアの笑顔が映し出されていた。


「……今度、見せてあげるよ」

「ありがとう! ……アレク、どうしたの?」

少し俯きがちに顔を逸らしているアレクシスを、不思議そうに見つめるルナリア。


「何でもないよ……あっちに、綺麗な蝶がいたんだ」

アレクシスは、胸をいっぱいにしているこの感情が何なのかよくわからなかった。

ただ、気持ちが溢れそうで、少しも悲しくはないのに、泣いてしまいそうで……。


「ルナリア、ここにいたのですね」

不意に──清らかな泉のように澄んだ、優しい声が響いた。


「お友達を、わたくしにも紹介してくれますか?」

「お母さま!」


 ルナリアが嬉しそうに駆け寄ったその女性は、王妃セレネだった。

 セレネは、評判通り月の女神を思わせるような清らかな美しさと、優しげな微笑みを湛えていた。

 だがアレクシスには、彼女がまるで──今にも風に散り落ちそうな、一輪の白い花のように儚く見えたのだった。


「お母さま、アレクよ! お友達になってくれたの!」


 無邪気に話すルナリアは、王女というより、年相応の少女そのものだった。

 それを見つめるセレネの眼差しは、深い慈しみに満ちている。


「そう、良かったですね、ルナリア」


 セレネは少し屈んで自分と同じ月光色の髪をそっと撫でると、屈んだままでアレクシスに向き合った。ルナリアとお揃いの銀色の刺繍が入った白いドレスの裾が、若草色の芝生にふわりと広がっている。


「あなたがアレクシスですね。お父上やお母上から、日々剣の練習をよく頑張っているのだと伺っていますよ……ルナリアのことを……このアリシオンを、どうかよろしくお願いしますね」


「は、はい! 頑張ります……」


 緊張気味のアレクシスにふわりと微笑んだその顔は、ルナリアとよく似ていた。

 ルナリアも、成長したらこのような女性になるのだろうか……とアレクシスは考えた。

 今にも散ってしまいそうな、儚げで美しい花。

 ルナリアにも、こうしてセレネと佇んでいると、そよ風の中に消えてしまいそうな儚さを感じた。


 ふいに、物語や詩で読んだ、王女を守る騎士の話を思い出す──

 アレクシスにとって、日々繰り返される辛い剣の練習に励めたのは、それらの美しい物語や詩があるからこそだった。


「ルナリア王女様は、私が必ずお守りします」


 自然と口をついて出た言葉。その言葉に偽りはなかった。

 それは、命じられたからでも、教えられたからでもない。心の奥から、自然と溢れ出した言葉だった。心から、ルナリアを守りたいと……守れるようになりたいと思ったからだ。

 このとき、幼いアレクシスの胸に、小さな光が灯った気がした。

 それは、彼の運命を導く──“誓いの光”だった。


「アレク?」

「まぁ……頼もしい、騎士様ですね」


 花のように微笑んだセレネと、きょとんとしている愛らしいルナリア。


 この日は、アレクシスにとって、一生忘れられない──彼の運命を決定づけた、最初の「誓いの日」となった。

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