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第5話 犬のあやかし

 運び込まれた青年の世話やら、片付けやらを一通り済ませると、住人たちは居間に集められた。力を貸してもらったお礼に、と、澄子さんがお茶を淹れてくれたのだ。


「一応、止血はしたし、体も綺麗に拭いてあげたわ。ま、あとは自力で回復するでしょう」


 疲れたーと食卓に体を倒した侑李さんに、澄子さんは「お疲れ様」と声をかけた。


「みんな本当にありがとう。ごめんなさいねえ、急に連れてきちゃって」


 頬に手を当てて、おっとり首を傾げる澄子さんに、居間に集まった全員が首を横に振って見せた。


「澄子さんには、感謝こそすれ、謝られるようなことはありませんよ。道に倒れ伏していた我が同胞を、当然のように助けてくださったのですから」

「澄子は、ほーんとお人好しだよねえ」


 胸に手を当てて、真摯に礼をする太郎さんと、頬杖をついてため息を吐きだすいつきさん。全く違った仕草をするふたりだったが、その顔には同じような笑みが浮かんでいた。


 優しい……親愛の籠った、笑顔。


 それは、私に対しては決して向けられることのない、深い信頼が伝わる表情だった。


 勿論、太郎さんは私に対しても親切にしてくれる。けれど、ふとした仕草や表情が、澄子さんに向けられるものと、私に向けられるものとでは、全く違うのだ。それも当然だろう。


 だって、私が自ら、彼らと距離を置いてるんだから。


 けれど、たまに思うのだ。家の中で、自分だけが異物であるという感覚。完成された円の中から、爪はじきにされている孤独感。それらに、押しつぶされそうだ、と。


「雛ちゃん? どうかした?」


 私が暗い顔をしていることに気が付いたのだろうか。侑李さんに声をかけられて、はっとする。誤魔化すように、慌てて口を開いた。


「いえ、その……一体、何があったのかと思いまして」


 布団に横たえたひとの姿を思い浮かべながら呟く。すると、澄子さんは「さあねえ」と悲しそうに目を伏せた。


 彼女は、困っているひとや、弱いひとを放っておけない人だから。きっと、青年がどんな目に遭ったのかを想像して、自分のことのように苦しんでいるのだろう。


 澄子さんが倒れていた彼を見つけた時には、既に意識が無かったらしい。だから、詳しいことは全くわからないのだそうだ。


「……あの子、多分犬のあやかしよね」


 不意に、何かを考え込むように腕を組んでいた侑李さんが、呟いた。


「犬のあやかし、ですか?」


 どうしてそう思ったのだろうか? 情報がないことには、何もわからないんじゃないだろうか?


 そう思って、首を傾げながら聞き返す。


「あら、雛ちゃんは気付かなかった? あの子、耳がここについてたわよ」


 侑李さんは両手を頭の上の方に持って行って、ぴょこぴょこと動かし耳を表現する。その様子が可愛らしくて、不謹慎ながら少し笑ってしまった。


「犬のあやかし……」


 一人で和んでいると、澄子さんが何かを考え込むように口に手を当てて呟いた。


「澄子さん?」


 声をかけると、澄子さんはハッとした様子で顔を上げて、それからニッコリ笑った。


「あら、ごめんなさい。ぼうっとしていたみたい。それにしても、犬のあやかしなんて、可愛らしいわねえ」


 確かに、犬といったら愛らしいイメージがある。愛玩動物として飼われることも多いし、身近な存在という印象もある。


 あやかしは怖いけど……犬だと思えば、そんなに怖がることもないのかな。


 そんな風に思って、私は少し安心した。けれども、そんな私たちの想像とは反して、いつきさんは首を横に振った。


「アレが本当に犬のあやかしだっていうのなら、その正体は限られてくるはずだよ。犬のあやかしってのは、そんなに多くないんだ。……犬のあやかしの中には、危険なあやかしだっている。不用意に近づかない方がいい」

「まあ、そうねえ……。でも、いつきだって危険なあやかしに変わりないじゃない」


 いつきさんの言葉に、侑李さんも首肯する。けれど、すぐに半眼になり、呆れたようにいつきさんに視線を向けた。


「お前に言われたくない」

「あらぁ、私なんて髪がちょっと好きなだけの無害なあやかしよぉ。それに比べて、人に首を吊らせたりなんだり、アンタの物騒なこと!」

「それだって、随分昔の話だろ! 僕は、澄子と出会ってから、澄子が嫌がることなんて、全然してないんだから。それをお前は、過ぎたことをぐちぐちと……」

「はいはい。雛ちゃんに嫌がらせしてる時点で、澄ちゃんの嫌がることはしてるじゃない。自分のやってることが、客観的に見れてないのねえ」

「お前な……!」

「まあ、つまり、雛ちゃんや澄ちゃんは気を付けてねってことよ」


 明らかに激高している様子のいつきさんに対して、侑李さんはどこ吹く風である。


 ぱちりとアイドル顔負けのウインクをされて、私は曖昧に頷いた。


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