第三章:魔女裁判と真の治療法
夜の広場での騒ぎは、すぐに村全体に広まった。僕とマナは、再び「黒い血の魔女と異邦人」として、村人たちの恐怖と憎悪の的となった。修道士は、この機を逃すまいとばかりに、僕たちへの弾劾を始めた。
「見よ! 神を冒涜する者たちの行いを! 奴らの邪悪な魔術が、新たな疫病を呼び込んだのだ!」
修道士は声を荒げ、僕とマナを指差す。村人たちの目は、怒りと狂気に燃え上がっていた。
僕は反論しようとしたが、その声は彼らの怒号にかき消される。マナは、僕の隣で震えていた。彼女は、かつて自分が「魔女」として蔑まれてきた過去を思い出しているのかもしれない。
そして、ついに彼らは僕たちを拘束し、村の教会へと連行した。そこでは、村の長老たちが厳かな顔で座り、僕たちを裁く魔女裁判が開かれようとしていた。
「異邦人、花芽三月。そして、魔女、マナ・レーデル。貴様らは、神の御心に背き、邪悪な魔術で人々を欺き、新たな疫病を呼び込んだ罪で裁かれる」
長老の一人が、威厳のある声で告げた。修道士は、満足げにその言葉を聞いている。
僕は冷静になろうと努めた。ここで感情的になっても、何も解決しない。僕にできることは、科学の力で彼らの誤解を解き、真実を伝えることだけだ。
「お待ちください! これは魔術などではありません! そして、新たな病気が発生したのは、僕たちのせいではない! 病原菌が変異しただけなんです!」
僕は声を張り上げた。しかし、彼らは僕の言葉を理解しようとしない。
長老の一人が冷たく言い放つ。
「弁解は無用。貴様らの行いは、すでに多くの証言によって明らかになっている。貴様らは、神の御加護なき世に、混乱をもたらしたのだ」
絶体絶命の状況。しかし、僕は諦めなかった。この世界の人々の命を救うという使命が、僕を突き動かしていた。
僕は、再び「薬物生成」で顕微鏡を作り出した。
「これが、僕の証拠です! 目に見えないこの小さなものが、病気の原因なんです! そして、これが変異した姿です!」
僕は、変異株に感染した患者の血液から採取した菌を顕微鏡で示そうとした。だが、村人たちは恐れをなして後ずさり、誰も顕微鏡を覗こうとしない。
「そんなものは、魔女の道具に過ぎぬ! 幻術だ!」
「我々を騙そうとしている!」
罵声が飛ぶ。僕は唇を噛み締めた。科学という概念が根付いていないこの世界で、目に見えないものを信じさせるのは、あまりにも困難だった。
その時、マナが静かに一歩前に出た。
「あの……私に、見せてください」
マナは、まっすぐに僕の目を見つめた。彼女の瞳には、一切の迷いがなかった。
僕はマナに顕微鏡を差し出した。マナは、それを手に取ると、ためらうことなく覗き込んだ。そして、その顔が、驚きと衝撃に彩られていく。
「これは……! 黒い粒が……これまでよりも、もっと速く、もっと力強く……」
マナの瞳は、まるで僕が説明した病原体の動きを、直接見ているかのように輝いていた。彼女の血液操作の能力は、肉眼では見えない微細な世界の情報を、彼女の感覚を通して捉えさせているようだった。
マナは、顕微鏡から顔を上げた。
「本当に、増えている……。そして、以前よりも、強くなっている……」
マナの声は、静かだったが、その言葉には確かな響きがあった。村人たちは、マナの言葉に耳を傾ける。彼らは、マナを「魔女」と恐れてはいたが、彼女が嘘をつく人間ではないことを、これまでの僕たちの活動を通して知っていたのだ。
僕は、マナの言葉を補足するように語り始めた。
「マナが言った通りです。病原菌は、まるで生き物のように姿を変えることがある。それが『変異』なんです。だから、これまでの薬が効かなくなってしまった」
僕は、変異したペスト菌の弱点を解析し、新たな抗生物質を生成する必要があった。僕の頭の中では、様々な薬剤の分子構造がシミュレーションされていた。これは、現代でも難易度の高い作業だ。
僕は、村人たちに訴えかけた。
「僕を信じてください! 僕とマナなら、この新たな病気も必ず治せる! そのためには、もう少し時間が必要なんです!」
長老たちは、僕とマナの言葉に動揺しているようだった。彼らは、これまでの常識と、目の前の現実との間で葛藤していた。
その時、教会の扉が勢いよく開かれ、一人の男が駆け込んできた。
「た、大変だ! 隣の村でも、同じ病気が……! より多くの者が、急激に悪化している!」
男の言葉に、教会の中は騒然となった。新たな病が、すでに村の外でも猛威を振るい始めているのだ。
僕は、この状況を逆手に取るしかないと判断した。
「見てください! これが、病気が変異した証拠です! このままでは、村だけではなく、世界中が滅んでしまう!」
僕は、決意の表情でマナを見た。マナも、僕の視線に応えるように頷いた。
僕は、意識を集中する。僕の脳裏に、変異株に有効な抗生物質の分子構造が浮かび上がる。そして、手のひらが、これまでにないほど強く光り始めた。
「薬物生成」のスキルが、限界を超えて発動する。全身の力が、まるで吸い取られていくような感覚。だが、僕は耐えた。この世界を救うため、マナを救うため、僕は今、ここで奇跡を起こすしかない。
数分後、僕の目の前には、これまでの抗生物質とは異なる、わずかに色味を帯びた液体が満たされた試験管が二本、現れていた。
「これは、変異株に有効な、新たな抗生物質です! これがあれば、助かります!」
僕は、試験管を掲げた。長老たちは、その光景に息をのんでいる。
僕は、倒れ込むようにその場に膝をついた。無理をしたせいで、全身が震えている。
マナがすぐに僕に駆け寄り、僕を支えてくれた。その手が、温かかった。
「三月、大丈夫!?」
マナの声が、僕の耳に届く。僕は、震える手で、試験管の一本を彼女に渡した。
「マナ……これを……患者に……」
マナは、僕の言葉に力強く頷いた。彼女は、すぐにその薬を持って、隣村から運び込まれてきた患者の元へと駆け寄った。
そして、マナは、僕が生成した新たな注射器を使って、患者の腕に薬を投与した。その場にいた村人たちは、固唾を飲んでその様子を見守っている。修道士も、もはや何も言えずに立ち尽くしていた。
数時間後。奇跡は再び起こった。
患者の呼吸が落ち着き、苦しそうな表情が和らいでいく。腫れ上がっていたリンパ節のコブも、明らかに小さくなっていた。そして、意識を取り戻した患者は、か細い声で「楽になった」と呟いた。
教会に、大きなざわめきが起こった。それは、恐怖や怒りではなく、驚きと、そして希望の声だった。
長老たちは、その光景を目の当たりにし、ついに跪いた。
「我々が、間違っていた……! 神よ、我らに慈悲を……!」
修道士もまた、膝をつき、祈りを捧げ始めた。
僕とマナへの偏見は、この瞬間、完全に打ち砕かれた。僕たちの医療は、もはや「魔術」ではなく、「神の恩恵」として受け入れられたのだ。
魔女裁判は、僕とマナの勝利に終わった。いや、それは僕たちの勝利ではなく、この世界を救うための、医療革命の始まりだった。